ひとつになりたい

 あの人が好き。

 どうしようもなく、あの人が好きだ。


 四日前、あの人が、私の知らない人と歩いているのを見かけた。

 あの人の態度から察するに、特別な感情を抱く相手ではないだろう。仕事の関係かもしれない。


 当然だ。あの人が愛している相手は、私なのだから。

 男女を問わず誰からも好かれるタイプの人だけど、あの人自身は、移り気な性格ではない。


 あの人は私に気づかなかったようだから、私の方も、見ぬふりを決め込んで、踵を返した。仕事の邪魔をしてはいけない。

 そうは思っても、私の胸は酷く圧迫されて、上手に息が吸えなくて、吐き気がした。


 あの人と、ひとつになりたい。

 ぴたりと、全く同一のものに。

 ずっとずっと、一緒にいられるように。


 これは、無意味な嫉妬だ。わかっている。

 けれど私の頭は、こんな些細なことから、恐ろしい光景を描くようになった。


 あの人を食べ尽くしたい。


 そう、食べてしまえば、あの人と私はひとつになって、ずっとずっと、一緒にいられる。肉も、骨も、血の一滴さえも、あの人と私は、ぴたりと同じものになる。


 そろそろ、あの人が家に着く時間だ。

 帰ってきたところを、にこりと笑って迎える私に、微笑みが返ってくる。お疲れ様と差し出したお茶を、何ひとつ疑わず、美味しそうに飲み干してくれる。

 やがて、睡魔に勝てず、深い眠りに落ちていく。「眠いの?」と髪を梳く私の足に、頭を預けて。

 完全に眠ってしまったら、そっと布団に横たえて、唇を重ねる。


 この人は、これから、私になるのだ。


 途中で目を覚ましても抵抗できないように、手足を拘束してから、首に縄をかける。愛しい人の大切な血を取りこぼさないためには、この方法が一番だろう。

 渾身の力を込めて絞めると、案の定、目を覚まして暴れだす。体をよじり、懸命に逃れようとするけれど、もう手遅れ。

 ロクな抵抗もできずに、力尽きる。


 動かなくなった体を甘噛みし、皮膚を舐めてみる。

 包丁を持ってきて、首に小さく傷をつける。そこから直接、まだ温かい血を堪能する。

 削ぎ取った肉は、甘く柔らかい。内臓も、髪も爪も、骨だって。余すところなく、全部、味わう。

 最愛の人を構成する全てが、私と同一になる。


 四日前のあの日以来、こんな妄計が頭から離れない。

 彼とひとつになれる日を夢見ながら、私は今日も彼を見つめる。



―了―

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