第13話 安芸 早苗
(よく、解らなくなってきた)
昔から、
それなのに、最近の春樹は様子がおかしい。
結婚を決め、仲人を決め、結婚をお互いの職場で発表をし、招待状を送った頃からだった。
式まであと三か月だというのに、海外で挙式をしようか? とか、招待客の人数を増やそうかなど、どうしてそう思うのか不可解なことを言い始めた。聞き返すと、
「男はそのくらいの解消がないと、会社の連中に馬鹿にされるんだ」
というのが理由だが、そんなことを気にするような人ではなかった。
穏やかで、人を傷つけたり、人の悪口を言わない人だから好きになったのだ。でも、今の春樹は人を陥れるようなことを言うようになった。服の趣味も少し変わってきた。今まではとてもおしゃれだと言いにくい服を着ていたけれど、似合いもしないブランド物の服を着るようになった。その理由も「男はこのくらいが当たり前だ」というのだが、どうしても彼の後ろに女の影が見える。
浮気をしているのとは違う。でも確かに女の助言があり、その女の入れ知恵でおかしなことになってきている。
二人で決めた狭くてもスタートするには十分な広さのアパート。引っ越す一週間前に勝手に解約してきたという。
「だって、男には似合わないよ」
何? その理由? と聞けばいいのか? 何勝手なことをしているのよ? と怒ればよかったのか? 正解が見えなくて、早苗が黙ると、春樹は顔を斜に構え、
「ほぉら、早苗はいつもそう、すぐに固まる。頭悪すぎるんだよ」
早苗ははっと春樹を見る。
―あんたってばいっつもそう、すぐに固まる。頭悪すぎぃ―
早苗は涙目になって春樹を見ていたが隣りの和室に入る。
今住んでいるアパートは、早苗が契約したもので、一人暮らしには広すぎるが、早苗の趣味である絵を描くにはできれば二部屋欲しかったので、無理して借りたのだ。和室には敷きっぱなしの布団がある。その上に座る。
(なんで、今?)
早苗はタオルケットを抱きしめた。
「そうなんですよ、え? はい。そうです。ふて腐って、はははは、そうですよねぇ。ほんと、すぐに泣くんですよ。……たしかに、確かに、あれで結婚できると思ってるんですよね。はははは、早苗って甘いから、」
早苗は顔をあげる。隣で電話をしている春樹の会話。相手は例の女だろう。
早苗がふすまを開ける。その勢いに春樹は驚き、顔をあげる。
「なんで他人にそこまで言われて、あなたは笑っていられるの? 私が大事じゃないの?」
春樹が口ごもる。
電話口から聞こえてきた女の笑い声に、早苗は血が引く想いがした。
「
早苗は真っ青な顔で春樹を見た。春樹は早苗がなぜ梓の名前を知っているのか不思議そうな顔をしていた。電話の向こうでは女の笑い声が聞こえる。
「すぐに切って。じゃないと、出て行く」
電話の向こうでも聞こえていたのか
「あぁら、強気―こわーいー」
と馬鹿にした声がする。
春樹は電話を切らずにいる。
早苗は鞄を掴むと家を飛び出て行った。
「さ、早苗?」
「あらあら、出てちゃった? ほんと馬鹿な女」
早苗は唇をぎりっと噛み締め、とりあえずで出てきた格好を後悔したが、そんなことよりも、みじめで、腹立たしくて、息をすることを忘れて苦しくなって咳き込んで、どこへ行こうと思っていないのに、妙子の喫茶店に向かっていた。
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