第55話、一方その頃王都では

 エルヴィン王国、またの名を獣人王国。


 国民の7割以上が獣人の一風変わった国である。


 獣人の特徴は様々で多岐に渡るが、主な特徴は武力に優れているということ。エルヴィン王国ではそういった武に秀でた者、あるいは才能がある者は積極的に戦力に組み込んでいる。貴族も平民も、それどころかスラム出身の者でさえ、才能があると判断されればその筋の教育機関に委ねられる。

 平民やスラム出身の者は国から手厚く援助される。しかも、そういった者達は大抵が国防を担う重要な戦力となるので援助は惜しまれない。


 それにも理由があった。エルヴィン王国には予知に関する特殊な魔法が存在しており、一定の基準をクリアした人にのみ予知魔法の使用許可が下りる。

 魔法の一種であるそれは百発百中とまではいかないものの、かなり正確に未来を引き当てる。その者が重要な戦力足りうる者の輝かしい未来を予知しているのだ。

 もちろん全ての人材を発掘できるほど未来を見通している訳ではないが、予知専門の魔導師の存在が戦力増強に繋がっているのは間違いない。


 何故こうまでして戦力を増強しているのか。

 それは獣人に排他的な他国に滅ぼされないためだ。


 獣人を差別する者はこの世界には圧倒的に多い。中には、獣人は魔物の一種だと信じて疑わない者もいる。レノン神聖国の人間がその最たるものだ。


 その昔、度々言いがかりをつけては戦争を吹っ掛ける国は後を絶たなかった。しかしエルヴィン王国はその強大な軍事力でそれらを捩じ伏せ、黙らせてきた。

 エルヴィン王国は確かに武力に秀でた国ではあったが比較的穏やかな気質な者も多く、戦争に発展しても敵の被害を最小限に留めることが大半だったのだが、慈悲を与えてもしつこく攻めてくる国についに堪忍袋の緒が切れた国王が敵国を蹂躙し、滅ぼしたという歴史を持つ。


