2-⑩
「あれ……?」
ベンチで待っているはずの死神さんのところへ向かおうとした私は、視界に入った光景に違和感を覚えた。
お手洗いから少し離れた場所にあるベンチ、そこに死神さんは座っていた。でも、その前に誰かの姿があった。まるで死神さんが見えているかのように向かい合っている男の人の姿が。けれど、死神さんの姿は普通の人には見えない。いったいどういうことだろう……。
不思議に思いながらも、私は死神さんの待つベンチへと急いだ。
あと少しでたどりつく。そう思ったとき、死神さんが私に気づいたのか視線をこちらに向けた。つられるようにして死神さんの前に立つ男性も、私の方を向いた。
「あ……」
どうしたらいいのか……。悩んでいるうちに、その男の人は私の方に向かって歩き出した。
「え……?」
何かを言われるのかと思って、思わず身構えた。けれど、その人は私に構うことなく通り過ぎた。
ただ、一瞬――私の顔をチラリと見た気がしたけれど、気のせい、なのだろうか。
「今の……」
「え?」
「今の人どうしたの?」
その人が完全にいなくなったあとで、私は死神さんに尋ねた。なんて答えるんだろう……。同じように担当している人なのだろうか。それとももしかして、死神さんの――。
「さあ?」
「さあって……」
「座るところを探していたのか、突然やってきたんだよ」
「知り合い、じゃあなかったの?」
「知り合い? 僕と? なんで」
死神さんは首に手を当てると、おかしそうに笑う。その言い方があまりにも自然だったので、私は何も言えなくなってしまう。
「でも、ちょっと焦ったよ。僕の上に座られたらどうしようかって」
「上に、すわ……」
「なんちゃって」
そう言っておどけた死神さんは、いつもよりも明るくて、楽しそうで、それがなぜか引っかかった。
「どうしたの?」
「え……あの、今日の死神さんなんかテンション高いなあって」
「そうかな?」
「うん、そうだよ」
今日、というよりもさっきから急に……。と、いう言葉は思わず飲み込んでしまった。
でも、そんな私に死神さんは少し考えるようなそぶりを見せて、それから言った。
「もしかしたら、ほんの少しだけ僕も今日を楽しみにしていたのかもしれない」
「えっ?」
「君はデートをしたことがないと言ったけれど、僕も同じなんだ」
「それって……」
「僕にとっても、これが初めてのデートってこと」
その言葉に、私の心臓がドクンと高鳴った。死神さんにとってもこれが初デート……。どうしてだろう、たったそれだけのことがこんなにも嬉しく感じるなんて。
……嬉しい?
「っ……」
思わず、心臓を押さえる。トクントクンと、小さく、でも確実に音を立てて鳴り響く心臓を。
どうして、私は死神さんが初デートだったら嬉しいと思ったんだろう。
どうして……。
「どうしたの?」
「っ……! ちょっと待ってね!」
「う、うん」
急に黙り込んでしまった私を、死神さんは不思議そうに見つめる。
そんな死神さんをよそに、私はこの不可思議な感情の答えを考え始めた。
たしかに私は、死神さんにデートの経験がないと聞いて嬉しく思った。でも、どうして?
……よく少女漫画なんかで読んだのは、その人のことが好きだからその人の初めてになれて嬉しい、というパターン。
でも、これは違う。だって、私は別に死神さんに恋をしているわけじゃない。
じゃあ、どうして?
私は死神さんの姿をジッと見つめる。顔も見えない、不器用で優しい死神さんを。
……もしかしたら、私は、彼を……彼の姿を死神さんに重ねてる――?
「そんな、こと……」
ない、と否定したかった。でも、わからない わからないけれど、どうしてだろう。死神さんを見ると、忘れていたかった彼への想いが呼び覚まされる気がするのは……。
似ている、のだろうか。姿かたちではなくて、どこかが彼と……。
「……って、そんなのわかんないよ!」
「な、何が?」
「なんでもない!」
死神さんは首をかしげながら私を見る。そんな死神さんを見て私は思わず笑った。
深く考えるのはよそう。今目の前にいるのは死神さんで、私は死神さんとデートをしているのだから。こんなふうに誰かと――ましてや男の人と出かけることなんてなかったんだから、舞い上がったって仕方がない。
「ね、次はクレープ食べに行こうよ」
「え? まだ食べるの?」
「ダメ? じゃあねー……」
ましてや、こうやって笑い合って相談することさえなかったのだ。些細なことが楽しかったって、嬉しかったって、別にいいじゃない。
「じゃあ、死神さんの行きたいところに連れていって」
「え、僕の?」
「そう! デートなんだもん。一か所ぐらい、死神さんが行き先を決めてくれてもいいでしょう?」
「…………」
なんて、無理を言っているのはわかっているけれど、悩んでくれるだけでも嬉しい。
きっと「僕には決められないよ」とか「じゃあ、病院に戻ろうか」とか言うんだよね。そう言われたらどこを提案しようかな。
「じゃあ……」
でも、そんな私の予想に反して死神さんは何かを思いついたかのように口を開いた。
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