第102話、真の最強は誰なのか?

 怪物爆誕事件、もとい魔導師団での魔法講座から数日。


 失敗作の人化魔法を行使してからというもの、レルムもレインもブルーでさえ俺に対してどこかよそよそしい態度で密かに涙を流していたが、それがようやく収まり、以前のように接してくれるようになった頃。


 ついに俺達の服が完成した。


 何をするでもなくドラゴン温卓の中でセレーナとぬくぬくしてたところだったので報せを受けてすぐに受け取りに行く。


「ついてこなくても良かったのに」


「最近フィードと遊んでないからつまんなかったのにゃ~」


 はいはい。服を受け取ったら鍛練場に直行するから、それまで待ってなさい。


 目をギラつかせて俺をロックオンする戦闘狂その1を宥めていると、後方から「ルファウス様も参加する?」「めんどくさいからやめとく」との会話が。今日はのんびりしたい気分らしい。


 針子の作業部屋の近くまで来ると、中が騒がしいことに気付く。内容までは分からないが、怒声が飛んでるので少なくとも良い雰囲気ではないだろう。

 お取り込み中なら受け取りは後にした方がいいかな、と先に鍛練場に行こうとしたら、作業部屋の扉がぶち破られた。


 扉を巻き込んで何かが吹っ飛ばされたようで、勢いのまま花壇に突っ込み、近くで仕事をしていた庭師が悲鳴を上げた。


「この単細胞!なんでもかんでもアタイを頼るんじゃないよ!いっぱしの針子なら自力でどうにかしな!」


 吹っ飛ばした張本人が鼻息荒く部屋から出てくる。俺と同じくらいのサイズの白いハリネズミ獣人だ。

 白くて鋭いハリが威嚇するようにぶわりと逆立っている。

 吹っ飛ばされた扉の下から同じく白いハリネズミ獣人が頭から血を垂れ流しながら這い出てきた。


「リンの姉御!でも僕指名されたのなんて初めてで……」


「それがなんだってんだい!泣き言言う前にやることあんだろ!アタイに頼るより先に頭と手動かせボケ!!」


 暴言と共に跳び蹴りをお見舞いした。「あぁ……っ」と妙に背筋がぞわぞわする艶かしい声を発する血塗れの白ハリネズミ。

 リンさんは血塗れの白ハリネズミを足蹴にしながらふっと表情を和らげた。


「もしどう足掻いても無理だってんならまた来な。そんときゃアタイがなんとかしてやるよ」


「あ……姉御……っ!」


 恋する乙女のような顔で見上げる血塗れの白ハリネズミ。


 突っ込みどころ満載だが、とりあえず段々顔色が悪くなってきた血塗れの白ハリネズミを治癒しておく。

 ほんの数秒で傷口が塞がって目を瞬いていたリンさんだが、すぐに俺達の存在に気付いた。


「もう来たのかいチビ雛。それに脳筋猫も一緒か、珍しい」


「こんにちはリンさん。……あの、お取り込み中でした?」


「気にしなさんな。未熟で甘ったれな部下をちょいと一喝してただけだよ。若ジジイと策士犬は相変わらずだねぇ。たまにはガキらしく庭でも駆け回ってきな」


「いやいやいや王子が庭駆け回っちゃ駄目っしょ」


 見るも無惨な姿となった扉は使用人が付け替えてくれるからいいとして、ちょっと気になったことを聞いてみる。


「魔法使いました?魔力は感じませんでしたが……」


「何言ってんだい。魔法に頼らんくても針子なら誰だってできる芸当だよ」


 ボロボロの扉を見ながら問いかけたら、予想の斜め上の返答をされた。

 ……軍事国家の宮廷針子って皆こんなんなの?


