第54話、ヒヨコ、ぶちギレる

 ざわっ!


 その表現がぴったりだった。


「にいに、なんかすっごい見られてるー」


「気にしなくていい。お前達のような年端もいかない子供のグループがここにいるのが物珍しいだけだ」


「兄さんも子供だよね?」


 俺達は今、冒険者ギルドにいる。

 弟妹達の身分証を作るためだ。


 しかしノンバード族の集団だからか、冒険者ギルドに足を踏み入れた途端に注目の的となった。

 侮蔑の眼差しはいつものこと。加えて俺には恐怖する視線も突き刺さる。

 弟妹達が不快な思いをするなら魔法で黙らせようかと思ったが、注目されてるなー程度にしか認識してないらしく、どうでもよさげに流して建物内をキョロキョロ。

 この子達が気にしてないならいいか。


 身分証作成のカウンターに向かう。


「すみません。この子達の身分証を作りに来たんですけど」


「はいはー……はいぃぃ!?」


 ぴょんっとカウンターに飛び乗り、いつぞやに世話になったウサギ獣人の女性に声をかけたら、書類仕事をしていた手を止めて明るい笑顔で対応しようとしたものの俺と目が合った瞬間に飛び上がった。

 ……めっちゃ怯えられてる。


「えー、あー、お久しぶりですー。えっと、そこにいらっしゃる小雛さん達のステータスカード作成ですねー?」


 それでもしっかり仕事を全うしようとするその姿勢は好ましい。


「はい。身内です」


「おねーさんこんにちはー!」


「ウサギさん、こんにちはっ!」


 片手を上げて元気よく挨拶する弟1号と妹1号。その横で礼儀正しく頭を下げる弟2号と妹2号。

 手乗りサイズの小さな生き物が挨拶してるの見ると、なんか和む。

 それは受付の女性も同じなようで、ほんの少し微笑ましげに表情を緩ませた。


「元気で良い子達ですねー。すぐに書類を用意するので少々お待ち下さいー」


 ……なんだろう。納得いかない。

 この子達は小雛で俺はヒヨコだ。俺の方が一回り小さくてか弱そうに見えるはず。

 何故俺には怯えるくせにこの子達には気さくに話しかけるのか。


 人数分の書類を揃えて必要事項を記入して下さいーと言われるも、何故か全員動かない。

 どうしたのだろう。読み書き算術は村にいた頃きっちり教えたんだがな。


「どうした?どこか分からない箇所があったか?」


「……兄さん。僕ら、名前ない」


 ちょっと困った顔で弟2号が告げた理由にハッとした。


 我が家、というよりノンバード族は基本名無しだ。

 家を継ぐ長男のみ名前をつけるのが暗黙の了解で、下の子達は一生名無しかもしくは自分で適当に名前をつける。

 家名は一応あるので、呼ぶときは「メルティアス家の三男坊」とかそんな感じ。


 何十匹もポコポコ産まれる種族で、しかも差別されるが故に辺境に追いやられたノンバード族。種族柄、とくに何の取り柄もなく、食っていくためにどうにか農民として暮らしてるのが現状。

