謎解き研究部始動!

「よしくん事件だよ!」


 机とホワイトボード、本棚などしか置かれていない部室、何もすることはなく、ただ夏の風を浴び、時の流れを感じる義人。


「俺は今風になっているんだ」


 部室のカーテンを揺らす心地よい風。後数分で眠りに落ちてしまいそうなぐらい義人にとってその風は心地よいものだった。

 外では運動部が大会優勝を目標に、今日も一段と大きな声を出していて青春の風も感じる。


「殺人事件が起こったんだよ!」


 部室の扉からどすどすと入ってきた楓はこちらに迫ってくる。


「だ、大事件じゃないか!」


 睡魔に襲われていた義人だったが、楓の思いがけない発言に完全に目が覚める。


「こっちだよ!」


 楓に腕を引っ張られ、義人が現場に向かうと赤い液体が飛び散っていた。

 確かに血にも見えるが、まず人がいない。殺人ではないのは確かだ。

 そんなことは楓もわかっているはず。何かしら疑問があって自分は呼ばれたんだと義人は考える。


「それで、何か気になることでもあるのか?」


「絵具をまき散らす可能性としては美術部か、美術の授業ぐらいしかないと思うんだけど、どっちも別塔の三階にある美術室を使うから、ここに絵具をまき散らす可能性は低いと思うんだよ」


 確かにこの場所で絵具と思われるものをまき散らすのは不自然だ。

 義人は液体の匂いや手触りを確かめる。


「匂いはなく、すでに固まっている。これは多分絵具だろうが、今日ついたものじゃないんじゃないか?」


 だいぶ前からあるものでも、風景としてとらえていたものを意識的に見ることで人は『本当にこれはこうだったか?』と、ふと思うことがある。

 義人は楓がそれと似たような状態になっているのではないかと推測したのだ。


「それはないよ。だってこの通路よく使うからこんなのあって気づかないはずない」

 

 確かに言えている。義人もこんなのは昨日までなかったとは思っていた。


「なあ、楓。なんでこの絵具の周りは他の壁と色が若干違うんだ?」


 些細な違いだが、若干絵具が飛び散っている壁の周囲には汚れの境界線があった。

 それを疑問に思い、義人は楓に質問する。


「私にもわからないよ。他にわかったことある?」


 昨日まではなかった絵具の後。だが、絵の匂いがしないことや、手触り的に昨日より前についたものだと推測できる。

 そして汚れの周囲には四角形の境界線がうっすら見える。


「そういや、今日学校の校門付近に軽トラが止まっていたが、あれは何だったんだろな」


 今回の謎には関係ないかもしれないが、最近気になったことをまとめるのが謎を解くカギになることもある。義人は狂気になった出来事を思い出す。


「多分ペンキ屋だと思うよ。この学校の校長は学びの場を大切にしているみたいで、校長の強い要望で汚くなった壁は塗り替えをするんだって」


「あとは……今の日本人はパン派か? それともご飯派か?」


 今日の朝、パンを食べているときふと気になったことと言えばそれだ。


「半々だと思うよ。私の友達もばらばらだもん。というかそんなこと関係あるの?」


 楓は不思議そうに聞いてくる。


「ないな」


「ええ、ないの……」


 何のために聞かれたのかと楓は疑問を浮かべる。


「楓、生徒手帳は持っているか?」


 よく学割で使える生徒手帳は財布にしまっている義人。そのため今手元にないのだ。


「あるけど何に使うの? というか学校には持ってくるものでしょ」


 義人は楓から生徒手帳を借り、パラパラとページをめくっていく。

 お目当てのページを見つけると、少し笑みを浮かべる義人。


「え、何かわかったの?」


 目を光らせる楓。


「ああ、楓の緊張している顔写真があった」


 義人は生徒手帳に入っている楓の写真を楓本人に見せる。


「……むむむむむ」


 楓は頬を膨らませご立腹のご様子。


「そんなことのために借りたの?」


 少し怒った口調で話す楓。

 

