第2話 朝の準備 妙子の仕事

 ここ何年もないくらい勢いよく目を開けた。見慣れた天井。色あせた木の節が黒くなっている天井。ぶら下がっている電気。

(自分の、部屋)

 妙子は枕元に置いてある時計を取った。もう何年使ってきているだろう? 小学校のころに一人部屋をもらってからなので、……よく壊れずにまだ動いているなと思う。塗料の赤が所々剥げているが、壊れないので買い換えない。


4:48AM


「おい」

 空はもう明るい。夏の朝だ。しかし、

「あと、12分は、寝れたな」

 と思いながら目覚ましを止め、ベッドから出る。背伸びをして、姿見の自分を見る。

「今、いくつだよ」

 ……。妙子、35歳。

「イタイなぁ」

 妙子は着替えを始める。

 口の中にほろ苦い想いが広がる。まだ夢の中の自分をもう一度鏡に映す。

「懐かしい、名前……」


―あの後どうしたっけ? 急に中村 達樹君が「好きだ」と言った後。教室を慌てて飛び出て、家に帰ったと思う。

 そのあと―。後日。どんな顔をして接していたっけ? というか……、顔見られず、自然と避けていた気がする。

 ひどいな……。若気の至りですかぁ。15歳。ウブだったのね―


 苦笑しながら階段を降り、電気をつける。

 コーヒーの残り香が広がる。妙子の家は喫茶店をしている。小さいけれど、近所には評判の店だ。開店7時前にモーニングの仕込みを始める。

 鍋に水を張って茹で卵20個湯がく。冷蔵庫から下味を済ませた唐揚げを取り出す。唐揚げを8分目まで上げる。

 パン屋が食パンを配達してくれる。

 小学校の同級生の農家が野菜を配達してくれると、サラダを作る。

 湯がき終わった卵を「半熟」「中ぐらい」「固ゆで」に分けておく。

 唐揚げが半分あげ終わるころ、前日に仕掛けていた炊飯器が炊き上がったと知らせてくれる。

 弁当箱を五つ並べる。大きさも、形も違う弁当箱に、ご飯を詰め、卵焼きを詰め、唐揚げを入れる。プチトマトは先ほど配達されたものだ。

「彩がいいねぇ」

 と自画自賛を毎朝して、コーヒーの焙煎を始める。

 7時になり、外におている電工看板に電気を入れ、鍵を開け、扉に「お~ぷん」の札をかける。これは父が書いて気に入ったもので、もうずっと使っている。

「おはよう」

「おはようございます」

 ご近所の年寄りがまずやって来る。この人は卵は中ぐらいの硬さ。

 この近所には、奥さんを無くしたやもめが六人いる。どれも80歳を超えている。奥さんを亡くしてから毎朝ここで朝食を食べる。生存確認にもなっているので、毎日来るように約束している。

面白いのは、皆やもめ同士なのに時間を十分、三十分ずらしてやって来るのだ。会話は朝の挨拶と、天気だけ。だけど、みんなお互いのことを気に掛けている。そういう関係もいいなぁと妙子は思う。

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