第4話 再会
「よぉ」
そういって安田 晃平が顔を出した。そして、中村 達樹の背中を押して店の中に入った。
「まだやってるだろ?」
妙子は頷き、席に座る二人を見る。
「にしても、驚きだろ?」
晃平はそういって声を出して笑い、勝手知ったるなんとやらで、カウンターに置いているウォーターピッチャーから水を灌ぐと達樹の前に置いた。
「にしても、よく達樹だって解ったな」
妙子は息を整えうなずき、少し考えてから、
「なんでいるの?」
晃平は大声で笑い、
「反応おかしくないか?」と笑う。
晃平の話しでは、達樹は今こちらに帰ってきて、都市開発のプロジェクトに参加しているのだそうだ。晃平は県から請け負っているプロジェクトの土木会社の一つで、今日の会議で達樹がやってきたのだという。
「東京から来た何かしゅっとしたやつでさぁ。やだねぇ、何かぁやだなぁって思ってたら急に近づいてきてさぁ、「晃平だろ?」っていうから、誰だ? ってなるだろ? そしたら、これが驚いたけど、それまできっちりしていた髪の毛をくしゃくしゃってして、眼鏡外したんだよ、覚えてないかって、そしたら、いやぁ、驚いたね、達樹じゃんって。
で、飲みに行く前に、妙子のとこのコーヒー飲もうってことになったんだよ」
「なるほど」
「にしても、よくお前は解ったな」
「……変わってなかったから」
妙子は店の入り口を上目づかいで見た。あの赤の庇がよくない。夕日に映ってオレンジ色をしている。あれがあの日のオレンジ色の教室を瞬時に再現したんだ。
妙子はコーヒーを淹れた後で、軽めの食事を用意するため二人に背中を向ける。
「ハムサンドくらいで大丈夫?」
「お、いいねぇ。てか、ここに酒があったらなおよしだけどね」
という晃平に、飽きれながらハムサンドを作る。
妙子の手がかすかにふるえている。見て判るほどの震えだ。
(いやになる……、夢が悪い。思い出した自分が悪い。動揺するな。いくつだよ、中学生じゃないんだよ。いい大人が、初恋の相手に会って動揺するなんて……、初恋の相手? なのかな?)
ハムサンドを出すと、二人はおいしそうに食べ、飲み屋が開くまでしばらくいていいかというので、構わないと返事をする。
「五時半だから、店は閉めるよ? 誰か後で来る?」
「いや、来ない。逃げてきたから。なぁ?」
晃平が達樹に言うと、達樹は困ったように笑う。
あの頃のままの、少し右に顔を傾げ、口をぐっとつぶり、本当に困ったような顔なのにきれいな顔。妙子は深呼吸をして「くろ~ず」の札を下げ鍵をかける。
「逃げて来たって?」
妙子は聞きながらカウンターの中に戻る。
「県の整備課に今年から配属になった子がいてさぁ、まぁ、四月には俺も追いかけまわされたけど、俺は、あれじゃん。で、諦めたら、まぁ、扱いが雑な子でねぇ。とはいえ、取引相手の社長とかなら御曹司がいるかもって、まぁ、かわいい顔してるし、スタイルいいから、おっさんどもがちやほやするんだが、若い奴らは、ああいう、何というかね、まぁそういう子なんだわ。
で、達樹が来たとたんだよ、目の色が変わってさぁ。見るからに猛アタック。ちょっと笑えるほどね」
晃平はそういって達樹の食べ終わった皿と自分の空の皿を重ねカウンターの上に置く。
「まぁ、達樹が正直に、独身です。っていうもんだからさぁ、」
「独身なんだ」
妙子の言葉に達樹は微笑み、
「妙子もだろ?」
といった。
―こういう男を罪な奴という。世の男どもよ、女子に対してやんわりと、そのくせ少々押しの強さを見せるのがどれほどの罪か。こいつに何かを言われて抵抗できる女がいるだろうか? いや、居ないね―
