第103話、王族の特徴と芸術
「わぁ~!見てよレイン!カッコいいでしょ!」
「レルム兄さん、派手過ぎない?それにその刺繍も、なんか捕食されそうで嫌だよ」
「セルザ可愛いー!よく似合ってるよ!」
「ノヴァ姉、ちょっと地味じゃない?フィード兄と色違いでおそろいなのは羨ましいけど……」
夕食前ののんびりした時間。
リンさん作の服を着て、皆でプチファッションショーをしていた。
皆の希望に添ったデザインで注文したのだが、1匹だけとても個性的なやつがいる。何を隠そう、レルムだ。
赤い生地に所々白い線、背中に黄金のドラゴンの刺繍とちょっと派手な感じなのだが、それはまぁいい。問題はその刺繍だ。
何故、ドラゴンが大口を開けて今にも自分を丸飲みしそうな構図にした?お兄ちゃん、お前の美的センスを疑うよ。
レインは濃紫の生地に所々黒い線、胸元に三日月の刺繍で夜を思わせる色合いだが、何故だろう。刃物を研ぎながら暗闇で微笑む姿を想像してしまい、暗殺者とかそっち方面の連想をしてしまうんだが俺の頭がおかしいのだろうか。
セルザは若草色の生地に所々濃緑の線、ワンポイントに唐草模様の刺繍と大人しいながらも可愛いデザイン。本人も思った以上の出来映えでいたく気に入り、同じデザインの服を何着か注文するとはしゃいでいる。
ノヴァは淡い桃色の生地に所々白い線で俺と色違い。同じ女子としてセルザが「もっと女の子らしく可愛いのにしようよ」と文句を言っていたのだが聞く耳持たず。製作する魔道具によっては服が汚れたり大破したりするから地味なデザインでいい、と。気持ちはとてもよく分かる。
なんにせよ服が出来てよかった。これで皆一緒にお出かけできるな。
レルム達に負けず劣らずウキウキ気分で夕食の席に着こうとすると、見知らぬ誰かが部屋に入ってきた。
耳が尖ってて黒いから一瞬狼獣人かと思ったが違う。黒い狐の獣人だ。
格好からして高位貴族だろうか。しかしここは王族の居住区画。王族と王族に許可を貰った者しか入れないはずだが……
内心首を傾げる俺と「誰この人?」という心情を隠しもしないレルム達をよそに、ルファウスが一歩前に進み出た。
「ご無沙汰してます、エスター兄様」
お手本のような綺麗なお辞儀と共に放たれた言葉に硬直した。
ルファウスが視界に映り、大切なものを見つけたと言わんばかりにふにゃっと笑う黒い狐獣人。
「あ、ルーちゃんだ~。ただいま~」
のんびりと間延びした声で返事をした彼はゆったりした動きでルファウスに近付き、優しく頭を撫でた。
撫でられた本人はどこか困ったように視線を彷徨わせるも、意を決して彼を見据えた。
「帰っていらしたなら先に伝令を飛ばして下さい。皆が混乱します」
「えぇ~?ちゃんと飛ばしたよ~?なんか王都とは逆の方に行っちゃったけど~」
「はぁ、エスター兄様……魔法のコントロールが壊滅的なのは自分でもよく分かっているでしょう。護衛の誰かに伝令を頼めば済む話でしょうに……」
「ワンチャンいけるかなって~」
「無謀な挑戦はお止め下さい」
彫像が如く微動だにしない俺の様子には気付かずにお喋りしだすルファウス達だが、狐獣人の方が先に俺達を見つけて声をかけてきた。
「わぁ~可愛いヒヨコちゃん達だぁ~!ルーちゃんのお友達~?」
「私の飼い主とその身内です」
「おい待て」
まだそのネタ引きずるの?
「そっかぁ~いっぱい可愛がってあげてね~」
何普通に受け入れてんの!?