 辺境で生まれ育ったただの農民に何十もの名前が思い付くはずもない。

 そんな訳で長男以外は名無しなのである。


 俺は農家を継ぐ気は更々ないのでそのうち実家を継ぐ意思のある子に名前がつけられるだろう。我が家はそこら辺緩いから。


「兄……?ヒヨコなのに……?」


「あの子らどう見ても小雛だよな?なんであのヒヨコが兄なんだ?」


 周囲の冒険者がひそひそと疑問を口にしながら訝しげに俺達を横目に見る。視線が痛い。


 ビシバシ感じる様々な視線を総スルーして、全員の顔を見渡し、そして受付のウサギ獣人を見やった。


「名前がないと登録できませんよね?」


「はいー。というより名前がないひとなんて冒険者ギルド支部がないほどのド辺境にいるノンバード族かスラムのひとくらいですけどー」


 ですよねー。


 さて困った。

 弟妹達が俺に名前をつけてほしいと言わんばかりにキラキラとした眼差しを突き刺してくる。俺が名付けしないと駄目な流れっぽい。

 しかし俺のネーミングセンスは壊滅的だ。ブルースライムのブルーが良い例だろう。

 可愛い天使達に変な名前はつけたくない。

 なんかこう、名前の参考になりそうな辞書か何かないだろうか……


 期待の眼差しを俺に向ける弟妹達。

 困った顔でウサギ獣人に助けを求める俺。

 見かねたウサギ獣人がどこからか分厚い本を取り出した。


「名付けの参考にこちらをどうぞー。よその世界で使われている言語や単語を綴った……まぁ、辞書に似たものですー」


 辞書に近いと言っても、よその世界の情報を集める際に書き殴ったものを模写しただけらしいので、辞書に限りなく近い落書き帳みたいなものだとウサギ獣人は続けて説明。

 なんでそんなものがあるのかと聞いたら転生者の中にはなかなかこの世界の言葉を理解できず、元の世界の言語で話す者もいて、そういうときに役立つのだとか。

 ちなみに辞書もどきはギルドの奥に大量に眠っており、これはその中のひとつに過ぎない。


 ぱらぱら捲ってみると、単語だけ書かれてその意味は書かれていないものが大半。なるほど。確かに辞書に近い落書き帳だ。


 とりあえずその中から良さげな単語をいくつか選抜して名付けする。弟妹達は大好きなお兄ちゃんに名前をつけてもらえた!と大はしゃぎ。可愛い。


 その他必要事項を記入して、ステータスカードが出来上がるまでしばらく待つ。


「にいに!ドラゴンとかいないの!?」


「少し前に俺が倒した」


「ずるい!俺も戦いたかった!」


「お前にはまだ早い。下位の竜種なら討伐できるだろうが……いつかワイバーン狩りに連れていってやるからそうカッカするな」


「やったー!約束だからね、にいに!」


「全く。兄さんは戦うことしか頭にないんだから、もう……」


「お兄ちゃん、また魔道具作りの指導お願いね」


「もちろんいいとも。ウルティア領より素材が豊富だから、色んな性能の魔道具を教えてやれるな。例えば敵を焼き付くすアクセサリーとか、害意のある者が触れた瞬間吹っ飛ばす防具とか」


