2-⑧


入り口のところで手渡されたチケットをポケットに入れると、私たちはゲームセンターの中へと足を踏み入れる。

「へーこういうところなんだね」

 中は音楽と人の声が溢れていた。これだけうるさければ、私が死神さんと話しているところを見られたとしても誰も気にかけることはなさそうだ。

 それにしても……。

「ゲームセンターってこんな感じなの?」

「どういうこと?」

「カップルよりも男の子同士とか、あと親子連れの方が多いじゃない」

「そうだね、休日の昼間だったらこんなもんかも。平日の夕方なら学生がデートに来てたりするんじゃないかな」

「ふーん。なんだ、つまんないの」

 思わず口から出た言葉に、慌てて死神さんの方を向いた。

「って、違うの!」

「ん?」

「別に、死神さんと一緒に来たのがつまんないとかそういうのじゃなくて、その……」

「わかってるよ」

「え……?」

 その口調があまりにも優しくて、自然と見えないはずの死神さんの顔を見上げていた。

「わかってる。漫画の中で、女の子たちが好きな男の子とデートしていた、そんなシーンに憧れてたんだよね」

「どうして……」

「わかるよ。僕は君の――」

「私の?」

 死神さんはそこまで言うと、なぜか黙り込んでしまった。いったいどうしたというのだろうか? 不思議に思っていると、コホンッと小さく咳払いをして、それから死神さんは口を開いた。

「君の、担当だからね」

「担当ってそんなことまで調べるの?」

「え、いや……。他の人はどうだかわからないけど。でも僕は、どうせなら悔いなく逝ってほしいと思ってるから」

 何か誤魔化されたような気もしたけれど。

 ……でも。

「死神さんらしいね」

「僕らしい?」

 死神さんは私の言葉に、不思議そうにそう言った。

 彼らしいなんて言えるほど、この人と長くつき合ったわけじゃないけれど、でも出会ったあの日から今日まで毎日のように顔を合わせていれば、この人が不器用で誠実な人だってことは私にもわかる。最初の頃のような、冷たくて怖い印象は、もうこの人にはない。だから……。

「あなたが私の担当でよかったってこと」

「っ……」

「あっ! あれって撮った写真がシールになるんでしょう? 私、撮りたい! 行こう!」

「あ、ああ……」

 なんだか恥ずかしくなって、私は奥に見つけた撮影コーナーへと向かった。そんな私を追いかけるようにして死神さんも歩いてきた。

「早く、早く!」

 ……そういえば、死神さんは写真に写るのだろうか? 写ったらいいなぁ。

 けれど、そんな私の期待はあっけなく打ち砕かれた。

「あぁー……。やっぱり写らないのね」

 たしかにいたはずの死神さんの部分がぽっかりと空いたシールを手に取って、私はため息を吐いた。

 どうやら写真は写らないようだ。モニターには映っていたからいけると思ったのに。

「……だから、言っただろう。僕と行ってもつまらないって」

 その言葉がなぜか寂しげに聞こえて、私は手の中のシールをギュッと握りしめると鞄の奥に押し込んだ。仕方ないとはいえ、これはちょっと悲しい。写らない死神さんを目の当たりにしたこともそうだけど「僕と行ってもつまらない」なんてことを死神さんに言わせてしまったことが、悲しくて胸の奥が痛くなる。

「ごめ……」

「ねえ」

「え?」

 俯いたまま謝る私の頭上で、死神さんの声が聞こえた。その声に顔を上げると、死神さんは一台のゲーム機を指差していた。

「あれがどうしたの?」

「さっきもらってたチケットでできるみたい」

 さっき、という言葉に、そういえば入り口で紙をもらったなと思い出して私はポケットを探った。その紙にはたしかに『クレーンゲームサービス券』と書かれていた。

「これが無料でできるってこと?」

「そうみたい。……ねえ、これ僕やってもいいかな」

「死神さんが?」

 思わず聞き返すと、死神さん慌てたように言う。

「いや、君がやるっていうのなら全然いいんだけど。ただ、もしやる予定がなかったのならって思って……」

「いいよ」

 せっかく一緒に来たんだもん。死神さんにだって楽しんでもらいたい。

「これってどうすればいいの?」

「あ、えっとたぶん店員さんに言えばいいと思う」

「わかった!」

 近くにいた店員さんに声を掛けてチケットを見せると、店員さんは機械を操作してお金を入れていないのに一回分遊べるようにしてくれた。

「へー! こんなことしてくれるんだね!」

「まあ、だいたいは一回じゃあ取れないようにしてあって、二回目、三回目とプレイしてもらうためだと思うけどね」

 死神さんは店員さんが去ったあと、クレーンゲームの機械へと手を伸ばした。中には手のひらサイズのクマやウサギのぬいぐるみがついたキーホルダーが並んでいた。

「……どれが欲しい?」

「えー、うーんと、それじゃあ、カメ!」

「カメ? ウサギとかじゃなくて?」

「カメがいい!」

 首をかしげながらも、死神さんはレバーに手をかけた。

「あ、そうだ」

「え?」

 死神さんは何かを思い出したかのように、私を手招きする。そして、私の手を掴むと、レバーの上に置いた自分の手に重ねた。

「な、何!?」

「君が操作しているようにしないと、周りからは勝手にレバーが動いているように見えるから」

「あ、そ、そっか」

 死神さんの手のひら越しにレバーを握りしめると、思ったよりも近い距離にドキドキしてしまう。こんなに近かったら私の心臓の音も聞こえてしまうんじゃないだろうか。ううん、それよりも、手のひらにかいた汗をどうしたら……。

「どうかした?」

「う、ううん! 大丈夫!」

 不思議そうに首をかしげて、それから死神さんは視線を戻した。

 私は小さく息を吐き出すと、死神さんの視線を追いかけるようにしてクレーンゲームのケースを見つめた。私が取ってほしいと言ったカメのぬいぐるみがついたキーホルダーは、クマやウサギのキーホルダーに押しつぶされるようにしてあった。

「それじゃあ、いくよ」

 そう言うと、死神さんは器用にレバーを操作してアームをカメの方へと近づけていく。そして……。

「凄い! 取れた!」

 取り出し口に手を伸ばした死神さんは、カメのぬいぐるみがついたキーホルダーを取り出すと私へと放り投げた。

「凄いね!」

「別に、たいしたことないよ」

 素っ気なく言うけれど、私は取れた瞬間、小さくガッツポーズをしていたのを見逃さなかった。

「ふふっ」

「何?」

「なーんでもなーい」

 思わぬところで見えた死神さんの可愛い一面に、私は頬を緩ませたまま取ってもらったカメのぬいぐるみをギュッと抱きしめると、死神さんの手を引っ張った。

「ね、次! 次、行こう!」

「ちょ、ちょっと……」

「早くしないと全部行く前に夕方になっちゃう!」

「仕方ないな……」

 死神さんは私の手をギュッと握り返す。

「走っちゃダメだよ」

「はーい」

 困ったような口調で注意する死神さんに返事をしながら、私は握りしめた手を大きく振り回すと、ゲームセンターの外へと飛び出した。

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