いやそうじゃなくて……と目線で訴えたら、俺の疑問を正確に汲み取ったルファウスが教えてくれた。
「紹介する。私の兄で、第4王子のエスター兄様だ。マナラビット族ではないが、ちゃんと血は繋がっている」
王族といえば黒いウサギ獣人もといマナラビット族だが、マナラビット族だけで構成された純血種ではない。
王族ともなれば国のバランスを考慮して他家から妃を貰わないといけないときもあるし、当然種族が違う。
そうなるとマナラビット族以外の種族が生まれることもあるわけで、エスター様はまさにそれだった。
陛下も王妃様もマナラビット族なので先祖返りだろう。エスター様だけでなくその上の第3王子も先祖返りらしく、熊獣人で現在冬眠中だとか。
先祖返りの特徴はマナラビット族と同じ黒い色の耳と尻尾。ウサギでないなら種族名はどうなるのかといえば、マナをつけた獣人名となるとのこと。エスター様ならマナフォックス族とか。
“マナ”とはこの世界では魔力という意味と、高貴なる漆黒という意味もある。後者はこの世界でっていうかこの国で、かな?王族を表すのによく使われるロイヤルは人間側で白き王家という意味だから逆にこの国では嫌煙される。他国からも反感を買うだろう。
これらの説明を聞いて納得したと同時に新たな疑問が沸き上がる。
黒い耳と尻尾が王族の証なら、俺達が来る前にとっくに席に着いて食事を催促しているそこの黒猫も王家の血を引いてるのかとそれとなく聞いたらはぐらかされた。なんか聞いたらマズイことだったのだろうか。
喉元に小骨が引っ掛かってるような妙な気分になりながらも、部外者には言えない内容なのかもなと無理矢理自分を納得させてから各々席に着く。
流れでエスター様も一緒に食事することになった。
他と比べて自己主張が激しいブルースライムが一緒に食卓を囲むことについては当たり前のようにスルーされた。いや、そこ突っ込むところだって。
運ばれてくる料理を次々と平らげていくレルム達とセレーナを横目に、王子方の会話に耳を傾けた。
「今回の演奏会は満足のいくものでしたか?」
「ん~、また納得いく出来映えじゃなかったんだよねぇ~……皆は楽しんでくれてたけど、何か足りない気がするんだ~。僕のヴァイオリンが駄目なのかなって思ってちょっと工夫してみたり、即興でパフォーマンスしたりしたんだけど~……」
エスター様はずば抜けた才能を持つ天才音楽家として有名で、国中を旅しながら演奏しているとのこと。
本来、王族が国内とはいえ旅をするなんてって思うかもしれないが、そこはほら、この国の王族ってちょっと、いやかなり自由なところがあるから……
表向きは視察ってことにして、定期的に王宮に戻ってくることが条件だから演奏だけしてれば良しって訳でもないらしいが。
「ねぇルーちゃん、何が足りないのかなぁ~?」
「私に聞かれましても……」
音楽にさほど興味がないのか、少し困ったふうに視線を泳がせるルファウス。しかし興味がなくてもどうにかアイデアを捻り出そうとしたのか、眉間に僅かにシワが寄る。
なんだかエスター様の前ではいつもより表情豊かだな。それだけ気を許してるのかな?
