2-③
翌日、夕方になっても死神さんは病室に顔を出さなかった。
「おねえちゃん、あそびにきたよ」なんて、お昼過ぎに
一人きりの病室は退屈で、何度か「死神さん、いないの?」と呼びかけたりもしたのだけれど返事はなかった。仕事の一環だなんて言っていたはずなのに来ないなんて職務怠慢もいいところだ。なんて言ってみたところで、突っ込んでくれる人もなく。私は思わずため息を吐いた。
「はぁ。今日はもう来ないのかな」
入退院を繰り返すと、いつの間にか私もそして家族もその状況に慣れてくる。最初こそ毎日のように来てくれていた両親も、気がつけば二日に一回、一週間に一回。二週間に……とだんだんとお見舞いに来てくれる回数も減っていった。
仕事をしているから仕方がないとわかっている。もっといっぱい会いに来て、なんてワガママを言うほど子どもなつもりもない。ただ、ほんの少しだけ。誰も訪れない病室は静かで寂しくて、退屈だった。
「死神さんの、バカ」
「呼んだ?」
「死神さん!」
「え、どうしたの?」
「別に! 今日は遅かったじゃない!」
会いたいな、と思っていたときに現れた死神さんに、どうしてか素直になれなくて、私はそんな憎まれ口を叩いてしまう。
でも、死神さんは優しく「ごめんね」と言うと、私のベッドの下にあった椅子を引き出して座った。
「上司から仕事を押しつけられてね」
「その話は、私が聞いても大丈夫なの?」
昨日の一件を思い出した私は、恐る恐る尋ねてみる。けれど、そんな私に「大丈夫だよ」と言うと死神さんは「ちょっと聞いてくれる?」と言って話を続けた。
「その上司っていうのがロクでもなくてさ」
「ロクでもない?」
「ああ。突然「今から遊びに行くからこの書類全部、俺の代わりに署名して提出しといて」なんて言って、姿を消したんだ」
「そ、そうなんだ」
「……そんなやつばっかりだよ、死神なんて」
こめかみのあたりをフードの上から押さえながら、うんざりだ、とでも言うかのように首を振った。
そんな死神さんの態度に、私はもしかして、と思った。
突然話し始めた、死神さん以外の死神の話。これは、もしかしなくても昨日のお詫びのつもりなのではないだろうか。あんなふうに話を終わらせてしまったことへのお詫びに、こうやって何気なさを装いながら、話をしてくれているのではないだろうか。
そうだとしたら、なんて不器用な人なんだろう。
「ふふっ」
「僕、何か変なこと言った?」
「ううん、なんでもない」
笑う私を見て、死神さんは不思議そうに首をかしげる。その仕草が妙に可愛らしくて、もう一度笑った。
「君は、よく笑うんだね」
「そうかな。だとしたら死神さんのおかげだね」
「僕の?」
「うん。さすがの私だって一人じゃ笑えないよ。死神さんがこうやって来てくれて、話をしてくれるから」
私の答えに、なぜか死神さんは黙り込む。なんとなく、なんとなくだけどフードの中で困ったような表情をしているんじゃないかと思う。
どうしてだろう、顔を見ることができないのに、死神さんがどういう表情をしているか、なんとなくわかる気がするのは。
「死神さ――」
「ねえ」
「え?」
私の言葉を遮るようにして、死神さんは私に呼びかけた。
「たとえばだけど、何かしたいこととかあるかい?」
「したいこと? ……それは、願いごとの話?」
「ああ。いや、その、やり残したこととかあれば……」
「つまり、死ぬ前に思い残したことがあるかってことね」
「まあ、平たく言うと……」
もごもごと歯切れ悪く死神さんは言う。
思い残したこと、か――。
私は思わず視線を窓の外に向けた。そこには満開の桜の木があった。
「何か――」
「特に、ないかな」
私の視線を追いかけるように外を見た死神さんの言葉に気づかないフリをして、私はわざと明るい口調で言った。
「え?」
「思い残すことなんて、特にないよ。言ったでしょ? 早く逝きたいぐらいだって」
「それはそうだけど」
「はい、だからこの話はもうおしまい! 願いごとはまた考えておくからさ! 何か他に楽しい話をしてよ」
どこか納得していない口ぶりの死神さんとの話を強引に切り上げると、私は思いついたように言った。
「そうだ、それが一つ目のお願いごとでいいよ」
「それぐらいなら願いごとに含まれないって最初に言っただろ」
「それは、そうだけど。でも、ホントにないんだよねー」
「まあ、そう言わずに考えておいてよ」
「……わかった」
その返事に頷くと、死神さんは私の言った通り最近あった困った話をし始めた。
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