番外編・ヒヨコの悲哀と男の涙
それは皆で王都の観光をしているときだった。
セレーナとノヴァとセルザ、つまり女子組とは一旦別れて別行動。女子と男子では行きたい店が違うだろうとのルファウスの配慮だ。
隠密中の彼は護衛も兼ねて王都に詳しくない女子組にひっそり同行してくれた。
ルファウスの護衛騎士であるレストも目の届く範囲にいるからか何も言わない。
「さてと。んじゃこっからはお楽しみでっせ」
悪巧みするようにニヤリと笑うレスト。
お楽しみと聞いて純粋に楽しいことが起こるのかとわくわく顔のレルムとレインだが、俺はただひとり一抹の不安を覚えた。
嫌な予感とはよく当たるもので、行き着いたのはいわゆる大人の店だった。
流麗な文字でリペアと書かれた店の外装は、なんというか、綺麗な女性が接待する店を彷彿とさせるような色合いと装飾で……
「……おい、レスト……」
およそヒヨコが発するものとは思えぬほどとてつもなく低い声で元凶に呼び掛けると、俺が激怒してることを真っ先に悟った小雛二匹がびくっと震えた。
しかしレストはどこ吹く風で颯爽と店の中に入る。
カランカランとドアベルが鳴り、焦げ茶をベースにしたシックな内装が俺達を迎える。
店の外装とあまりにかけ離れた色調に目を白黒させていると、レストは喉を鳴らして笑った。
「ここに初めて入るやつは皆そういう反応すんだよなー。ま、安心しろって。ここは夜は居酒屋になるけど昼間はごく普通の喫茶店だし、店主は変人だけど悪いやつじゃねぇから」
知る人ぞ知る穴場だぜ、と自慢げにウインクしながら勝手知ったる様子でカウンター席に座ったレストだが、奥へと続く扉が突如勢いよく開き、何者かがレストに抱き着いた。
「あぁん、レストちゃ~ん!やぁっと来てくれたのね!アタシをこんなに待たせるなんて罪なオトコだわ!」
「ごめーん、色々あって遅くなっちゃった。いつものよろしくー」
「柔和なようでわりと淡白なその態度!流石アタシのレストちゃん!期待を裏切らないわね!」
「いつからディーのになったのさー。妙な小芝居はやめてこの子達にも何か作ってやって」
「あん、つれないぃ。でもそこが素敵!じゃあちょっと待っててねん♪」
レストに抱き着いていた人はさっさと奥へ戻っていった。
困惑顔の俺達にレストはしたり顔で笑う。
「俺そっちの趣味ねーからなー?そこんとこ誤解すんなよー」
俺達が困惑するのも仕方ない。
何せ、レストに抱き着いていたのは男だったから。しかも結構ガタイのいい。
毛根が死滅した筋肉質な男が、頭部をキランと輝かせながら細身なレストを力の限り抱き締める光景は一種のホラーだった。
様々な衝撃から立ち直ったあと、運ばれてきたデザートを堪能しながら筋肉質な男をちらっと見る。
超絶甘党なウィルや可愛いものが大好きな騎士団長など乙女ちっくな男性にはよく会うが、本物の乙女(男)は初めて遭遇した。
ちょうど向こうも俺を見ていて自然と目が合った。男はにこっと笑う。
「ハァイ♪アタシはディガー。ここの店長よ。こーんな可愛いお客さんなんて初めてだわぁ。まぁ可愛いのは見た目だけだけど」
俺に視線を固定するディガー店長。俺が賢者だって知ってる気配。
「にしても、レストちゃんが子供を連れてくるなんてねぇ……」
意外そうにまじまじと俺達を見るディガー店長。
「ねーねー、話が違うよー?普通の喫茶店じゃーん」
「あら、アタシのデザートは口に合わなかった?」
「いえ、とても美味しいですよ。そこの犬が不用意な発言をしたせいで勘違いしてしまっただけです。ご不快に感じられたならすみません」
「礼儀正しい子ねぇ~!どうせレストちゃんのことだから面白い場所に連れてってやるーとか言ったんでしょ?子供にとっては面白くもなんともないのにねぇ」
