第3話 「馬酔木」の常連
9時になると常連が入れ替わる。
自称脚本家の
「やっぱりぃ、流行語になるようなインパクトは欲しいわよね? じぇじぇじぇとかそういう奴。でも、あざとくないほうがいいわよねぇ。自然で、でもみんなが言っちゃう~みたいな?
男主人公はさぁ、さわやかイケメンが主流だけど、意外に、こてこても好きなのよねぇ。合わないかしらねぇ? ちょっと、いや、だいぶ男臭い奴に、
「好きで何が悪い?」
なぁんて破壊力やばすぎだろ、お前って」
というようなことをこの数日繰り返している。その間、妙子は返事をしない。ましてや、そこに居合わせている常連客もそれに返事はしない。
峰 美鈴とほぼ同時にたぶん70歳近い坂本
伊乃はいつもの席、カウンターの奥の席に座り、壁にもたれて新聞を読み始めた。
妙子は伊乃のいつもの飲み物の昆布茶を静かに置く。
それからしばらくして、マリリンがやって来る。マリリンはこの近くのショッピングセンターで占い師をしている。出勤前ここでコーヒーを飲むのが日課で、ここ最近の流行はアラジンのジャスミンらしく、
「あんたさぁ。どこで買うのよ、それ?」
と伊乃に眉を顰められるようなアラビアンな格好でやってきてチャイとクレープセットを食べて出かけて行く。
「伊乃さん、今日は水難がでてますよ」
マリリンの予言に伊乃は手を振る。マリリンの占いはわりと当たるが、伊乃はあまり気にしていないようだ。
お金を払った後、「それじゃぁね」と言って帰ろうとしたマリリンが立ち止まり、妙子の顔をじっと見てから、
「嵐が来るわよ、気を付けて」
といった。
「嵐?」
妙子の聞き返しに、峰 美鈴が歌いだすのをマリリンは首をすくめて出て行った。
「どんな嵐だろうねぇ?」
峰 美鈴の言葉に妙子は首を傾げる。
「ちょっと、もう! あ、たえちゃんおはよう」
とにぎやかな声と、真っ赤なシャツに、てかてかと光る青いスカートを履いた春乃が入ってきて、双子の妹の伊乃の隣に座ろうとするのを、伊乃がその席に新聞を置いて邪魔をするので、春乃は口をとがらせて一つ空けて座る。
「もう、一人で行くなんてひどいわよぉ」
「あんた、支度が遅いじゃない。誰が見るわけじゃないのに、化粧だって、へたくそな癖にさぁ」
双子は言いたい分だけの
今日も、暑くなりそうな外を眺める。
その頃には11時になっていて、妙子は形の不揃いな弁当箱にご飯を詰め始め、唐揚げを二度揚げし始める。
11時30分前の間に、作業着を着た男がやって来る。近くで工事を請け負っている作業員だ。
「毎日すんません」
いつものあいさつだ。
この辺りは、都市区画整備とかいう事情によって拡張やら、整備対象で立ち退きやらで工事がこの五年ほどずっと続いている。以前は店で食べていた彼らが、真夏の暑い日に、
「汗臭いんで、店に来るの悪いと思って、無理を承知で頼むんですが、」
と言って、不揃いな弁当箱を持ってきた。彼らのほとんどが単身赴任でやってきた労働者だといった。今のご時世で? と思ったが、昔とは違い、この辺りで土木を志している若者が居ないので、出張に来ているのだといった。
この辺りで弁当屋も、コンビニも少し遠く、そこを利用すると、昼休みが少なくなる。というのだ。とはいえ、店の前の工事は三年前に終わり、今の工事現場の側にはコンビニがあるのだが、
「
と言われては、作らざるを得ない。低コストを条件に、前日の店のあまりものとか、バラエティー豊かとは言わないが、作り立てであることが何よりもうれしいようだ。
先日、その中の一人の奥さんの実家が農家だと言って、毎日のお礼にとそこで作った新鮮、きれいなトマトが送られてきた。常連の四人に食べさせて好評で、おいしくいただいた。
ちょっと多かったのでトマトソースにしていたものをから揚げにからめる。今日のように少し暑い日は、さっぱりしたほうがいいだろう。
昼が終わると、ぱったりと客が減る。
「いつもの曲を」
とリクエストしてくる紳士がコーヒーを優雅にたしなむ。そのあいだ店は、ジャズが流れる。
下校する子供たちが見えたころ、一日二食の春乃と伊乃の姉妹が夕飯の持ち帰りを取りに再びやってくる。この日課も、作業員たちへ弁当を作り始めたころから続く。
4時半になれば、もう客は来ない。明日の仕込みをしながら、閉店の5時半まで店を開けて置く。
―今日も、客は来ない―
時計は5時になった頃だ。もう誰も来ないだろう。明日の仕込みも終わったし、コップも磨き終わった。今日はほんの少し早く起きたから、作業が早い。
からん
と入り口が鳴った。
「いらっしゃい……、中村
入ってきたのはスーツ姿の、中村 達樹だった。
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