「……演奏そのものに問題があるとは思えません。エスター兄様の奏でる音は心が浄化されていくような心地よさを感じますから」
「えへへ~、ルーちゃんに褒められた~」
「なので、それ以外の要因かと。例えば会場の装飾がいまひとつだったとか」
食べる手を止めて考え込むエスター様。
装飾……装飾かぁ。
音楽とは芸術。ならば……
「ノヴァ。ヴァイオリンの演奏に合う魔道具って開発してないか?」
芸術についてはノヴァに聞いた方がいいかな。
最近はお互いに作るものの系統が完全にずれてきて、実用面の魔道具は俺が、芸術や装飾に関する魔道具はノヴァが研究・開発している。
量産すべきもの、或いは量産してほしいと嘆願されたものはアネスタにいる弟妹達にお願いして作ってもらってる状態だ。といっても、1才未満のヒヨコは除外しているが。
魔道具職人にも協力してもらって技術を広めようとグレイルさんと話し合っていたのに、結局うちの家族しか魔力回路引けなかったんだよな……
いきなり話を振られて目をぱちくりしていたノヴァだが、すぐに「あるよー!」と元気よく返事する。
自分が開発したものに興味を持ってくれて嬉しいからか、返事するなりさっそく魔道具を取りに行った。
「魔道具~……?それってあれだよね~?明かりを灯したり、火を起こしたりするやつ~。それと音楽に何の関係があるのかなぁ~?」
実用的なものしか知らないエスター様が魔道具と聞いて首を傾げる。しかし程なくして戻ってきたノヴァが両手いっぱいに持っていたそれらをテーブルに並べると、興味津々に近付いてきた。
「これ、全部腕輪だよね~?これのどこが魔道具なの~?」
「ふっふっふ。ただの腕輪じゃないよ。これつけて魔力流してみて」
言われるがまま腕に装着して魔力を流すと、エスター様の周囲に光でできた蝶がふわりと飛んだ。それにエスター様は目を丸くして言葉を失う。
しかしノヴァが「流す魔力に比例して効果範囲も広がるよ!」と力説した途端どこかに走っていき、戻ってきたその手にはヴァイオリンが。
先ほどよりも多く魔力を流しながらヴァイオリンを引き始める。
淡い輝きを放つ蝶が1匹、また1匹と増えていき、最終的にはエスター様の周囲だけでなく部屋全体が数多の光の蝶に包まれた。
窓から差す月光がエスター様を照らし、幻想的な美しさを醸し出している。緩やかで、それでいて力強い旋律は不思議と闇夜に映えた。
まるで月の女神が彼に微笑みかけているようでひどく神秘的に見えて、この場にいる誰もが魅了された。
俺達も、ブルーも、壁際に控えていた使用人や護衛も、芸術に関心があまりないセレーナでさえも。
皆が彼の作り上げる世界に魅了された。
やがて演奏が終わると、優雅に舞い踊っていた蝶が光の粒子となって消えていく。皆が残念そうにその光景を眺める中、エスター様だけが興奮を抑えきれない様子でノヴァを抱き上げた。
「凄~い!凄いよノンちゃん~!これだよ~、僕が求めていたものはこれだったんだよ~!」
「本当に凄いのはエスター様だよ!私はちょっと雰囲気をつくるお手伝いしただけだもん」
照れ笑いを浮かべて謙遜するノヴァだが、俺から見ても結構いい線いってると思う。
腕輪に組み込まれた魔石に刻まれた魔力回路はかなり複雑で繊細だ。一ミリでもずれたら全てが台無しになるほどに。
基礎と応用を少し教えただけで自力でここまでのものを作れるようになるなんて驚きだ。
「エスター様、今なら2つセットでお安くしとくよ」
「ホント~!?やったぁ~」
セルザの甘言に誘われるかたちで他の腕輪型魔道具にも目を向けるエスター様。
「……4才児が魔道具作ったり商売したりすることへの突っ込み要員は不在なワケねー」
ルファウスの背後でボソッと放たれた呟きには気付かずに、ノヴァの魔道具を買い占めたエスター様を眺めてそっと安堵の息を吐いた。
どちらかと言えば芸術にあまり関心を持たないこの国で、果たしてノヴァの魔道具が売れるだろうかと少し心配していたんだが……杞憂だったようだ。
「しばらくは王宮にいるから、また何か新しいの作ったら知らせてねぇ~。楽しみにしてるよ~」
エスター様とノヴァとセルザが上機嫌に話してたそのとき、バキャンッと扉がぶち破られる音がした。
王宮関係者の扉破壊は最早名物と言えるのでは?と思いつつそちらに視線を移すと、案の定国王がいた。
「あの美しい音色、やはりエスターだったか!帰ってきたならどうして真っ先に私の元に来てくれなかったんだ!?パパ悲しいぞ!」
いい年して号泣する国王に、エスター様はのほほんと答えた。
「あ、ごめんなさい父上~。父上に捕まったら長くなるから後回しにして、そのまま忘れてました~。あ、母上にはちゃんと挨拶しましたよ~」
国王、家庭内カースト最下位疑惑。
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