スキンヘッドではあるが強面でもなんでもない顔だからかレルム達は怖がるでもなく普通に接している。
「ディーの存在自体が面白いじゃん」
「そうそう、このつるっつるの頭とゴツい身体でこの口調、まぁなんて愉快……って失礼しちゃうわぁ!」
ディガー店長のノリツッコミが光る。
「おい、いい加減目的を話せ。わざわざ女子組と別れるんだから理由があるんだろ?」
一足先にデザートを食べ終えて質問すれば、本日何度目になるか分からない悪戯っぽい笑みを浮かべたレストが食べ掛けのパンを口に放り込んでから言った。
「んなもん決まってんじゃん。男子会よ、だ・ん・し・か・い。騎士団のメンツ誘ってもだーれもノってこねーんだもんよー。むしろ避けられてる感じ?」
具沢山スープを行儀悪くかき混ぜながらなんでだろーなー?と首を傾げるレスト。
そのちゃらんぽらんな態度が反感を買うんじゃないか?
騎士って真面目な性分の人が多いし。
「男子会ってなぁに?何する会なのー?」
「特にこれといって決まりはねぇ。しかーし!ひとつだけ必ずやらねばならない儀式がある。それは……」
「それは?」
「恋バナだ!」
ばばーん!と効果音がついてもおかしくない自信満々な顔に思わず半眼になる。
4歳児と5歳児に何を求めてんだこの犬っころ。
「俺達、まだそういう感情に目覚めてないので遠慮しときます」
「まぁまぁまぁ遠慮すんなって。子供も巻き込んだのは悪かったけどさ、フィードのそっち方面の話とかちょー気になってたんだよねー」
「俺も子供だけど?」
「見た目だけな。で?で?前世の恋愛模様はズバリどんなだった?好みのタイプは?」
護衛対象も女子もいないからかいつもよりグイグイくるな……
適当に受け流して有耶無耶にしようとしたが「お前らも気になるよなー?大好きなお兄ちゃんの好きな人」とレルム達の好奇心を煽りやがったせいで逃げ道が塞がれた。
興味津々な眼差しを向けられて無下にすることはできなかった。
「…………好みとかはないな。そもそも恋人もいなかったし……」
健全な男らしくたまに遊んではいたけど、恋人はいなかった。
普通に好きな人ができなかったのもあるが、恋人をつくらなかったのは理由がある。
前世で様々な発明品を世に公表するたびに注目を浴びた。その分、狙われやすくなった。
自分のせいで周りの人の命が脅かされたこともあって、人生のパートナーをつくる気になれなかったのだ。
「じゃあ初恋もまだなのねぇ。将来に期待ってとこかしら?」
微笑ましげに見守るディガー店長とレスト。
いや、将来もなにも……
「俺、死ぬまでヒヨコだし……」
恋愛とか、できないし……
できたとしても、子孫残せないし……
知らずうちに哀愁を漂わせてぼそぼそっと呟けば、レストがどうしようもなく可哀想なものを見る目を向けてくる。
まるで自分のことのように悲痛な表情だ。
「……そいや、ステータスの称号にもあったな。永遠のヒヨコって……」
「嘘でしょ!?そんな呪われた称号なんか持ってるの!?神はなんて残酷なことを……っ」
ディガー店長は滝のように涙を流している。
レルム達はよく分かってないが、2人の反応から良くないことだと悟ったらしい。共に涙目である。
物凄く居たたまれない気持ちになりながら、逃げるようにそっと視線を外したのだった。
後日、誰かが俺にこの手の話題を振ろうとするのを全力で阻止するレストの姿があったという。
そして話題を振ろうとした輩は謎の襲撃に見舞われることとなるが、それはまた別のお話。
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