2-⑪
「うわー! 凄い眺め!」
「ちょっと、そんなに動くと揺れる……」
「何よー、死神さんが言ったんじゃない。これがいいって」
「そりゃあそうだけど、別にアトラクションじゃないんだから……」
私たちは地上三十メートルの場所にいた。
と、いっても別に危ないことをしているわけではない。ここは、近くのショッピングモールに併設された観覧車の中なのだ。
死神さんが、観覧車に乗りたいなんて言い出したときはビックリしたけど、でも……。
「観覧車なんていつぶりだろう」
「乗ったことあるの?」
「バカにしないでよね! これは私が遊園地で乗れる数少ない乗り物なのよ」
「他には何があるの?」
胸を張って言う私に、死神さんは小首をかしげながら尋ねる。そんな死神さんに、私はポツリと呟いた。
「……メリーゴーランド」
「ふっ」
「あ、バカにしたでしょ! しょうがないじゃん、心臓病患者は意外と制限が多いんだから!」
なんて、拗ねるような口調で言ってしまったことに、恥ずかしくなる。そんなのは死神さんには関係ないことだし、だからどうしたと言われてしまえばそれまでだ。でも……。
「知ってるよ」
「え……?」
「君がいろんなことを我慢して、今まで頑張ってきたのを僕は知ってる。――あんなこと言ってたけど本当は、遊園地だって行ってみたかったんだろう?」
その言葉に、心臓がドクンと音を立てた。どうして、この人は、今まで誰も気づいてくれなかった私の本心に触れるんだろう。どうして、私の本音に気づいてくれるんだろう。他でもない、死神さん、あなたが……。
「それは、あなたが私の担当だから? だから、わかるの?」
「……そうだよ」
絞り出すように言った私の言葉に、死神さんは首に手を当てて、そう言った。その仕草に、胸がざわつくのを感じる。
「ねえ、死神さん」
「なんだい」
「一つ聞いてもいい?」
「……答えられることなら」
死神さんは、私の方を見ない。
「あなたは、もしかして、私の知っている人だったりする……?」
「…………」
「ううん、ごめん。なんでもない。今のは忘れて」
そんなわけない、そんなことあるはずがない。
だって、彼は今頃元気になってきっとどこかで私なんか忘れて――。
「残念ながら、僕の知り合いに君みたいな子はいなかったな」
「え……?」
「死ぬ前も、死んでからも、ね」
死神さんの言葉に、ホッとする私がいた。聞いたのは自分なのに、否定されてホッとするなんて……。
「そっか……」
「そうだよ」
でも、じゃあ……。
私は死神さんの姿をこっそりと見つめる。首に触れていた手で、ズレかけたフードを直すと、死神さんは窓の外へと視線を向けた。
心臓がトクントクンと脈打つ音を聞きながら、私も死神さんの視線を追いかけるように、夕日に染まった空を見つめた。
「もうすぐ日が暮れるね」
「そうだね」
「そろそろ帰らなきゃだね」
「……そうだね」
観覧車の窓から見る夕日は真っ赤で、綺麗だけれどどこか気持ちをざわつかせた。
そんな気持ちを押し込めるようにして死神さんの方を向いた。
「ありがとう。……今日ね、とっても楽しかった」
「本当に? 楽しめた?」
「うん。私、こんなふうに誰かと一緒に出かけてみたいってずっと思ってたの」
「そっか、ならよかった」
微笑んだ私に、死神さんは安心したような声を出した。
誰かと出かけてみたいってずっと思っていた。それが彼じゃないなら――誰だって変わらないって。だから死神さんにデートしたいなんて言って外に連れ出してもらった。でも……。
今の私はわかっている。誰でもよくなんてない。今日のデートがとっても楽しかったのはきっと――。
「でも、そんなに楽しかったなら、僕とじゃなければもっと楽しかっただろうね」
「え?」
死神さんの言葉に、私の中にあった楽しかった気持ちが一気に萎んでいくのを感じた。どうしてそんなことを言うのだろう。だって、私が楽しいと感じたのは……。
「ううん、あなたと一緒だったからだよ、死神さん」
「違う、それは気のせいだよ。ただ、誰かと出かけたかった。その相手が僕だったからそう思っただけだよ」
「そんなことわからないじゃない! 私が一緒の時間を過ごしたのは死神さんだもん。死神さんとゲームセンターに行って、それからソフトクリームを食べて、観覧車にも乗って! それは全部、死神さんとの思い出でしょ? それを勝手に、他の人とでもよかったんだなんて言わないで!」
「ご、ごめん……」
私の剣幕に驚いたのか、死神さんは少し焦ったようにそう言った。
「っ……」
ぽたりぽたりと足元に小さな水たまりができて、私は自分が泣いていることに気付いた。
感情が高ぶって、涙が出るなんて、子どもみたい……。生理的に溢れてきた涙を拭うと、私はそっぽを向いた。
「…………」
「…………」
――観覧車の中に沈黙が流れる。
ああ、ダメだな。感情的になってしまった。死神さんは仕事の一環でこうやって一緒にいてくれているだけなのに、私自身が楽しいと感じたことを壊された気がしてつい……。
小さな頃からずっとそうだった。みんなにとって私は可哀そうな子で。どんなに楽しいことを見つけても、嬉しいことを伝えても、無理しなくていいのよと、強がらないでいいのよと否定され続けた。私自身の楽しいも嬉しいも、全部全部なかったことにされた気がして、その言葉を言われるたびに、満たされた気持ちが砕かれていくようだった。
でも、だからといってその感情を死神さんにぶつけるのは間違っている。彼は、その人たちとは違うのだから。でも、どうしてか死神さんには否定されたくなかった。私の、私が死神さんと過ごした時間を楽しいと嬉しいと思った気持ちを、否定されたくなかった。
「…………」
言い過ぎてごめんなさい。そう言わなければいけないのはわかっていたけれど、どうしてもその一言が言えなかった。
そして、言えないまま観覧車は地上へと着いてドアが開いた。
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