第9話 手紙

 昼前。喫茶「馬酔木あしび」に郵便物が届く。郵便配達人がわざわざバイクを降りないでいいように、忙しくなければ妙子たえこは外まで取りに行くが、ほとんどの日が、

「すみません。ご苦労様」

 と中まで持ってきてもらう。

 今日はなんだか忙しかった。冷やし中華始めました。と看板は下げていないが、

「そろそろかなぁと思って」

 と夏限定の常連さんが顔を見せてからこっち昼時は冷やし中華が多く出る。

「あ、ハムが、」

 妙子がぼそっと言うと、伊乃いのが代わりに買い物に行ってくれたりする。ありがたい常連客だ。


 客が落ち着いたころ、郵便物を見る。

 両親からの手紙。DM。

「……、安芸あき 早苗さなえ? ……あぁ、早苗ぇ。懐かしい名前」

 見るからに結婚式の招待状だと解る封筒を開ける。

 三カ月先の結婚式に日取りなどの形式ばった招待状と、手紙。


―久しぶり。解るかな? 小学校から中学まで一緒だった。安芸 早苗です。覚えてくれていると嬉しいけど。

 妙子がまだ実家に居ると聞いたので招待状を送りました。明美あけみみなみにも送ったので、懐かしい顔をそろえてきてください。

 あと、こっちの都合で悪いけど、相談に乗ってもらいたいので、近々お店のほうへ行きます。助けてください。詳しくは、行ってから、話します。手紙じゃぁ、書ききれないから。   早苗―


 妙子は首を傾け、封筒に入れる。

 母親から来た手紙の封を切る。中から写真が数枚落ちてきた。

「それ、」

「あぁ、お兄ちゃんとこの、おいの颯馬そうま和馬かずま。と、うちの親」

 と呆れながら写真を伊乃たちに見せる。

「元気そうじゃない、マスターたち」

「まぁ、いい気候のようだから」

 妙子は首をすくめて手紙を見る。


―妙子江

 元気で店をやっていますか? お母さんたちは元気に牧場をやってますよお。

 毎日の早起きや、牛の世話が大変でもう、眠くて、腰が痛くて。でもそれ以上に、牛はかわいいし、芽子めいこさんはいい子だし、そうちゃんもかずちゃんもいい子で、お母さんたちよ。

 妙子に店を押し付けた格好になったけれど、妙子も好きなことを見つけたら、知らせてちょうだい。そのために店が邪魔になったら、店を閉めてもいいから。

 おいしくできたバターと、チーズをそのうち送るわね。

 体に気を付けて   母―


 この歳の人にしてはずいぶんとかわいらしい字を書く母―本人はそれがコンプレックスで、習字やペン字を習いに行ったりしたようだが、まったく成果が出なかったらしい―の懐かしい字を見てほくそ笑む。

「そのうち、バターとチーズを送って来るそうです」

 そういって妙子は手紙を封筒に入れた。


 この「馬酔木」は両親が建てた喫茶店だ。そして、妙子と、二つ違いの兄頼雄よりおが育った家だ。

 頼雄は大学時代に知り合った芽子と大学卒業十年後に結婚した。芽子は、資産家の娘だが、跡取りでない娘には一切愛情を掛けない両親の元で育ち、半ば家出に近い状態で地方の大学に入学してきていた。

 そのままここで結婚して暮らすつもりだったのが、芽子の三人の兄が突然跡を継げない状態になったのだ。

 三男はタイで知り合った現地の人と勝手に結婚をし、帰化してタイ人となった。

 次男は病気で亡くなった。

 長男は芽子が結婚した途端、大暴れをし半年間行方不明。帰ってきたときには女性になっていた。

 すなわち、血縁相続人を残せるのが芽子だけとなった途端、両親が芽子を呼び戻そうとしたが、芽子は嫌悪しかなく、それを拒否し続けた。結果、芽子の実家は事業に失敗し、雇っていた従業員を路頭に迷わせた。

 ただ唯一、実母方の祖父母は芽子に優しく理解ある人たちで、芽子に財産を残していた。それが長野にある牧場だった。

 祖父母も高齢なので、芽子は移る決心をし、兄頼雄はそれについていく形で二人で長野に行った。

 もちろん、長野は芽子の実家があるので、芽子たちのもとに両親がやってきては嫌がらせをしていたようだが、たまたま旅行で行っていた、妙子たちの両親がその場所を気に入り、芽子の人柄を気に入り、芽子にしても、自分の娘のように大事にしてくれる妙子の両親を気に入った。結果が、そのまま住み着いたということだ。

 長野の冬はかなり寒く雪も降るようだがそれさえも、両親は楽しいらしく、芽子の両親撃退法を家族会議で行い、祖父母も参加して追い払ったらしい。

 その後、芽子の両親がどうなったか妙子は解らないが、縁は切れたらしい。

 芽子は、妙子から両親を奪って申し訳ないといつも言うが、別に、親離れと子離れができてよかったのだと言っている。

 それに、甥っ子たちには、祖父母や、ひい爺さんやひいばあさんがいる環境は、絶対的宝になるだろうと思われた。さらに言えば、親が恋しいと思うほど子供ではないのだ。35歳は。


 両親の写真を見ながら、伊乃と春乃はるのみね 美鈴みすずが談笑している姿を見ながら、妙子は早苗から来た招待状の封筒へと目を落とした。


―助けて―


(という言葉を、結婚式を前にした花嫁が書くだろうか? まさか結婚詐欺にあっているのだろうか? それとも、相手方の誰かが反対しているのだろうか?

 だが、結婚披露宴をする以上、もうそういう話でもあるまい? じゃぁ、いったい何を助けるのだろうか?

 あ、料理か? 料理を習いたいとかいう奴か? それならいいけども)


「たえちゃん、……嵐が来るわよ」

 マリリンが不安になるような声で言った。

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