中学の時に、親友の津野 明美が言った言葉だ。生徒会長である彼女が、運動会の準備が進まないクラスに苛立っているとき、達樹がさらっと、
「俺、このクラスで優勝したいけどね」
といった瞬間、みなが一致団結したことがあった。その時明美が言ったのだ。
「こういう男って、嫌な奴だよねぇ」
と笑いながら言う明美に、
「いやな奴はひどいなぁ」
といった時のあの顔。あの声。
妙子が首筋を掻く。
「それよりさぁ。南覚えてるか?」
「は、はぁ?」
妙子は急に話題が変わってきょとんと晃平を見る。
「南? ……あの南? 結婚して……山、何とかに変わった?」
「そう、あいつ、どうしたんだ?」
「どうしたとは? いや、まずね、あたしはずっとここにいるから、外で起こっていることってまずよく知らないのよ。そのうえで言う。南がどうしたという質問はないわぁ」
「あぁ、そうか。
いやぁ、この前、日曜だったかな? 土曜日か? いや、工具を見に行こうと思ってたから日曜だったかなぁ? いやでも、病院の、」
「曜日はいいよ、それで、垣内さんがどうしたって?」
妙子と晃平が達樹を見る。
「よく覚えていたなぁ、南の旧姓」
「旧姓しか覚えてないよ。……あれだろ? 漫画の南には程遠いって、だから、北って名前に変えろっていじめられていた子だろ?」
「いやな記憶力だな、お前。
まぁ、そうなんだけども、一人だと思うんだけども、ホームセンターの前を歩いてたんだけどさぁ、ぼっさぼさの髪に、よれたような服着てさぁ、なんかすごい疲れてるみたいで、俺、車だったんで、駐車してから追いかけたんだけど、もういなくて、お前たち仲良くなかったっけ? と思ってさ」
「仲よかったけど、」
「あれか? 結婚したら疎遠てやつか?」
「まぁ、そうだね」
「もしさぁ、なんか聞いたら助けてやれよ。ちょっと、かなりやばそうだった」
「聞いたらね」
妙子はそういって頷く。
「そろそろじゃない? マキさんのとこでしょ?」
妙子が時計を見て言う。六時半を過ぎていた。
「おお、そうだな。じゃぁ、行こうか」
晃平が立ち上がる。
「妙子も一緒にどう?」
「残念、明日も仕事。五時起きは辛い」
「あぁ、そうか。残念。じゃぁ、休みの前の日は? 定休日は火曜か、……月曜の夜かぁ」
達樹が入り口から見える看板の定休日を見つける。
「まぁ、またコーヒー飲みに来て」
妙子の言葉に達樹は振り返り、優しい笑みを浮かべる。
相変わらず、しゅっとした嫌味なほどきれいな顔。鼻筋が通っていて、少し切れ長の二重。血色いい唇。大人の男になった体躯が更に色気を感じる。
「惚れるなよ」
晃平の言葉に妙子が斜に睨む。
「お前が言うな」
妙子の言葉に達樹が声をあげて笑う。
「じゃぁ、また来るよ」
からん
戸が閉まった。鍵をすぐに掛けに行き、入り口のカーテンを引く。
焦っているのを「平常心、平常心。冷静、平静。落ち着け」と言い続け片づけを済ませると、住居部分に駆け込む。
後ろ手で店との仕切りをしめてから、ずるずると床に座る。
「お、お、おお。びっくり、した」
ゴロンと横になる。もう、立っていられないほど興奮していた。
「年は、取りたくないわぁ。ちょっと興奮しただけで、血圧上がってるぞ、これ……。てか、達樹君だったぁ」
妙子は自身を抱きしめて丸くなる。
(…………)
「気持ち悪い」
妙子は起き上がる。
(もう、この歳で悶えるのは、みっともないなぁ)
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