 かの国に武力で勝る国はなく、この世界で最も広大な国土を誇るリンドネル帝国のそれよりも数段上であり、武術の至宝と言われるほどだ。

 それ故にエルヴィン王国は不可侵領域とされ、下手に藪をつついて猛毒の蛇が飛び出さないよう同盟を結ぶ国が相次いでから久しい。

 当然同盟を結ばずいまだに敵対している国も存在するが、冷静に考えて戦においてはかなり分が悪いと分かっているため不干渉を貫いている。


 各々の思惑はどうであれ、こうして獣人達の平和は保たれているのだ。




 そんな獣人の楽園の如き国・エルヴィン王国、その王都・ヴィンクスの王宮、玉座の間。


 玉座に座る精悍な顔立ちの男が眉間に深いシワを刻み、低く唸った。


「………進捗は」


「芳しくない、とのことです」


 傍らに控えている老齢の宰相がややしわがれた声で返事する。


 苦虫を噛み潰したような顔で眉間のシワを無意識に増やす国王。

 本来誰もが見惚れてしまうほどの麗しい美貌が台無しだ。心なしか、丁寧に手入れされているはずの黒髪が艶を失っている気もする。

 頭の上にぴょこんと生えたウサギの耳が彼の近付き難い雰囲気を幾ばくか和らげていた。


「発生源は未だ特定できておりません。第3騎士団と、新たに第4騎士団も王都周辺の警戒に当たらせていますが、それらしき兆候は全くないと」


「せめて僅かでも兆候があれば対処しようがあったものを……予知の方もか?」


 沈痛な面持ちで黙する宰相。思わしくない結果であることは一目瞭然だ。

 国王と宰相は示し合わせたように同時に重いため息を吐き出した。


 二人が話しているのは予知専門の魔導師が予知した最悪の未来、すなわちスタンピードのことだ。


 スタンピードとは、大量の魔物が発生して街を襲う現象である。

 空気中の魔素が何らかの弾みで不自然に増大し、それが魔物の大量発生に繋がると推測されている。

 普通、魔物は街に襲いかかるような真似はしない。

 だがスタンピードで発生した魔物は積極的に、というより怒り狂ったように大きな街へと進軍する。

 もし対処が遅れれば国が滅びてもおかしくない。実際、スタンピードで滅びた小国がいくつかあるのだから。


 スタンピードの魔物が大きな街を襲う理由は、魔力の濃度が高いからである。

 生き物は皆大かれ少なかれ魔力を持つ。その魔力を使えるか否かは本人の努力と種族・資質次第だが、魔力を一切持たない者などいない。

 ゆえに、生き物がより多く集まる場所に引き寄せられているのだ。


 王都ヴィンクスは王国の首都なだけに当然国で一番栄えた都市だ。スタンピードが起こった場合、真っ先に狙われる可能性が極めて高い。


 そんな危険極まりない予知があったからこそ、国王も宰相もいつになく重苦しい空気を放っているのである。


「引き続き警戒せよ。そういえば、アネスタの方は?」


「はっ。問題ないでしょう。そう何度も竜種が居座るような土地ではありませんから」


 いつまで経っても光明が差さない話題など早々に放棄し、思い出したと言わんばかりの声音で国王が別の話題を引っ張り出す。


 スタンピードに比べたら可愛いものだが、こちらも結構な大事だ。

 何せ竜種。ドラゴンだ。街ひとつ壊滅させるのなんて朝飯前なドラゴンだ。そんなのが田舎領地の火山に居座っているとスタンピード予知に続いて報告を受けたときは何かの冗談であってほしいと切に願ったものだ。残念ながら現実だったが。


 スタンピードに備えて戦力を分散する訳にいかず、騎士団を派遣できなかったことが心底悔やまれる。


「賢者が表れて僥倖でしたな」


「………」


 再び国王の眉間に深いシワが刻まれる。

 宰相も僥倖だと言う割りには然程喜んではいない。


 それも当然の反応と言える。

 大昔に賢者の称号を持つ者がこの世界で何をしでかしたかを知る者にとって、賢者とは地雷なのだ。


 もちろん大昔の賢者が異端なだけで、本来賢者とは世界に繁栄をもたらす存在であることは重々承知している。その点だけを鑑みれば自国に賢者がいるのは誠に喜ばしい。

 しかし地雷であることに変わりはない。

 異端の賢者であれば再び世界が混沌と化す可能性があるし、他の賢者であっても一歩間違えば国が消える事態になり得るのだから。


 異端の賢者ではないのがせめてもの救いだが、生まれ落ちた種族に問題大アリだった。


 ノンバード族。あのノンバード族だ。

 体力も魔力もなく最弱と蔑まれ、辺境に追いやられ、そうでなければ使い捨ての駒にされ、ヒヨコや小雛であれば愛玩奴隷となって売り捌かれることもある、最底辺の象徴とまで言われる種族。

 この世の理不尽全てをぶつけられる、ストレスの捌け口として利用される、憐れな種族。


 そんな種族に賢者が生まれてしまったのだ。

 賢者だなんて知るよしもない大多数の者は当然他のノンバード族と同じ対応をする訳で……


 考えるだけで頭が痛い。


 異端の賢者のあとにこの世界に生まれた賢者が理不尽に命を奪われ、そのせいで滅びた国があるというのに。

 何も知らない者達が同じ理不尽を繰り返すかもしれない。その結果この国がどうなるのか……どうなってしまうのか、それは誰にも分からない。


 しかしスタンピードに気を取られてこのまま放置する訳にもいかず、つい先日、監視役を買って出た彼を向かわせた。


 その彼を思い出して哀愁を漂わせる国王。


「なぁケイオス。あの子は私を嫌ってるのか……?」


「何ですか急に。嫌われてはいないと思いますが……」


「では何故賢者の監視役なんて危険な任務を自ら進んで買って出るんだ。むしろ許可を出す前に飛び出したんだが」


「やんちゃなお年頃なのでしょう。陛下も若い頃はしょっちゅう王宮を脱走しては危険に首突っ込んでましたし」


「違う。あれは私と同類なのではない、断じて!お前も見ただろう!?私に向けたあの冷ややかな眼差し!まるで氷のようなあの目!私は父上をあんな路端の石ころを見る目で見たことなんぞない!!」


「……どうでも良さげではありましたね」


「父親なのに!実の父親なのにィ!!」


 スタンピードの予知、辺境のレッドドラゴン、ノンバード族の賢者の爆弾コンボで大分疲弊していたガラスのハートが愛しい息子の反抗期で粉々に砕けた。


 国王、目に涙を浮かべている。


 玉座の間にいるのは国王と宰相だけ。産まれる前から王宮に仕えている気心知れた宰相相手なので本音が駄々もれであった。


「まぁまぁ。それも致し方ないかと。殿下のステータスカードはご存じでしょう?」


 外に聞こえるので声を落として下さいと注意しつつ、子供を宥めるような声色で諭す宰相。


 ぐっと言葉に詰まる国王。

 ……それを言われたら何も言えないではないか。


 押し黙る国王を見て苦笑を溢しつつ、仕事の続きを促す宰相であった。


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