「冗談だよ。お目当てのページはここだ」


 義人が開いたページは学校施設の歴史という項目のページだ。

 学校によって生徒手帳の書かれていることは少し違ってくるが、義人たちが通う桜風(さくらかぜ)高校の生徒手帳にはこれまでの学校施設の工事に関する歴史が書かれている。


「これがどうかしたの?」


 長く美しい銀色の髪を片手で押さえ、義人の持つ生徒手帳をのぞき込む楓。


「見てみろ。今の校長になったのはだいぶ前の話のようだが、校長が変わってから学校もだいぶ変わったようだ。別塔の完成により、特別教室は別塔へ移動した。この校長は綺麗好きなのか、別塔と今俺らがいるこっちの差をつけないようにするためか、別塔が完成する前にこっちの校舎の壁をすべて塗り替えている」


「そうなんだ。それでこれがなにか関係あるんだよね。ちょっと待って! わたしが答えを出す!」


 答えを言われるのが嫌な様子の楓。

 もちろん義人が考え付いた答えが正しいのかは義人自身にもわからないが、大体はあっているだろうと義人は思っていた。


「わかったか?」


 五分ほどたったが、絵具を触ったり、匂いを嗅いだりと、すでにある情報を何度も確かめ、迷路にご様子の楓に、義人が質問する。


「もうちょっとだけ!」


 さらに五分が経つ頃には、義人はポケットから取り出した小説を読み始めていた。


「全然分かんない。本当によしくんはわかったの?」


 ようやくあきらめた様子の楓。


「楓は答えを見つけようとしすぎだ。別に俺の出した答えが答えとは限らん。もう少しストーリーを考えれば見えてくると思うぞ」


 義人が小説を読みながら言うと、楓はフグのように頬を膨らませ義人を睨みつける。


「そんな簡単に言わないでよ。それで、答えは?」


 メモ帳とペンを取り出す楓。

 謎解きが昔から大好きな楓だが、好きと得意は別物だ。


「あれは私がこの学校に来た時の話だった」


 いきなりキャラを変える義人。


「ええ、何そのキャラ。てか、それ誰?」


 そんな義人に突っ込みを入れる楓。


「校長目線で話した方が分かりやすいかなと思ったんだが、いやならやめるぞ?」


「そういうことね。続けて」


 メモ帳に校長目線と書き込む楓。

 そこはそこまで関係ないんだがなと、義人は心の中で思う。


「もうすぐ別塔が完成するし、今の校舎にある特別教室を別塔に移す準備をしないとな。そういえば今の後者の二階は美術室があって壁が汚れていたな。よし、この際だから校舎の壁をすべて塗り替えるとしよう!」


 少し低めの声で話す義人。それを熱心に聞きながらメモを取る楓。

 まるで、問題を追及される政治家と記者のような光景である。


「メモメモ」


 メモをしながら声を出していては記者にはなれんなと、義人は心の中で思う。


「塗り替えが終わってから一週間。やはり、真っ白な後者はいいもんだ。ん? あれは……」


「あれは?」


 演技中なのに話しかけてくる楓。


「塗り替えたばかりの壁に赤い絵の具が飛び散っている。雑巾でごしごしと……取れないじゃないか! 美術室を移動させる前に塗り替えた私の不覚……。無理を言ってお願いした塗り替えだ。ここだけまた縫ってくれとお願いするのも無理な話。今度の塗り替えの時までこれを隠しておきたい……。そうだ! 同じ色の紙を貼りつけておこう!」


「ふむふむ」

 

 メモ帳にメモを書きながら納得する楓。


「大体わかったか?」


 義人は再度小説を開き、楓に聞く。


「つまり、この絵具はここに美術室があった時についたもので、塗り替えたばかりの壁を塗り替えるわけにもいかず、校長は同じ色の紙を貼った。そしてそれから数年が経ち、壁を塗り替える日がやってきて、貼ってあった紙を外した。これにより、壁には四角形の境界線ができたってこと?」


 メモを確認しながら楓がまとめる。


「まあ、そんなところだと俺は思うぞ。これが正しければゴミ捨て場を漁ればここに貼ってあった紙が出てくると思うが、そこまでしなくてもいいだろ」


 小説を閉じ、部室へ戻ろうと歩き始める義人。


「うん。やっぱり謎解きは面白いね」


「そうか? 少し疲れる」


 義人はあくびをし、ポケットに手を突っ込みながら階段を上がっていく。


「楽しいよ。みんなで知恵をだしって一人じゃ乗り越えられない壁を乗り越えるのは」


 目を輝かせる楓。それを見て義人は少し微笑む。


「まあ、そうだな」


 今日も平和に謎解き研究部は活動している。

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