2-⑨
周りの人がおかしな子を見るような目で見てくるけれど、気にしない。だって、私は今こうやって死神さんと出かけていることが楽しいのだから。それを、死神さんにもわかってほしいから――。
「あ、ソフトクリーム売ってる!」
「ホントだ。こんな季節に珍しいね」
「ね、分けっこしましょ!」
「それはいいけど……」
返事を聞き終わる前に、私は近くの公園にあったソフトクリーム屋さんへと向かって歩き出す。そしてバニラのソフトクリームを一つ買うと、死神さんと一緒にベンチに座った。
外で食べるソフトクリームは病院のおやつに出てくるアイスよりも冷たくて、そして美味しかった。
「はい、死神さんもどうぞ」
「……僕は」
「なんてね、食べられないって言うんでしょ?」
「どうして……」
「当たり? 死神さんの反応を見てそうかなぁって思ったの」
本当は一緒に食べられたらよかったんだけど、でもこうやって隣にいてくれるだけでも十分だ。
十分だったんだけど……。
「それ」
「え……?」
「食べさせてよ」
一瞬、言われたことの意味がわからず、首をかしげそうになる。そんな私に、死神さんは意地悪く、もう一度言った。
「君が、僕に食べさせてよ。そうしたら食べるよ」
「なっ……!」
「ほら、早く」
死神さんはフードをズラすと口を開けた。まさかそんなことを言われるとも、そしてするとも思っていなかった私はどうしたらいいか悩み、そして……そっと差し出した。
「あ、あーん」
「え?」
「ほ、ほら。死神さんがあーんってしてって言ったんでしょう?」
「君ってば……」
死神さんがめくりあげたフードの裾から頬が赤くなっているのが見える、でも、きっと今の私の頬も死神さんに負けないぐらい赤いと思う。
私をからかう死神さんをからかい返す、そのつもりだった。でも……。
「っ……」
「え……?」
「ごちそうさま」
突然の出来事に私が動けずにいると、死神さんはペロリと唇の端っこを舐めて、それからフードを戻した。その仕草にドキドキしてしまうのはどうしてだろう。でも、そんな動揺に気づかれたくなくて、私は恨みがましく死神さんを見上げた。
「食べられないんじゃなかったの?」
「別に、そんなことは言ってないよ。僕ら死神には空腹という概念がないから食べる必要はないけど。でも、だからと言って食べられないわけじゃないよ」
「そ、そんなのズルい!」
恥ずかしさを誤魔化すように慌ててソフトクリームに口を付けると、冷たさが口の中いっぱいに広がっていく。その冷たさはまるで、死神さんの手のひらのようで心地いい。そして口の中はこんなにも冷たいのに、頬は、そして胸の奥は、どうしてこんなにも熱く感じるのだろうか……。どうしてこんなにも、胸が苦しいのだろうか――。
一瞬、過去に感じた胸の痛みと、重なるような気がして、私は慌てて首を振った。
違う。そんなわけない。私が好きなのは……。今もずっと、想っているのは……。
「どうかした?」
「なんでも、ない」
私は、戸惑いを気取られないように、手の中のソフトクリームを必死に頬張った。
なぜだかわからないけれど、ソフトクリームはさっきよりも甘くて、それでいてほんの少しだけほろ苦く感じた。
久しぶりのソフトクリームだというのに五分もかからず食べきってしまった私は、ゴミ箱を探すためあたりを見回した。どうやらゴミ箱は、ソフトクリーム屋さんのそばにしかないようだった。
「ごちそうさま! これ、捨ててくるね!」
慌てて立ち上がった私の後ろから、死神さんの声が聞こえた。
「そんなに急ぐと転ぶよ」
「大丈夫だって……って、きゃっ!」
不安そうに言う死神さんを振り返りながら、心配ないよと手を振った私は、次の瞬間、足元の段差に気づかず――。
「っ……!」
「だから、言ったのに」
「え……?」
そのまま転んでしまう、そう思い目を閉じた私は、すぐそばで聞こえた、呆れたような声にそっと目を開けた。
「死神、さん……?」
「はしゃぐのもほどほどに。……じゃないと、すぐに病院に戻ることになるよ」
そう言って――転びそうになった私の腰にそっと手を添えて、私のことを支えてくれる死神さんの姿が、あった。
「びっくりした……」
「それはこっちのセリフだよ」
「助けてくれたの?」
身体を起こした私から離れると、死神さんは首に手を当ててそっぽを向いた。
「そんなところで転んだ挙句……打ちどころでも悪くて、死因を変えられちゃあ困るからね」
ひねくれた言葉の向こうに、死神さんの優しさを感じる。
「ありがとう」
「別に」
そっけなく言うと、私の手の中からゴミを取り上げた。
「え?」
「危なっかしくて見てられないだけだよ」
そう言って私をベンチに座らせると、死神さんは私の代わりにゴミを捨てて、それからベンチに戻ってくると私に尋ねた。
「それで? 次はどこに行くんだい?」
「んー、ちょっと休憩。少し待っててくれる?」
「わかった」
死神さんをベンチに残して、私は少し離れた場所にあるお手洗いへと向かった。
「ふー……」
私は手洗い場の鏡の前に立つと、鏡に映る自分の顔を見つめた。いつもよりも口角が上がり頬にもほんのりと赤みが差している。
つい数時間前まで病院のベッドの上に寝ていたなんて嘘みたいだ。それぐらい、今の私は誰が見ても病人だなんて見えないような顔をしていた。
「このあとはどうしようかな」
ソフトクリームを食べたらなんだかお腹がすいてきた気がするから、クレープ屋さんでも探しに行こうかな? それとも死神さんにどこに行きたいか聞いて、死神さんの行きたい場所に行ってみるのもいいなぁ。あ、でもそんなこと聞いたら「じゃあ病院に戻ろうか」なんて言われちゃうかな。
「ふふ、楽し……。……っ!」
想像したらおかしくてついつい笑いが漏れる。でも……そんな私にあなたは病人なのよと知らしめるように心臓がドクンッと大きな音を立てて鳴った。
「っ……くっ……」
まだ、だ。まだ大丈夫。もう少し、もう少しだけだから。こんなふうに外に出られることなんて、もう二度とないかもしれないんだから。だから、お願い。もう少しだけ私に時間をちょうだい……。
大きく息を吸って、意識をして身体の中に酸素を取り込む。ゆっくりと呼吸を落ち着かせて。興奮を抑える。本当は薬を飲むのが一番いいんだけど、あいにく鞄の中には緊急用のタブレットしか入っていない。夕方まで誤魔化せるぐらいまで、どうにか落ち着いて……。
「大丈夫……大丈夫……」
少しずつではあるけれど、苦しさが治まってきた気がする。
吸い込んだ息をふーっと吐ききると、私はもう一度鏡を見た。そこには青白い顔をした、いつもの私がいた。
結局、この顔が私にはお似合いだということなのかもしれない。
「戻らなきゃ……」
お手洗いに行くと言って死神さんの元を離れてから結構な時間が過ぎた。心配しているかもしれない。
私は無理やりに口角をニッと上げると笑った顔のままお手洗いを出た。
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