第75話、家族の在り方

 街外れの屋敷に帰ると、元気な弟妹達に出迎えられた。


 箱詰め状態になりかけてるけど、なんとか全員屋敷の中に入れたみたいだ。ぎゅうぎゅう詰めでちょっと可哀想なことになってるので拡張して部屋数を増やそう。


「おかえりなさい、フィード」


 にこやかに告げる母。親におかえりと言われることの幸せを噛み締めつつ「ただいま」と返事。

 急場凌ぎで屋敷を拡張しているのを一目で見抜き「ごめんなさいね、手間取らせちゃって……」と言う母に、もうこれ以上家族を増やすなと釘を刺しておく。

 卵の産みすぎで身体にガタがきてるからもう産まないわよ~と笑う母にげんなりした。暗に身体が元気ならまだまだ産むって公言したぞこの鳥……


「それにしてもすっごい家に住んでるのねぇ。ここで暮らすのは気が引けるけど、野宿するよりずっといいわ」


 生粋の庶民にはちっとも馴染めない豪邸だが、頑張って慣れてほしい。


「さてと。フィードも帰ってきたことだし、ちょっと出かけるわね」


「ん?忘れ物でもしたか?」


「あらぁ違うわよ~。あのときのド腐れ野郎を見かけたから始末しに行くだけよ~」


「ストップ!母、ストップ!!」


 待って?なんでそんなどす黒いオーラ纏ってんの?

 以前のほんわか優しい母はどこいった?


 子供には聞かせたくない内容らしくなかなか口を割ってくれなかったが、母らしくない言動だったのでこれはただ事ではないと思い、屋敷の外で事情を聞くことに。


「お母さん達ね、元々レグナムの近くの村に住んでたのよ」


「レグナムって、アネスタの先にある……」


 バードランス火山を通り越した先にある街だ。


「そうよ。その村はノンバード族の集落でね、お母さんとお父さんはそこで生まれ育ったの。他の種族がいなかったから基本的に平和なもんだったわ。……その平和は長くは続かなかったけど」


 もう二度と手に入らない幸せを遠くから眺めているような、そんな表情で薄く笑った母に心が締め付けられる。そんな顔、初めて見た。


 母は遠くを見つめながらぽつりぽつりと語る。


 両親が暮らしていたノンバード族の集落に、突然人間が襲い掛かってきた。

 何の取り柄もなく、生きていくためだけに農民生活を送っていた自分達が、まさか人間に狙われるだなんて思っていなかった。

 長閑で平和だった村は、一瞬で地獄絵図と化した。


 成鶏は皆殺し、何故か中雛や大雛は見逃されたがヒヨコは全員誘拐された。そして二度と戻ってこなかった。

 当時大雛だった両親は悲しみに暮れるも、ふとある考えが過る。


  自分達を見逃したのは、成鶏になるのを待っているからなのではないか?

 自分達の子孫を再び狙うために生かされただけなのではないか?


