第62話、従魔契約
従魔契約とは魔物を従えるのに必要不可欠な契約である。
基本、契約の手順は対象の魔物を檻に入れて冒険者ギルドに行き、専用の魔道具で魔物と契約主の魂の一部を繋ぐ。
こうすることで魔物は契約主に従うようになり、人を襲わなくなるのだ。
従魔契約するメリットは幅広く、馬系の魔物なら軍馬や移動手段に使われるし、飛行型の魔物は荷物の運搬や空での移動手段にもなる。ミルクや卵、蚕糸などを生産する魔物もいる。アネスタでは貴族や潔癖症の人、都会では一家に最低でも一匹、ゴミ処理要員としてブルースライムがいるそうな。
強い魔物と契約できれば戦闘でも役に立つし、一見メリットが多いように思える。
しかしデメリットが深刻だった。
魔物は自分より強い者にしか従わない。
それだけならまだしも、魔物の種類によっては契約主の寝首を掻こうとするやつもいる。
隙をついて従魔が主を食い殺した、なんて事例はざらにあるそうだ。
もっぱらまともに契約できるのは無害なブルースライム、人懐っこいブラックホース、その他生産業に携わる数種の魔物くらい。
ちなみにブルースライムはどこにでもいてすぐ契約できる魔物だが、ブラックホースは王都近辺にしかいない。より人が多い土地に集まる習性があるからだ。
そしてブラックホースの大半は軍馬に採用されるか都市間の移動に用いられるので個人で所有してる人はあまりいない。
だからアネスタでは見かけなかったという訳である。
従魔契約の方法が確率されてから200年、強い魔物を従え続けた者は未だに一人もいない。契約のデメリットに加え、その事実のせいもあって個人で従魔を持つことを忌避する人が多いのだとか。
……という説明を半分以上聞き流しながら、従魔契約専用の魔道具に齧りついている俺。
「ほうほう……ここの回路がこう繋がって、だから魂の一部を魔物と繋げるのを可能にしてるのか。ではどうやって魔物と意思疎通するのか……ふむふむ、この時計回りの二重回路が関係ありそうだな。こっちに魔物の魔力、そっちに契約主の魔力を流して意思の疎通を図るのか。しかしこれは不完全だな……これでは単に魔物へ命令するだけになってしまう。魔物の意思を契約主に伝えられない。これでは魔物側に不満が募って契約主に牙を剥く。互いの意思を伝え合うにはここをこうした方が……いや、だがこの回路だと……ではこれなら……」
可愛いペットとの契約なんぞ頭からすっぽ抜けて契約魔道具に夢中になっているヒヨコはどこのどいつだ?
俺だ!
「フィード、ギルドの備品を壊すのは止めた方が……」
「壊していない。分解だ」
「同じじゃないですか」
ウィルの制止を振り切って魔道具の解体と分析を進める。
「このイカレヒヨコ!!それめちゃくちゃ貴重なんだぞ!?何ぶっ壊してくれてんだこのやろぉぉぉ!!」
しょうがないじゃん。
そこに未知の魔道具があったら分析したくなるよな?
危うく取り上げられそうになったので自身を結界で包む。これで邪魔はされないな。
「やめろぉぉぉ!今の時代に作れる魔道具師はいねぇんだぞ!?国宝級の超高い魔道具なんだぞ!?従魔契約するやつがいなくても魔道具そのものに価値があるんだよだからマジでその辺にしろ!つーか流れるように無詠唱で結界張るのな!」
ギルマスがぎゃんぎゃん吠えてるけど気にしない。今はこっちが最優先だ。
ウィルに冒険者ギルドへと連行され、ギルマスを呼び出されたあと、ウィルと一緒にギルマスの執務室へと連れて来られた。
ギルマスにブルーの件を伝えたら従魔契約について受付嬢に聞いただろ!と怒られたのだが、説明された覚えはない。
そう伝えると特大のため息を吐いたギルマスは「すまん、こちらのミスだ。本来なら従魔契約についても一通り説明するんだけどな」と謝罪してきた。滅多に従魔契約しないんじゃ情報が抜けてても仕方ない。どのくらいの頻度かっていうと10年に一度あるかどうかだ。
契約してない魔物を野放しにするのは犯罪とのことで、本来なら兵士に突き出されるところだが、ギルド側のミスもあったので黙っていてくれるとのこと。
ウィルは兵士だけど、その辺はいいんだろうか?と視線を向けると「大事な友人を売るような真似はしませんよ」なんてさらっとイケメン発言。俺の友人がカッコ良すぎる。
改めてブルーと従魔契約しようとしたのだが、そこで俺の悪癖が顔を出してしまった。
―――――魔物と契約する魔道具の魔力回路はどんな仕組みをしてるんだろうか?
