第76話、仕込み中

「単価銀貨3枚、アントの死骸が21394匹ですので合計金貨6418枚・銀貨2枚です」


 アントの処理を終えたギルド職員のひとりが、やりきった!的な清々しい笑顔で告げた数に驚いた。

 本来アントは2000~3000匹の群れをつくることを考えると異常に多い。埋まってた魔道具の影響か……


 通常の何倍にも膨れ上がった数に比例してとんでもない金額になったが、どうやらこの世界には白金貨は存在しないようだ。


 疲れた表情のギルド職員達を労い、報酬は冒険者ギルドに行ったときにステータスカードに振り込まれることなど説明して職員達は帰っていった。


「街を観光したーい!」


「魔物狩りに行きたーい!」


 予想外な多額の報酬にホクホクしていると、弟妹達が突撃してきた。


 そういえば、まだ街を案内してやれてなかったな。

 早めにステータスカード作ってやらないと、街に出入りする度に通行料を払わないといけなくなる。

 金貨レベルの人数でそれは勘弁してほしい。


「じゃあ先にギルドに行くぞ。街の人に迷惑かけたらご飯抜きだからな」


「ご飯抜きは嫌だ!」


「ご飯食べなきゃ死んじゃう!」


 素直で大変よろしい。


 そんなこんなで冒険者ギルドに向かう俺達。

 全員揃ったらギルドに入りきらないので、いくつかのグループに分けて順番にギルドへ。


 道中、トコトコ歩く雛鳥軍団を見て怯えたり隠れたりする人が多かったが、この街に初めて足を踏み入れた日にこの子達がやらかしたのが原因だ。


「見て、ノンバード族のヒヨコ隊よ」


「隠れろ!また燃やされたらたまったもんじゃねぇ」


「水没するのは御免だわ」


 街中で盛大な兄弟喧嘩を繰り広げた結果、多大な被害を出してしまったのだ。その後の火消し作業が大変だった。


「あんな戦力を隠し持ってたなんて……」


「侵略でも始める気か?」


 戦力を隠し持っていたつもりはないし、国をどうこうしようだなんて微塵も思っちゃいないんだが……


「うちの子達がご迷惑おかけしてすみません!すみませぇん!」


 一緒に身分証を作りに行く父が頻りに謝っている。

 ちなみに母は残ったメンツの面倒を見ているのでここにはいない。


 俺がアネスタに来たばかりの頃を思い出し、差別意識を塗り替えれて嬉しい反面微妙な気持ちになる。

 ノンバード族はトラブルメーカーな種族だって誤認識されないといいんだけど。



 ギルドに入るとそれまでの喧騒が嘘のように静まり返った。


 冒険者も職員も、この世の終わりみたいな顔をしている。

 ……何もそんな顔しなくても。


 居心地の悪さを感じつつステータスカード作成のため冒険者登録用窓口へ。

 受付の白ウサギ獣人の目が一瞬死んだが、どうにか奮い立って笑顔をつくった。


「お、お久しぶりですー。そちらのご家族のステータスカード作成ですねー?書類を用意しますので少々お待ち下さいー」


 白ウサお姉さん。

 貴女のその異常事態が起こっても通常運転を維持しようとする心意気、わりと気に入ってますよ。


 一旦奥に下がった白ウサギ獣人はしばらくしてから書類の束と分厚い本を数冊抱えて戻ってきた。


「フィードさんのご家族なら名前も決めないとですよねー。今回もこちらの参考資料お貸ししますので、サクッと決めちゃって下さいー。私の心臓のためにもー」


 軽い口調で本音を織り混ぜたな。


 自分にはもう名前があるからと言って器用に筆記具を持ち、サラサラと記入していく父。


「よし、じゃあ父が登録してる間に名前決めような」


「レルム兄ちゃん達はフィード兄ちゃんに名前つけてもらったんだよね?」


「?ああ、そうだが……」


「ずるい、私もフィード兄ちゃんにつけてほしい!」


「僕もー!」


 何故か俺に名付けてくれとせがんできた。

 え、まさかこの流れは全員俺が名付けないといけないパターン?


