第106話、状態異常無効化ネックレス

「フィード。すまないが、しばらく監視役を別の者に変えてもいいだろうか?」


 毒殺未遂事件が起きた翌日。

 若干バツが悪そうにルファウスが申告してきた。


「それは構わないが……」


 いきなりどうしたんだろう?と分かりやすく顔に出ていた俺に傍らに控えていたレストがニマニマしながら説明してくれた。


「いやねぇ、ルファウス様こないだ毒殺されかけたじゃん?そしたらまぁ見事に両陛下と兄王子方が激昂と心配の嵐でー、ついには妹姫にもギャン泣きされちゃってー、あれよあれよという間に家族サービス週間に突入したんだわ」


「ああ、なるほど」


 あの親バカ陛下だ。息子が殺されかけて平静でいられる訳がない。

 大方、家族で過ごす約束でも取り付けたんだろう。妹姫に泣かれてルファウスが折れたとかそんなところかな。


「無駄に心配かけた罰だな。こっちは気にせず行ってこい」


「そう言ってくれるな。はぁ……」


 めんどくさいけど今行かなかったら絶対更なる面倒事が舞い込んでくると言いたげなため息をついて、レストを連れて部屋を出ていった。

 ルファウスの代わりに配属された監視役の人が綺麗に頭を下げて姿を消す。影から監視するようだ。


 基本的にルファウスがそばにいたから多少違和感があるが、監視の目は気にせずいつも通り過ごすことにした。

 いつも通りと言っても特にやることはない。レルムは冒険者ギルド、セルザは商業ギルドに行ってるし、レインとノヴァとブルーは王宮内で各自やりたいことをやってるし、セレーナは騎士団に殴り込みに行ったのでここには俺しかいない。


 最近全然研究できてなかった飛行魔法と転移魔道具についての研究を進めようかと思ったが、それはまた今度。ルファウスがいない今しかできないことをしよう。


 テーブルに置いてあるベルをちりんっと鳴らすとそう間を置かずに侍女が姿を現す。

 このベルは俺のために作られたものだ。普通なら侍女やら従僕やらが部屋に常駐するのだが、ザ・庶民の俺がそんなプライベート空間一切なしの状況に耐えられるはずもなく、この方法で侍女を呼ぶことに。

 いくら「我々はいないものと思って下さい」と言われても無理なものは無理。

 ルファウスがいるときは我慢してるけど、ひとりのときくらいリラックスさせてほしい。部屋に他人がいたらそれもできない。


「ケイオス宰相に伝言を。信頼できる彫金師にミスリル加工の男物ネックレスを依頼したい、期限は明日まで、と。素材はこれ。余った分は彫金師に譲渡する。あ、ルファウスには知られないように」


 王族や高位貴族しか使わないような希少金属をぽんっと渡されて目を瞬かせる侍女だが、そこはさすが王宮勤め。何事もなかったかのように優雅にお辞儀して去っていった。


 ミスリルは魔力を流して加工する特殊金属で、前世では魔道具によく使われていたものだ。

 平均的な魔力量で、尚且つ手先が器用な職人なら余裕で1日で仕上げるだろう。


 自分でも加工できるが、今回それをしなかったのは以前ケイオス宰相に「経済を回すのも国民の務めですぞ」と釘を刺されたから。

 然るべきところに仕事を回し、金を回すのも大事だと諭されたのだ。なんでもかんでも自分一人で完結するなと。

 これは俺の悪い癖だ。なまじ自力でどうにかできる故に、他人を使うのを怠ってしまう。アネスタでグレイルさんにも似たようなこと言われて気をつけてたんだが……反省。


 彫金師への依頼をケイオス宰相にお願いしたのはお互いのため。賢者がいきなり依頼なんてしたら相手は萎縮するだろうし、万が一賢者だと知らなければノンバード差別が勃発する可能性もある。

 その点、宰相閣下が代わりに依頼してくれたら全てが丸く収まるのだ。

 庶民にとって雲の上の存在でも、貴族に依頼されたら箔がつくし、賢者を相手するよりは萎縮しない。選り好みせず適当なところに注文する俺と違ってケイオス宰相ならあからさまに態度を変える三流職人に依頼なんてしないだろうしな。



 俺の思惑通り、翌日の朝には依頼した物が届いた。彫金師の手紙付きで。

 職人らしい少し癖のある字で書かれたそれには丁寧な挨拶など社交辞令から始まり、本題と思しき話題で余ったミスリルを貰ったことの礼などが書かれていた。律儀な人だな。


 金貨が入った袋を侍女に渡してケイオス宰相に届けてもらい、弟妹達を見送ったあと、箱からネックレスを取り出す。

 薄紫にも淡い青にも、光の加減で白にも見える不思議な三日月のネックレス。ミスリル加工は魔力を流した人の魔力色が反映されるが、こんなにもイメージ通りの色彩だとは思いもよらなかった。