「……知らなかったにゃ。お針子さんって戦闘職の一種だったのにゃ?」


 セレーナの呟きは耳に入らなかった。




 気を取り直して完成した服を受け取る。

 受け取った服は5着。

 俺の分は最初必要ないと断ったのだが「兄貴もおそろいの服着たらあの子らも喜ぶんじゃないかい」と言われたので食い気味にお願いしたのである。


「随分待たせて悪かったね」


「いえ、こちらこそ手間を取らせてしまってすみません」


「謝るこたぁないさ。むしろ礼を言いたいくらいだよ。今まで全く着目していなかった分野に挑戦できたんだからね」


 そう言ってにやりと笑うリンさんだが、迷惑をかけたのに違いはない。この寒い時期でも弟妹達と外に出られるようにと我が儘を言ったのが発端なのだから。


「じゃあ早速試着してみてくれ。何度も直したし問題ないとは思うが、一応ね」


 実は自分達の服を注文してからというもの、時間のあるときにリンさんの元へ足を運んで採寸やらデザインやら協力していたのだ。

 先程突如始まったバイオレンス喜劇にも動じなかったのは、来る度に似たような光景を目の当たりにしていたせいだったりする。

 一見暴君にも思えるリンさんだけど面倒見がいいので、これでも部下からは慕われているのだ。まぁ、慕われ方があらぬ方向にずれてたりするけど、俺は知らん。


 リンさんに言われるがまま試着する。


 濃紺の生地に所々白い線が入っただけの至ってシンプルな服。あまり派手なのは好きじゃないが、無地もどうかと思ったのでこういう形に落ち着いた。


 ノンバード族は飛べない鳥だが、他の鳥類獣人も着られるように計算して作られており、それなりの速度で飛行しても破損しないように少しばかり頑丈な作りとなっている。

 頑丈なだけでなくファイヤーウルフの魔石を砕いて生地に混ぜこんだのできちんと温まる冬仕様。

 魔石を砕いて素材と混ぜるだけでも微妙に効果があるのが救いだった。魔力回路を刻んで魔道具にしても良かったんだが、リンさんが「アタイの領分を侵すなら自慢の針でぶっ刺すよ!」と殺意を露にしたので撤回した。


「完璧です。これならあの子達も喜ぶでしょう」


 器用にくるっと回って、両翼をふりふり。

 翼の動きを阻害しないように伸縮性のある生地を選んだ甲斐あって、動いてみても全く違和感がない。

 機能性抜群の、まさに鳥類獣人専用の服だ。


 手放しで称賛すると満更でもなさそうな顔で勝ち気に微笑むリンさん。

 闘志が消えぬその眼差しから更に改良を加えていくことを察した俺は「やっぱり職人だなぁ」と内心笑う。

 しかしセレーナが獲物を見定める目でじぃっと一ヶ所を眺めているのが気になってリンさんの後ろをちらっと見てみる。カーテンに隠れている人物に気付いた瞬間真顔になった。


 俺の視線を追って同じくその人物に気付いたリンさんが悪鬼の如く目を吊り上げる。

 そして背中の針をぶちっと引き抜き、目にも留まらぬ速さでその人物目掛けてぶん投げた。


 完璧に気配を消しているのにまさか見つかるとは思っていなかった彼は慌てふためき、その隙をついてリンさんが投げた針が彼の頭の横をシュッと通り過ぎ、窓を突き破った。窓が割れ、再び庭師の悲鳴が響き渡る。


「またお前か筋肉小僧!!でかい図体がコソコソしても隠しきれてないんだよ馬鹿!」


「リン姐さん止めてくれ!悪かった!俺が悪かったから!」


 背中の針を抜いては投げ抜いては投げを繰り返すリンさんの神速攻撃をかろうじて避けて懇願するのは、エルヴィン王国騎士団団長グラジオス・フォン・ライオネットだった。


 何故騎士団のトップが針子の作業部屋の隅に隠れていたかというと……俺を愛でるためだ。

 自分で言っててちょっと恥ずかしくなるが事実である。

 グラジオスさんは全身が筋肉で盛り上がったザ・武闘派な見た目に反して小動物が大好きなのだ。それこそほぼ毎日ヒヨコをストー……見守っちゃうくらいに。

 しかし本人は知られたくないらしく、その事実を隠している。隠し方が杜撰すぎてバレバレなんだけどな。


「た、頼むリン姐さん!俺が賢者殿を遠目に観察してたことは誰にも言わないでくれ!」


「お前が小動物をこよなく愛する変態だってのは国中誰もが知ってるよ!」


「くくく国中!!?」


 さすがに国中は言い過ぎだが、王宮関係者には周知の事実だな。


 ガクッと膝から崩れ落ちて「そんな……必死に隠してきたのに……部下に幻滅されたらどうしよう……」と大きな掌で顔を覆う。

 すかさずリンさんが「いい年したオッサンがうじうじしてんじゃないよ!」と張り手を食らわす。


 俺と同等の小さい身体でがっしりした大男をぶっ飛ばすなんてどんだけ怪力なんだよと内心突っ込みを入れながら、針子に足蹴にされる騎士団長を冷静に眺めた。


「なんでコソコソする必要があるんだい?お前は何もやましいことなんてしてないだろう。それともお前の部下はお前の見た目を裏切る可愛らしい趣味を知ったら離れていく薄情な奴らなのかい?」


「そんなことはない!……と、信じたい」


「なら堂々としてな。お前の一部をお前自身が否定してどうする。もし仮にお前の趣味を否定する輩がいたらそいつはとっくに騎士団なんて辞めてるさ。裏をかえせば今いる部下はお前の趣味を知っても着いていく騎士の中の騎士だってことだがね」


「そ、そうだったのか……」


「ここまで言ってもまだ不安ならアタイに頼りな。お前が堂々と趣味をさらけ出せるように手助けしてやるよ」


「リン姐さん……!」


 まるで救世主を見る目で己を足蹴にしているリンさんを見つめるグラジオスさん。

 貰う物は貰ったので、俺達はそっとその場を後にした。


 やっとフィードと遊べるにゃ~!とご機嫌に尻尾をピーンっと伸ばして先行するセレーナの後ろ姿を眺めながらついていく。


「団長もリン・ワルズの前じゃ形無しだなー!ウケるー」


 笑いを含んだレストの言葉に愉快げに目を細めるルファウス。


 騎士団長、王国最強の剣神と謳われているのにな……



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