好きと言えたらいいのに

松浦 由香

第1話 中3秋

 秋の―。運動会が終わり、日が短くなってきて、放課後の教室はオレンジ色で溢れていた。

 一か所だけカーテンを開けたままにして、その側の自席で日誌を書く。

 今までなら、「そんなもの、まじめに書かずにさっさと終わらせよ」と言って、相棒となる男子はさっさと帰っていった。

 べつに、まじめな性格でも、几帳面な書き方をしているわけではないが、こういうものにきれいに書くのは好きだった。最近になって、あれほど書かれると、その次が書きにくかった。ということを知り、申し訳なく思ったが、当時は解らず、文字で頁を埋め尽くしていた。


「まだ書いてたんだ」

 入ってきたのは、この春転校してきた中村 達樹たつき君だ。都会からやって来た彼は細身のきれいな人だった。細くて長い指が机の上をすっと撫でて、前の席に彼は座った。

「相変わらず、妙子たえこってきちんと埋めたがるよね」

 妙子は顔を上げて前に座った達樹君を見る。

 なんてきれいな横顔なんだ。とほれぼれしそうなほどあばたもニキビもないつるんとした肌、長いまつ毛、ちょうどいい厚さの唇は血色がとてもいい。


 妙子は椅子をひっくり返す勢いで立ち上がる。

「本気だよ」

 見上げてくる達樹君から逃げるように鞄を掴んで教室を出た。


 淡い、淡い中学三年の秋の思い出―。



「俺、妙子のこと好きだよ」


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