 ………


 ………


 そのまさかでした。


 出会って数日のヒヨコ達にまでせがまれるとは思わなかった。

 あれかな?高度な魔法を苦もなくポンポン使ってるから、それで余計に懐かれたのかな?


 ヒヨコがゲシュタルト崩壊しそう……と内心呟きながら、必死こいて名付けをする俺の目は段々死んでいった。



 自分とレルム達を省いて335匹もの名付けに丸っと一日費やした次の日。


 アネスタ辺境伯が使者を通して呼び出したので用意された豪華な馬車に乗ってアネスタ辺境伯のもとへ。

 予想より早かったなと思いながら用件を聞くと、国王から手紙を預かったというもの。


「なんで家じゃなくアネスタ辺境伯のところに?」


「私が根回ししました。少しでも賢者様にお会いしたかったので」


 そんなキリッとした顔で陶酔しきった発言しないでほしい。賢者を崇拝しすぎだろマジで。というか数日前に会ったばっかだろうが。


 そんなに賢者にご執心ならお茶会に招かれたり会いに来たりしそうなのに……と思ったら、領主の仕事が忙しくてそれどころじゃないらしい。

 些細な機会でも逃してなるものかと執念、じゃなくて熱い想いに燃えるアネスタ辺境伯に軽く引きつつ手紙を読む。


 やたら丁寧で長ったらしい文章だが、要約すると王宮に来いってことだな。

 呼ばれるように仕向けたのは自分なので特に驚かない。


「そちらの首尾は?」


「賢者様が仰った通りに手筈を整えております。あとはティファンに任せれば恙無く事を運べるかと」


 そうだな。あとはギルマスに任せて、俺は俺のやるべきことをやろう。


「ところで、賢者様。王都に着く頃には本格的な冬になると思います。春先まで王都でゆっくり見聞を広めてはいかがでしょう?」


 悪戯っぽく片目を閉じてニヤリと笑うアネスタ辺境伯。その言葉の真意に気付き、似たような笑みを浮かべる俺。


「そうですね。この時季は研究に没頭できてとても嬉しく思います。それはそうと、アネスタ辺境伯は王都に行かれないのですか?」


「非常に残念なことに、私は滅多なことではこの街から離れられないのですよ。ここは国境の街ですから、今回のようなことが頻発していましてね。領主が不在だと色々面倒なのです」


 お貴族様も大変だなぁ。


 もう少し情報交換したいところだが……辺境伯は仕事が溜まっているし、俺は国王から呼び出されたので早めに王都へ向かわないといけないしで早々にその場を後にした。


 帰りに商業ギルドへ足を運ぶ。


「他国への販売を停止、ですか?」


 受付のお姉さんがキョトンとして首を傾げる。


 商業ギルドで登録した物は、登録者に全ての決定権がある。販売先を決めたりするのも然り。

 他国への流入を阻止することも登録者の意のままという訳だ。

 収入は減るが、俺が開発した魔道具に携わっている職人達にも根回し済みなので問題なし。


「フィード様がご登録された魔道具は全て売れ行きが好調です。それは他国でも同じです。販売先をエルヴィン王国のみに絞ってしまうと収入が激減してしまいますが、それでもよろしいのでしょうか?」


「確かにその通りです。ですが……他国で同族が愛玩奴隷にされているのを知ってしまいまして。それに隣国からちょっかいかけられて家族が危険な目に遭わされたんです。そんなところに売るのは抵抗があるといいますか……」


 受付嬢の問いかけに、わざとらしく表情を曇らせた。


 半分以上本当だが、ちょっぴり嘘だ。

 他国で愛玩奴隷として売買されているのは事実。隣国からちょっかいかけられたのも事実。

 しかし危険な目には遭わされていない。一歩間違えばそうなっていたかもしれないが、うちの子達は強いからな。そうそうそんな事態にはならん。


 愛らしいヒヨコが目を潤ませて静かに訴えている姿に、受付嬢は一発で堕ちた。


 よし、こっちの仕込みは完了。

 あとは王都に行ってのんびり過ごそう。


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