私だけの

 待ちに待った、休日の朝。彼女の家へと車を走らせた私は、いそいそと部屋に上がり込んだ。

 三日前は、半休を利用してきたから、ほとんど一緒に居られなかった。けれど、今日は丸一日、彼女と一緒に過ごすことができる。


「ただいま! 遅くなって、ごめんね」


 彼女が横になっているベッドの傍に座り、そっと頬を撫でる。掛け布団を捲っても、彼女はピクリとも動かず、仰向けに横たわったままだ。

 無反応な彼女を、そっと抱き起して、ぎゅうと抱きしめる。首も手も足もダラリと垂れ、ズシリと重みが伝わる。


 三日前に愛し合った時には、彼女のお気に入りのシャンプーが、優しく香っていた。

 けれど今は、独特の異臭が漂っている。湿っぽくて、ほろ苦い、死の臭いだ。

 健康的な色艶を保っていた肌は、土気色に変色した。ぷっくり潤っていた唇は、カサカサに乾燥し、硬くなった。ゆるくウェーブのかかった髪は、く度に指へ絡みつき抜けていく。


 誰もが羨む美少女だった彼女。

 活発で、好奇心旺盛で、愛想がよくて、とても輝いていた。華やかな笑顔を浮かべて、みんなに囲まれて、楽しそうに笑っていた。

 私とは、何もかもが、正反対。


 それが、たった三日で変貌してしまった。

 最早、以前の美しい姿など、想像もできない。快活に笑う笑顔は、二度と見られない。


 でも、私は満たされた。

 彼女のキラキラした瞳を見なくてもよくなったし、蠱惑的な愛らしい声を耳にすることもなくなったし、何より、彼女は従順になったから。

 あちこちに向けられる興味も、何にでも注がれる情熱も、何も、なくなったから。

 裏切られるかもしれない不安とも、失うかもしれない恐怖とも、全く無縁になったから。


 誰からも愛されていた彼女は、今、おとなしく私に抱かれている。

 彼女が私に、こんな醜態を晒してくれている。私しか見たことのない彼女の姿。

 そう、私は、彼女の全てを手に入れた。


 彼女はもう、私だけのもの。



―了―

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