2-⑦
「それじゃあ、行こっか」
「ところで、どこに行くんだい?」
「そんなに遠くには行けないと思うのよね。だから、ちゃんと調べておいたの」
私はスマホのマップ機能で近くのゲームセンターを表示させた。いろいろ行きたいところはあったけれど、そもそも入院中で、普段は売店ぐらいにしか行かない私は、そこまで遠くに行くお金を持っていないのだ。
「ゲームセンター?」
「そう。何か変?」
「変ってわけじゃないけど。デートだって言ってたし、君のことだから、定番の遊園地とか映画館って言うのかと思ってた」
死神さんの言葉に、心臓がドクンと音を立てたのがわかった。私だって、死神さんとデートするって決まった日からたくさん考えた。どこに行こうかとか何をしようかとか。スマホで『デート 行き先』なんて検索したりもした。でも……。
「行きたくないって言ったら嘘になるけど、でも映画は時間がかかりすぎちゃうでしょ? 映画を見たらそのまま病院に帰らなきゃいけないっていうのももったいないし。遊園地は……」
「遊園地は?」
遊園地は、どうせほとんどの乗り物に乗れない。だから、行ったところで楽しめないことを私は知っていた。小さい頃、一時退院のときにお父さんとお母さんと一緒に行った遊園地。乗れるものは少なかったけれど、楽しくて、本当に楽しくて。
「っ……なんでもない! それにね、私ゲームセンターって行ったことないから行ってみたかったの」
「そう……」
嘘じゃない。本当にずっと憧れていた。漫画の中で女の子が学校帰り、好きな男の子と二人でゲームセンターへと行く放課後デートのシーンに。
まあ、相手は好きな相手でもなんでもなくて、私の魂を取りに来た死神だっていうのが笑えるけれど。
「だからいいんだ」
「そっか。じゃあ、行こうか」
死神さんは手を差し出すとそう言った。
私は一瞬、意味がわからなくてきょとんとしてしまう。そんな私の手を取ると死神さんはギュッと握りしめた。
「デート、なんでしょう?」
「死神さん!」
繋がれた手を握り返し、思わず振り上げようとした私を静止するように、死神さんは言った。
「言っておくけど! 僕の姿は周りから見えないからね。だから、僕の手を振り回したりなんかしたら、君は一人ではしゃぎながら手を振り回している怪しい人だって思われるよ」
「それでもいいから試してみてもいい?」
「ダメ。なら、手を離す」
「えええー! じゃあ、しないから! ね?」
パッと離されてしまった手を慌てて掴むと、死神さんは呆れたように言った。
「仕方ないなぁ」
でも、繋いだ手を握り返してくれるから、本当は優しい人なんだと思う。
死神なのに優しいって変なの。そんなことを考えているとちょっとおかしくなる。でも必死に笑いをこらえると、私はコホンと咳払いをして、それから死神さんの方を向いた。
「ありがとう」
「別に」
ぬくもりを感じない冷たい手を握りしめながらそう言うと、死神さんは小さく返事をして歩き始める。
そんな死神さんの隣を私も歩く。ゆっくりと、歩調を合わせながら、二人で。
久しぶりの外は土の匂いとほんの少し肌寒い風が心地よかった。
病院の中は温度が管理されていて、寒いとか暑いとかそういうことを感じることはない。それこそ死神さんがやってくるたびに開く窓から吹き込む風ぐらいでしか、外気に触れることすらない。
でも、こうやって歩くと、今が春なんだと実感できる。窓の向こうに見えていた桜の木は、季節が春になったことを教えてくれていたけれど、全身で感じるのとは全然違う。
「寒くない?」
春といってもまだそんなに暖かいわけじゃない。冷たい風が吹いて思わず首をすくめた私に、立ち止まると死神さんは心配そうな口調でそう尋ねた。
でも、ここで連れ戻されるわけにはいかない。
「大丈夫だよ」
そう言うと、私は動かない死神さんを引っ張るようにして歩き始めた。
まだまだこれからなのだ。こんなところで「やっぱり帰ろうか」なんて言われるわけにはいかない。
「ほら、早く行こう」
「あ、ちょっと……」
「ね、死神さんってゲームセンター行ったことある?」
「僕? そりゃまあ、あるといえばあるけど……」
「それって死神として? それとも……」
素朴な疑問だった。この人は、ずっと死神なのだろうか? もしかしたら死神として生きる前は人間だったんじゃあ……。
でも、死神さんは首を振った。
「秘密」
「ええー? 教えてよ」
「個人的なことにはお答えできません」
「何よ、いまさらー」
ぶうぶうと文句を言う私に、死神さんは困ったようにフード越しに頭を掻いた。
「仕方ないなぁ」
「やった!」
「君の想像通り、死神になる前。まだ人間だったときだよ」
「やっぱり! そうじゃないかと思ったの。ねえ、死神さんはどんな人だったの?」
私の問いかけに死神さんは首に手を当てると、考え込むようにして、それから口を開いた。
「うーん、普通だよ。特に何も楽しいこともなくそれなりに生きて、それなりに死んだ」
「なんだか退屈そうね」
「そうだね。だから、君の方が僕なんかよりよっぽどきちんと生きていて偉いと思うよ」
「別に……」
真剣な声のトーンで突然そういうことを言われると、どう反応していいか困る。
「どうしたの?」
思わずそっぽを向いた私に死神さんは不思議そうに尋ねてくるけれど、私は何も言えなかった。
何も褒められるようなことなんてしていない。必死で生きてなんていないし、頑張ってもいない。ただ私は怖くて逃げているだけなのだ。自分自身に向き合って、それで死ぬことを意識することがただただ怖いだけなのだ。
それを、死神さんの言葉で思い知らされるなんて……。
「えっと……」
「――あ、あそこ!」
「え?」
「ほら、あれじゃない? ゲームセンター」
話を逸らすように指差す先へと視線を向ける私に、死神さんは一瞬悩んだような間のあとで頷いた。
「あ、ああ。そうだね、きっと」
「やった! 早く行こう!」
結局、私は死神さんのどうしたのか、という問いに答えることなく、繋いだ手を引っ張るとゲームセンターへと向かった。
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