残忍なお菓子の愛

 私には、大好きな人がいる。

 好きで、好きで、好きで、大好きな人。


 だけど、その人は……




「うぇっ、もう、やめろって」

「どうだった?」

「どうもこうもねぇよ!」


 どうやら真由子まゆこは、また失敗してしまったようだ。


「次こそは、上手くやるわ」

「いや、やめろ」

「そんなっ、どうしてそんな酷いこと言うの?」

「当たり前だ!」


 新太あらたのために、真由子は、寝る間も惜しんで頑張っているのに。


「俺は、菓子なんか、き、ら、い、だ!」

「あなたの私への愛は、その程度だって言うの!」


 真由子は、お菓子作りを趣味にするくらい、甘い物が大好きだ。もう、愛していると言ってもいい。和菓子も洋菓子も、みんな愛しい。

 この世からお菓子がなくなったら、真由子は絶望で死ぬだろう。真由子を殺すのに刃物はいらない。お菓子を取り上げればいい。甘い物が食べられない人生なんて、考えられない。


 けれど、真由子の大好きな人は、真由子の大好きな甘い物が、大嫌いだと言うのだ。

 そんな新太に、お菓子を好きになってもらうべく、真由子は日夜、研究を重ねている。各国の様々なレシピを集め、彼が食べやすいように工夫を加えて。

 しかも、少しでも甘い物を美味しいと思ってもらえるよう、真由子が手ずから食べさせてあげている。そういうラブラブな雰囲気作りまで努力しているのに、何がダメなのだろう。


「俺は、お前一筋だ!」

「じゃあ、お菓子も」

「菓子に向ける余裕などない!」

「!」


 新太は、真由子の言葉を遮り、言い切った。

 それほどまでに、新太は、真由子のことを――


「新太!」

「真由子!」


 感極まり、新太に強く抱きついた真由子には、見えなかった。

 真由子の後方からふたりを眺めていた同輩たちに向けて、新太がニタリと笑った、その顔が。




「どう見ても、ムリヤリ食わせただけじゃん、あれ」

「嫌いなもの口に詰め込むとか、拷問だよね」

「あれをラブラブとか言えるのは、真由子だけだよな」

「しかし、アホだなぁ、真由子ちゃん。簡単に丸め込まれて」

「あれがイイらしい、新太にとっては」


 好き勝手に噂する同輩たちは、知らない。

 彼らに背を向けている真由子が、どんな顔をしているのか。




(甘い物を口に入れた時に歪む顔が、加虐心をそそるのよ)

(甘い物を口に入れようとする顔が、被虐心を満たすのさ)


 でもそれは、ふたりだけがお互いに解り合っていれば良いこと。



 ―了―

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