裏切り

 君が幸せそうに眠る、その場所。

 そのベッドマットが、何度も取り換えられていることなど、君には想像もつかないだろう。


 でもきっと、これが最後。


 君のために用意した、新品のナイフ。

 使い慣れた物の方が手に馴染むけれど、君は、特別だから。

 使い古しなんて、嫌だろう?

 何度も使われたナイフでは、君が穢れてしまう。


 悪徳を知らぬ、稚気な笑顔。

 汚濁を知らぬ、無垢な肢体。


 匂やかな芳香は、君の内側から滲み出る純粋。

 清らかな素肌は、君の血潮から生まれる純白。


 だから、きっと。


 君の胸から噴き出す鮮血は、君をあまやかに包み、あでやかに飾り、どんな服よりも、どんなアクセサリーよりも、どんな香水よりも、君を引き立てるに違いない。

 君の中からあふれる綺麗なもので君を彩れば、もっと、もっと、君は美しく輝くはずだ。


 そうだろう?




「ねぇ、起きて」


 裸のまま眠りに落ちていた彼女を、揺り起こす。

 眠気に負けそうな彼女に覆い被さると、大きな目が見開かれた。


 その胸に、新調した、ナイフを――


「あっ、あ、」


 ビクリと大きく痙攣した後、カタカタと小刻みに震えだす彼女。

 声も出ないほどの絶頂を味わっているその姿が、愛しくて、愛しくて。


 深く。

 深く。

 深く。


 刃を全部、しっかりと埋めてから、素早く引き抜く。

 彼女を余すところなく感じたくて、彼女を抱き寄せ、一緒に血にまみれた。


 噴き出す赤に染められていく彼女は、やはり、美しい。

 美しい?

 甘美な、香りが、香りが……?




 そうなるはずだと、信じていたのに!


 実際に君を包んだのは、生臭い死で。

 実際に君を飾ったのは、濁悪の血で。


 それでも、もしかしたらと、わずかな期待を胸に、唇を重ねてみたけれど。

 わかったことは、ひとつだけ。


 君も、ほかの奴らと同じ。

 見た目だけの人間だったということだ。



―了―

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