第79話、王都に着く前に一悶着

 アネスタを発ってから早7日。


 街に泊まるときは領主館、そうでないときは野宿。そうしてレグナムをはじめとするいくつかの街を通った。

 なんとなく予想してはいたが、やはりというか、行く先々でレグナムの門番と似たような対応をされた。

 さすがに通行料を違法に巻き上げるようなやつはいなかったけど、それでも気持ちのいい対応ではなかった。

 まぁステータスカード提示したらコロッと態度変えたけどな。


 態度が変わると言えば、街で領主館に泊まったときはちょっとした不思議現象が起きた。

 領主や使用人は俺とルファウスと、意味が分からないが何故かセレーナにもへりくだった態度を取っていたんだよ。

 逆に言えば、レルム達に対しては賢者である俺の身内だからってことで最低限の礼儀は弁えてたけど、陰口叩いたり、注意して見ないと気付けないほど些細な嫌がらせをしてたんだよ。

 レルム達は気付いてなさそう、というか気付いてもスルーしてそうだったから俺も何も言わなかった。


 だがしかし、驚いたことに翌朝には領主をはじめとする皆の態度が激変していた。

 俺とルファウスとセレーナにも匹敵するVIP待遇へと早変わりしたのだ。


 特にレインに対してが顕著だった。一介の平民と領地を持つ貴族のはずなのに、まるで裏社会を牛耳るボスと忠誠を誓った下僕のような雰囲気を醸し出していた。

 レグナムだけじゃない。泊まったところ全てだ。

 たった一晩の間に何があったというのか……

 どの街の領主も貴族流な言い回しでやたらとレインを持ち上げてたんだが。


 ……ちょっとレインさんや。開いた手帳にびっしり書かれた文章の中に物騒な単語が散りばめられてたのは見間違いかな?

 脳筋レルムに続いて腹黒レインまで行く末がかなり不安になってきた。い、いや。これも個性だ。お兄ちゃんはどんなお前達でも受け入れるぞ。


 のちに、『どんな阿呆でもすんなり覚えられるお勉強セット』と『読んだら皆良い子になる優しい物語』をそれぞれプレゼントした。



「昼過ぎには王都に着くぞ」


「わーい!都会だー!」


「ふにゃぁ、やっとだにゃ~……」


 窓の外を眺めつつルファウスが言うと、レルム達がはしゃぎだした。だがセレーナはテンション低め。遊び甲斐のある魔物が出てこなかったので退屈だったようだ。

 「着いたら起こしてにゃ~」と再び夢の世界に旅立つ黒猫。レルム達が騒がしくしてて結構うるさいのに、それでも寝れるって凄い。


「王都か……」


 流れ行く景色をぼんやり眺める。

 レルム達ほどではないが、俺も内心高揚していた。


 獣人王国と名高いエルヴィン王国、その都。

 国の都心部の周辺には垂涎ものの素材を有する魔物が沢山いる。それらを採取できると思うと心が踊る。

 嗚呼、もう冬に突入し始めているのに興奮して身体が熱い。


 皆で他愛なくおしゃべりしている最中、馬の嘶きと共に馬車ががくんっと揺れた。丸っこい雛鳥体型の俺とレルム達は危うく床にコロコロしそうになるも、どうにか踏み留まる。


「ふにゃぁ、なんなのにゃ~?」


 馬車が揺れた衝撃で頭を打ち付けたセレーナが頭を擦りながらのっそり起きた。


「と、盗賊です!」


 御者の声につられるように、急停止した馬車の周りをガラの悪い連中に取り囲まれる。人数はざっと20人弱ってところか。


「貴族の馬車とは運がいいな」


「護衛がいないなんて警備ザルすぎんだろ」


 獲物を見つけたとばかりににやにやと嫌らしい笑みを向けてくる男達。

 この馬車にはアネスタ辺境伯家の家紋が刻まれている。それで運悪く襲われたのだろう。この寒い中よくやるなぁと感心するべきか、このメンツに牙を剥いたことを憐れむべきか。