 助けを乞うても誰も助けてはくれない。世間では何の役にも立たないお荷物な種族として浸透しているのだから。

 だからといって自力でどうにかできる訳でもない。己の身ひとつ守れない役立たずなのは自分達が一番理解している。


 ここに留まっていたらまた同じことが起きる、そう痛感した者達は村を捨てることを決意。

 皆散り散りに安住の地を求めて放浪の旅に出て、自然と廃村になっていった。


 両親も例に洩れず故郷を捨て、やがて辿り着いたのが王国最南端の領地だったという訳だ。


「で、そのとき村を襲った人間が、どういう訳かこの街にいたのよ。それでつい頭に血が上っちゃって……」


 子供の前でみっともない真似しちゃったわ……と恥ずかしがる母。


 予想外に重い話を聞かされて若干戸惑ったが、ひとつ気になることがある。


「そいつはこの国の人間なのか?」


「え?うーん、どうだったかしら……あのときは逃げるのに必死だったから……でも、いきなりどうしたの?そんなこと聞くなんて」


 いかん、最近のトラブルの元凶が他国だったからつい勘繰ってしまった。

 なんでもかんでもファラダス王国を疑うのは短絡的だよな。


「すまん、忘れてくれ。……母よ、今は幸せか?」


 唐突の質問に目を瞬いた母だが、慈愛に満ちた聖母のような表情で俺を抱き上げて頭を一撫でした。

 手の羽根が顔に当たってくすぐったい。


「うふふ、こーんなに沢山の家族に囲まれて、ヘタレでポンコツだけど素敵な旦那がいて、頼り甲斐のある息子がいて……これで幸せじゃないなんて思ったらバチが当たるわよ」


 その顔に、言葉に、嘘は見つからない。

 子作りがノンバード族流の復讐だと言っていたから、子供達のことを愛してないのかと少し不安になったんだ。けど、杞憂だったな。


 内心ホッとしてる俺に、母は少し悪戯っぽく笑った。


「でも、いい加減そのよそよそしい呼び方は止めてほしいわね」


「……気付いてたのか」


「あったり前でしょう!何年お母さんやってると思ってんのよ!」


 うーむ……呼び方、呼び方なぁ……


「まぁそれは追々ね。さ、ちょっと早いけど晩御飯の準備するわよ~。お父さん呼びに行ってくれる?アントの処理のお手伝いしてるはずだから」


「ん、分かった」


 結局その話題は有耶無耶になり、若干の気まずさを感じつつ俺は父を呼びに行った。



「え?ふっつーに呼べばいいだろぉ?」


 死にそうな顔で山積みのアントをひたすら処理するギルド職員に「うちの息子がすみません!本っ当にすみません!」とペコペコ頭を下げながら作業を手伝っていた父に思わず相談したところ、そんな能天気な返事が。


「普通……普通に……」


「もー!お前は難しく考えすぎなんだよ。ほら、父さんに話してみろ。何を悩んでるんだ?」


 実の親相手にこんなこと言うのは気が引けるが、こちらから話を振った手前話さないのもどうだろうと思い、結局話すことにした。


「……分からないんだ。親子ってのが」


 ため息混じりに告げたそれは、父にとって予想外のもので。

 驚愕に目を見張った。


「俺、前世では孤児だったから。運良く師匠に拾われたけど、あの人とは親子じゃない。完全に師弟だった。周りにいたのも、まぁ、似たような境遇のやつばっかりで。だから、親子ってどう接するのが正解なのか分からなくて……」


 どこまで踏み込んでいいのか、どこまで甘えていいのか、どこまでさらけ出したらいいのか……いまいち距離感が掴めない。

 親子のマニュアルとかあればいいのに。そしたらこんなふうに悩む必要も……


「わぷっ」


 わしゃわしゃといきなり頭を撫でられた。

 母とは違った乱雑な手付きのそれに、しかし嫌悪感は湧いてこなかった。


「正解なんてないんじゃないかなぁ?」


 またもや能天気な声が頭上から降ってくる。


「フィードはフィードらしく、全力で俺達にぶつかって来ればいい。お互い本音をぶちまけて、たまには喧嘩したりしてさ。そうやって親子になっていくんだよ」


 ……そういうもの、なのか。


 少し考え過ぎていたのかもしれない。父の言うように、俺は俺らしく親子関係を築いていけばいいか。


「と、とう……んん、父よ。疲れた。抱っこしてくれ」


「おっ、いいぞー!フィードを抱っこするなんて何年ぶりかなぁ」


 とりあえず、当面は呼び方を変える努力をしよう。



「ところで、何をやったらあんなバイオレンスな光景に?」


「ウサギと一緒にヒャッハーした結果だ」


「ウサギ!?」


「ちなみにあちらは猫踵落としで出来たクレーターです」


「猫!?踵落とし!?」


「どっちもうちのペットだ。あとで紹介する」


「怖いんですけどぉ!?」


 父と一緒に帰宅し、ドラゴン温卓で丸くなって寝ていたセレーナを叩き起こして背後にいるルファウスに出て来てもらって紹介した。


 弟妹達とすぐに打ち解けてくれて一安心。


「嘘でしょ……あの赤い瞳、稀少種族のデスキャット族じゃないの!死の象徴とも言われるあの……っ!」


「黒いウサギ……王族じゃないか!そんなトンデモ連中がなんで息子のペットに!?」


 なんか両親が壁際でぶつぶつ呟いてたけど。


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