 寒色系だけどどこか温かみがあって、色が定まらず掴み所がなく、そこはかとなくミステリアス。アイツにぴったりだ。


 次いで事前に用意していた物をテーブルに並べる。

 術式を書いた紙と、ウィンドドラゴンの魔石。

 このウィンドドラゴンの魔石は例のファラダス王国から送られてきた素材一覧に入ってたやつだ。有り難く使わせてもらう。


 作るのは魔道具だが、いつものやり方とは大きく違う。

 今回は久々に付与魔法を使うのだ。


 実は魔道具には種類があって、素材を組み合わせて魔石を動力源とするタイプと、付与魔法で術式を付与して勝手に魔力を吸い取る代わりに持ち主が自身の意思で術式を起動できるタイプ、同じく付与魔法を使ったもので常時発動型と数パターンある。

 今から作ろうとしてるのは常時発動型だ。


 術式を書いた紙を下に敷き、その中心に魔石と付与対象物・ネックレスを置く。

 紙に描かれた術式をなぞるようにゆっくりと魔力を流し、次いで魔石を包み込む。そして魔石が淡く光ったところで付与魔法発動。

 力強い光を放ち、魔石に内包する魔力がネックレスに溶け込むようにすぅっと色が抜けていく魔石。付与が成功した証だ。

 付与した魔法の階級と魔石の強度が釣り合わなかった場合は色が抜けることもなく、最悪魔石が砕け散るからな。


 しかし、成功はしても達成感がない。

 付与魔法を使った魔道具はこうあっさり出来上がるから、いつも作る魔道具みたいに達成感を味わえないんだよな……

 味気ない魔法だから滅多に使わないのだが、今回ばかりは仕方ない。


 出来たばかりの魔道具を持って目的の人物に突撃した。



「状態異常無効化ネックレス?」


 渡したネックレスと俺を交互に見やるルファウス。


 家族サービス週間とレストは言っていたが、当然公務があるのでずっと一緒という訳にはいかない。兄妹は各々仕事と勉強、今ルファウスは陛下の仕事を手伝っている最中だった。

 お邪魔かな?と思って出直そうとしたが「休憩だー!もう書類は見たくなーい!」と陛下が駄々をこねたので休憩時間に。宰相も羽根を伸ばしたりして一休み。

 まったり空間が広がる執務室の一角を借りてルファウスに魔道具を手渡したのだ。


 名前からして分かるように、どのような状態異常も無効化する魔道具だ。

 また昨日みたいな事態が起こらないとも限らない。しかし狙われた本人はループ転生という呪いのせいか自分の命を軽んじる傾向にある。周囲の気持ちを知りもしないで。

 だから作ったのだ。彼の守りとなる魔道具を。

 これは少し術式を細工して、本来なら持ち主の魔力を少しずつ吸い取るのを、周囲の魔力を吸い取る仕様に変えた。魔力が極端に少ないルファウスへの配慮である。


 ルファウスに抱き着いて癒されようとした陛下が恨みがましい目で見てきたが、状態異常無効化ネックレスの説明を聞いて真顔になった。宰相も同じく。


「息子を大切に思ってくれるのは喜ばしい。喜ばしいが、状態異常に効く魔法は部位欠損を治すのと同じくらい難易度が高い治癒の上位魔法だったと記憶しているのだが……」


「その通りですな。十数年の修行を経てようやく辿り着ける境地、治癒魔法の最高峰とも言われております」


「あのヒヨコ、前世はしがない研究者だとか言ってなかったっけ?」


 2人が真顔でぶつぶつ言い合ってるのを見ないふりして、そっとルファウスの反応を見る。

 無言でネックレスを身に付けて、胸元の三日月を一撫でした。思った通り似合うなぁと眺めていたら、がしっと両手で身体を掴まれ、高い高いされる。


「ありがとう、フィード……!」


 な、なんだ?珍しくめっちゃ喜んでないか?と戸惑う俺をよそに、曇りなき眼(まなこ)で言いきった。


「これで赤ワライタケに挑戦できる!」


「……は??」


 こいつはいったい何を言ってるんだろう。

 陛下も宰相も珍妙な生き物を見る目でルファウスに視線を向けた。


「肌は焼け爛れ、死ぬまで笑い続けるといわれる猛毒の茸……しかしその味は舌が蕩けるような濃厚な旨味が凝縮され、僅かな苦味が絶妙なアクセントとなっている……想像するだけで涎が出そうだ……」


 うっとりとどこか遠くを見つめて熱い吐息を溢すルファウスに、彼の言いたいことを正確に理解し、ワナワナと身体を震わせる。

 そして……


「全っっ然反省してないじゃねぇかーーーーー!!」


 頭の痛そうな顔をする陛下と宰相の目の前で王子の顔面にヒヨコキックを食らわせる俺であった。




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