前世では魔物は倒すべき邪悪な存在でしかなく、契約して従えるなどという技術は存在してなかった。
だから専用の魔道具に興味津々だったのだが、ギルマスがそれを持ってきた途端にはっちゃけてしまい、現在に至る。
ギルマスが結界の外で「うぅ……金貨何百万枚もするのに……」と血の涙を流しているが、そもそも壊してないって。分解して仕組みを把握しながら手探りに改良してはいるけど。
「よし、こんなもんかな」
魔力回路の出来に満足して元の形に戻していく。
見た限り、契約主が魔物に命令を下すだけで意思の疎通とは程遠かったので、従魔と契約主間でのみ会話ができるようにした。
互いの言語を翻訳して念話という形で会話が成り立つようにしたので、これで従魔に食い殺される可能性はぐっと減っただろう。
しかし全ての魔物が言葉を発することはできないと思うので、言語能力が備わっていない魔物は契約主にダイレクトに感情を訴える仕組み。多分ブルーはこっちかな。
もっと弄れば命令に強制力を働かせて契約主を襲わない、命令に忠実に従うようにもできるが……ブルーとはそんな関係になりたくないので止めておいた。
「さて、従魔契約しようかブルー」
結界を解いて傍らで大人しく待っていたブルーに声をかける。
「やっとかよ……てかそれもう使えないだろ?散々弄くり回して使い物にならなくしたろうが」
「失礼ですね、使えますよ。ブルー、ここの穴に魔力を流してくれ」
散々分解したのでどう使うかは理解している。
魔力を流す穴が二ヶ所あり、左の穴が魔物専用。ブルーの隣で俺も右の穴に魔力を流す。
俺とブルーの魔力が時計回りに魔道具を一周し、中心部で互いの魔力が絡み合った。その瞬間、妙な感覚に襲われる。
これが、魔物と繋がった証かな?
魔力が絡み合って眩く光り輝いたあと、ふっと炎が掻き消されるように光が一瞬で収束した。
辺りに沈黙が落ちる。
『ブルー、俺の念話が聞こえるか?』
一瞬驚いたブルーだが、すぐに喜びの感情を伝えてくる。
よし、成功だ。
「ちゃんと繋がりました」
「マジかよ。まぁ、壊してないなら不問にするか」
「ウィル、付き合わせてすまん。お前に言われなかったら何も知らずに牢屋行きになるところだった」
「気にしないで下さい。俺も滅多にギルドへは足を向けないので新鮮でしたし」
「そう言ってくれると助かる」
「今回の件はうちも悪かった。今後このようなことが起こらないよう徹底しておく」
どうにか問題にならずに済んで俺もウィルもホッとした。
しかしふと疑問に思い、部屋を退出する前にギルマスに問いかけた。
「そういえば、レアポーク領でもブルースライムが飼われていたんですが、あれは問題ないんですか?」
ギルマスは微妙な顔になった。
「問題大有りだが……ギルド支部がないとこはある意味無法地帯だからなぁ。そればっかりはどうにも……」
ギルマスの言うとおり国の端にある領地は国の目が届かない無法地帯だからな。法に触れても誰も分からない。ただし、問題が起きても全て自己責任。
ギルド支部がないほどのド辺境だとブルースライムかゴブリンくらいしかいないし、飼うにしてもブルースライム1択だから今まで何も言われなかったんだな。納得した。
疑問も解消してスッキリした俺はウィルとブルーと一緒にギルマスの執務室を出ていった。
この出来事がのちにとんでもない騒動を引き起こすことになるとは微塵も思わずに……
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