「わぁい!楽しみー!」


「お姉ちゃんまではしゃいでるし……」


 待ってる間は楽しく雑談。

 ヒヨコと小雛、一見可愛い小鳥達がのほほんとお喋りしているだけの微笑ましい光景である。

 なのに何故か周囲の冒険者が顔を引きつらせ、あるいは青ざめて俺達から距離を取った。


 むぅ。解せない。


「はーい、できましたよー!フィードさんのご家族なら魔力使えますよねー?ではこちらのカードに魔力を流して下さいー」


 ウサギ獣人からカードを手渡される。

 何も書かれていない真っ白なカードにこてんと首を傾げている面々に魔力を流すように言い、その指示に従って魔力を流せばふわりと浮かび上がる皆のステータス。



――――――――――――――――


レルム・メルティアス


年齢/4歳  性別/男

種族/ノンバード族


体力/580/520

魔力/156,000/153,200


冒険者ランク/-


称号/ブラコン、脳筋、戦闘狂


――――――――――――――――



――――――――――――――――


レイン・メルティアス


年齢/4歳  性別/男

種族/ノンバード族


体力/270/210

魔力/82,000/82,000


冒険者ランク/-


称号/ブラコン、腹黒、ヤンデレ


――――――――――――――――



――――――――――――――――


ノヴァ・メルティアス


年齢/4歳  性別/女

種族/ノンバード族


体力/320/280

魔力/135,000/135.000


冒険者ランク/-


称号/ブラコン、魔道具大好き、研究者気質


――――――――――――――――



――――――――――――――――


セルザ・メルティアス


年齢/4歳  性別/女

種族/ノンバード族


体力/240/170

魔力/68,200/68,200


冒険者ランク/―


称号/ブラコン、お金大好き、メルティアス家の財布


――――――――――――――――



 順番に弟1号、2号、妹1号、2号だ。

 なんか全員はじめの称号がブラコンなんだけど。皆家族が大好きなんだな。


 レルムはちょっと頭使うことを覚えさせた方がいいかもしれない。称号にまで脳筋と書かれているじゃないか。

 レインのやんでれ?ってのはなんだ。なんとなくやばそうな気がするのは俺だけか。

 ノヴァ、我が同士よ。俺と一緒に魔道具作りに明け暮れる未来が垣間見えたぞ。

 セルザ……メルティアス家の財布ってなんだ。俺の知らないうちに我が家の家計を握ってたのか。


 ツッコミどころ満載なそれを掲げて「身分証ゲットー!」と浮かれている面々を微妙な表情で眺めてしまった。いや、うん。多少のことには目を瞑ろう。

 ウサギ獣人はうっわー……という顔で「軒並み魔力量がおかしい……どうなってるのメルティアス家……」と頭を抱えていた。

 200あれば多いと言われているのに5桁6桁いけば頭抱えたくもなるか。おそらく我が家では通常運転なので慣れてほしい。


 身分証も手に入れたことだしさっさと帰ろう。初めての旅に疲れているこの子達を休ませないと。

 そう思って冒険者ギルドを出ようとしたら、逆に入って来ようとした冒険者に行く手を阻まれた。


「おいおい、いつからここはお子ちゃまの遊び場になったんだぁ?」


 にやにやと嫌な笑みを浮かべて見下ろしてくる男。ヒキガエルみたいな面をしているそいつに生理的な嫌悪感を抱いた。


 こき下ろすような態度だが何も間違ってない。実際子供だし。

 レルム達はちょっとムッとしたけど何も言わなかった。男の横を素通りする。

 俺も嫌味を言われるのはいつものことと受け流し、レルム達と共に外に出ようとした。

 視界の隅にヒキガエル男を諌めようとする冒険者がいたので大丈夫だろう。


 そう思って、油断した。


「……チッ。ノンバード族ごときが」


「きゃあっ!?」


 俺達に無視されたのが頭にきたらしい。

 ヒキガエル男は舌打ちし、男に一番近い距離にいたセルザを蹴飛ばした。


 コロコロと転がった先で慌てて冒険者が受け止めてくれたのでどこかにぶつかったりはしなかったが、額から血が流れた。

 それを見た瞬間、俺の中の何かが切れた。


「…………俺の大事な妹を、傷付けたな?」


 ぶわり。

 膨大な魔力が俺を中心に渦を巻く。


 俺がここまで大量の魔力を放つことなどなかったのでレルム達は唖然としている。

 周りの冒険者もギルド職員も、あまりの魔力量に腰を抜かしたり気絶したりしている。

 セルザを蹴飛ばしやがったヒキガエル男も例にもれず、魔力なしだと思い込んでいた俺から放たれる膨大すぎる魔力の威圧に耐えきれず腰を抜かした。


「な……なな、なんで魔力が……ノンバード族のくせに……」


 口をパクパクさせて現状を理解するのを拒むヒキガエル男を問答無用で拘束する。結界に閉じ込めたとも言う。

 そしてヒキガエル男を包み込む結界が赤みを帯び、やがて結界内が炎で埋め尽くされた。

 燃え盛る炎が容赦なくヒキガエル男を焼かんとする。


「うぐあああああっ!?あつい、熱い熱い熱い熱い!!」


 全身に火傷を負い、もがき苦しみながら結界を叩き、ここから出してくれと懇願する男を全ての感情を根こそぎ落とした顔で見つめる。


 嫌味だけならまだ許容できた。

 だが俺の可愛い妹を傷付けるなんて到底許せない。このまま葬ってくれる。


 冷静な部分をどこかに放り出した頭で、ヒキガエル男を殺してやろうとヒヨコの手を前に掲げた、そのとき。


 突如閃光が迸り、俺達の視界を奪った。



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