第105話、毒殺未遂事件

 王都観光した翌日、事件は起きた。


 昨日目一杯観光したからか、皆いつもより少し遅い時間に起きて遅めの朝食を摂っていた。


「今日も冒険者ギルド行くー!」


「防寒対策はしっかりしろよ」


「僕とブルーはお勉強かな」


「私はエスター様に新しく作った魔道具見せにいくー」


「あたしは服のデザインで相談があるからリンさんのとこ行くよ」


「セレーナは?」


「今日は遊びたい気分にゃ。騎士団の偉い人に突撃するにゃ~」


「……うっかり殺すなよ」


 和気藹々と今日の予定を話し合う中、ルファウスだけが会話に入ってこない。


 いつものようにデザートに夢中になってるのかなとそちらを見やれば、普段の冷たい表情が僅かに綻んでいた。

 しかしそれはデザートを堪能してるときの幸せそうな顔ではなく、どちらかと言うと小馬鹿にしたような、それでいてひどく愉快そうな顔だ。


 食事時にそんな嫌味ったらしい笑みを浮かべるなんてこいつらしくないな、などと思っていたら、ルファウスが空のお皿を回収しに来た侍女にさらっと告げた。


「スープを担当した者に伝言を。ペイン茸よりも流魔草の方が甘くて美味しいから次はそっちにしてくれ、と」


 まるで昼食に好きなものをおねだりするような言い方で何気なく放たれた言葉に、この場だけ時がぴたりと止まった。


 ペイン茸とは、食べたらたちまち節々が痛み、数日は高熱に魘されて寝込む羽目になる毒茸だ。

 そして流魔草とは、食べた者の体内に宿る魔力を外に放出しながら全身を麻痺させる毒草だ。


 ルファウスの発言により、当然王宮は阿鼻叫喚。一気に殺伐とした雰囲気へと変貌した。


 調べたところ、毒物が混入していたのはルファウスの食事だけ。

 幸いにも客人である俺達の食事には混ざってなかったが、それでも王族暗殺未遂なんて重罪だ。当然、直ちに犯人を取っ捕まえるべく騎士や魔導師などが奔走している。


「ルファウス様ー?毒が入ってるって分かってたならすぐにペッしましょうって俺いっつも言ってるよねー?」


 素知らぬ顔で紅茶を飲んでいるルファウスに厳しい目を向けるのは彼の専属護衛だ。普段はチャラい笑みを浮かべるレストだが、今回ばかりは腹に据えかねたらしい。口元は弧を描いているが、瞳の奥は笑っておらず、額にうっすら青筋が浮かんでいる。


 あのあと、俺がすぐに解毒の魔法を使ったので高熱に魘されることもなくピンピンしているのだが……魔法で治療しない方が良かったかもしれない。

 この馬鹿、全く反省してねぇ。


 毒入りだと気付いていながら完食し、あろうことか別の毒物を所望するなんて、頭おかしいんじゃないのか。

 しかもこいつが所望したのは流魔草。体外に排出されるまで体内の魔力を放出する、通称“魔法使い殺しの毒草”だ。

 ルファウスの魔力量では数分と持たない。


「あークソッ……こんなことなら交代しなきゃ良かった」


 己の主に対してではなく、今度は自分へ怒りの矛先を向けるレスト。


 彼はちょうど休憩で別の護衛騎士と交代していたためあの場にはいなかった。

 他の種族に比べて何十倍も嗅覚が鋭い犬獣人なので、もしあの場にいたならば断固阻止したはず。彼でなくとも犬系獣人がひとりでもいたら結果は違ったのだろうな。

 こういった事態を避けるために食事時は必ず犬系獣人が近くで控えているのだが、たまたま不在だったのだ。

 偶然が重なったのと、ルファウスの悪乗りが招いた結果である。


「フィード。あの子達は?」


「部屋で休ませてる。さすがに目の前で人が毒殺されかけて気分が落ち込んでるな。レルムとレインは平静だが」


「そうか。それは悪いことをしたな」


 毒を盛られた当の本人は自身の身体よりも俺の妹達の心配をしているし……

 思わず内心でため息を吐く。


「もう犯人は捕まえました?」


「はい。今は地下牢で尋問しています」


 今現在厳重な警戒体制を敷いており、部屋の中にも扉の前にも護衛騎士がいる状態。ルファウスに説教垂れてるレストとは別の護衛騎士に確認してみた。

 どうやら犯人は詰めが甘い三流だったようで、事件が起こってからそう間もなく捕まったらしい。


 犯人はルファウスが睨んだ通り、スープ担当の料理人だった。

 数ヶ月前に王宮勤めになったばかりの新人だが、王宮に来る前は自分の店を持つほどの腕前だったらしく、異例の早さで独り立ちしてスープ担当の役職をもぎ取ったのだとか。


 そして肝心の動機だが……ルファウスが開発した料理を中心に提供する店がいくつかあり、そこの料理が飛ぶように売れた結果、犯人の店で客足が途絶え、店を畳む羽目になったから。完全に逆恨みだ。

 客足が途絶えたなら客が戻ってくるように工夫すればいいのに。

 一緒に話を聞いていたルファウスも「料理の腕が三流なのを他人のせいにするな」と呆れ混じりに言う。

 護衛騎士達は「あっちが三流なんじゃなくて殿下が規格外なだけだよな……」とひそひそ話し合っているが。


「とーにーかーく!食事時は犬系獣人に加えて毒味係も待機させるんで。これ決定事項ねー」


「残念。美味しく頂ける毒もあるというのに」


「アンタがそんなだから無駄に色々厳重になるんですよー?分かってるー?」


 王子相手に気安く接するレストには誰も何も言わず、それどころか「いいぞもっと言ってやれ」とばかりにうんうん頷いている。ルファウスが直々に選び抜いた護衛騎士だからか、皆遠慮がない。


 なんていうのか、こいつは自分のことに無頓着なんだよな。

 無頓着というより無関心?自分がどうなっても何をされても、だからどうした?と開き直ってる節がある。

 たとえ高熱で寝込むことになってもその根底は変わらない。そんな気さえしてしまう。


「おい、ルファウス。お前に何かあったら、俺は泣くぞ」


「…………は?」


 俺の言葉にフリーズするルファウス。それはレスト達護衛騎士も同じだった。


 監視役と監視対象という立場ではあるが、それなりに共に過ごしてきたんだ。情も湧く。

 立場的に一心同体な関係だが、それ以上にルファウスに何かあったら心が痛むし、彼の力になりたいとも思える。

 すっかり絆された俺は、彼のことを相棒だと思っているのだ。


 ぴょんっとルファウスの肩に飛び乗り、ぺちっと頭を叩く。


「だから、ちゃんと自分を大事にしろよ」


 次いで放ったその願いは、彼の心に響いただろうか。


 軽く瞠目し、宙で視線を彷徨わせたあと。


「…………善処する」


 仕方ないと言わんばかりのため息と共に吐き出された言葉に、俺は笑った。



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