「やれやれ、面倒だな」


 俺とレルムとレインが対処することに決定。不安がって俺から離れないブルーを宥め、盗賊に襲われているまさにその最中だとは思えない緩い空気で馬車の外へ。

 なんで貴族の馬車からヒヨコが?という視線を寄越したのは数秒、すぐに爆笑の渦に飲み込まれた。

 「何かと思ったらお荷物種族じゃねぇか!」「しかもガキだぞ!」「貴族に胡麻するのが上手なんでちゅね~」と明らかに馬鹿にされている。

 久々だなぁ、こういうの。なんだか嫌悪感よりも懐かしさを覚える。


 戦闘狂なセレーナがつまらなそうに欠伸してたので他のやつらは参加しなくていいのかと聞いたら次の答えが返ってきた。


「素材にならないからー」


「対したお金にならないからー」


「遊び甲斐のないやつらにゃから~」


「過剰戦力になるとあっちが可哀想だろ」


 こらこら、もっとオブラートに包みなさい。全て事実だけど。


「くそガキどもが!」


「その言葉、後悔させてやらぁ!」


 無駄に神経を逆撫でしたせいで頭に血が上った男達が襲い掛かってきた。


「ひゃっほーい!悪いやつはやっつけちゃえー!」


 我先にとレルムが突撃。

 男達の足元を爆発させ、宙に浮いた男数人を炎の鎖で拘束する。拘束された方はあまりに一瞬の出来事で反応が遅れたが、脳の処理が追い付くよりも先に炎の鎖が全身に絡み付く。

 断末魔の悲鳴を上げながら自由落下し、男達は地面に叩きつけられた。

 「腕と足、どっちを抉り取ろうかなー」と鼻歌混じりに呟いている。馬鹿にされてちょっぴりお怒りなご様子。


「全く、馬鹿はこれだから困るよ」


 水を作り出し、それに火を加えて球状にしたものの中に男数人を閉じ込めるレイン。

 閉じ込められた男達は息ができない+全身が熱いので苦し気に悶えている。どうにか抜け出そうと必死だが、レインは温度を上げつつ水量を増やした。そして男達を熱球の中でぐるぐるシャッフル。終始笑顔、笑顔だけど、殺気が滲んでいる。……レインもお怒りだった。


「レルム、レイン。うっかり殺さないようにな」


 小雛2匹にいいように転がされたのを目の当たりにして狼狽えていた残りの奴らを纏めて動けなくする俺。

 そう難しいことではない。極少量の雷で身体を痺れさせただけだ。

 一秒にも満たない僅かな時間で地面に倒れ伏した面々。気絶させてはいない。

 奴らにとっては身体にピリッと電流が走ったと思ったらいきなり身体が言うこと聞かなくなって訳分かんねぇって感じだろう。


 20人ほどの盗賊を沈めるのに5秒もかからなかった。


「な、なんだよお前ら……!何しやがった!?」


「魔法を使っただけだが?」


 盗賊のリーダーっぽい男が吠える。

 ただ一言、事実のみを告げたら、一瞬呆けたあと真っ先に反論した。


「嘘だ!詠唱してなかったじゃねぇか!魔法には詳しくねぇが、詠唱すんのは知ってんだぞ!」


「ノンバード族って言やぁ魔力なしのクズだろーが!魔力もねぇくせに魔法だと?笑わせんな!」


「そうだそうだ!」


 リーダーっぽい男に追従して次々と吠える男達。


 この世界では魔法を使うときに詠唱するのが当たり前。詠唱も魔法名も唱えない俺達の方が異質なのだ。

 アネスタでは俺達が色々とやらかしてるので無詠唱魔法のことは知られてるけど、こいつらのこの反応の方が普通なのである。

 ボールの魔法を見てこの世界の魔法技術が遅れていると分かり、無詠唱魔法を広めようと決意したときのことを思い出す。


 ノンバード族のこと然り、他国のこと然り、問題は山積みだな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る