第53話、我が家の現状

 久々に天使達に癒されていた俺だが、グレイルさんが行商から帰ってきたばかりだということをハッと思い出した。


「疲れてるところをすみません」


「気にしなくていいよ。それより、フィード君がお兄ちゃんなのかい?この子達小雛だよね?」


「……こう見えて5歳です」


「えっ?」


 グレイルさんは朗らかに笑って流してくれたが、いつまでも玄関で立ち話するのもアレなので応接間に向かう。もちろん弟妹も一緒だ。


 5歳だと言ったらグレイルさんが固まったけどどうしたのだろう。年齢のことは言ってなかったっけ?まぁいいか。


 家族と再会できたのは嬉しい誤算だが、何故わざわざ村を出てきたのか問い質さないと。

 もし俺に会うためだけに村を飛び出したとかならきっちり実家に帰すつもりだが、そうでないならいったいどんな事情があるのか。


 主の旅の疲れを取るために従業員らが執務室に行こうとしたグレイルさんを強制的に私室に連行したので、応接間にいるのは俺達メルティアス兄弟のみ。


「それで、なんでアネスタに?」


「出稼ぎに来たんだよ」


 代表で答えたのは弟2号だった。


「出稼ぎ……?」


 ウルティア領では、村に隣接する広大な山々から日々の糧を得て生活している。メルティアス家も例に漏れず、山菜を採ったり動物を狩ったりしていた。


 たまに弟妹達が狩り尽くす勢いで動物を狩っていたりもしたが、狩りすぎたそれらは近隣に配ったり、余ったら俺の収納魔法に入れたりしていたので毎日狩り尽くすなんてことはなかった。

 俺の収納魔法に入れていた動物は家族のためにと自作のお粗末な氷室に入れておいたが、村を出る前に弟2号に収納魔法を教えたのでそれも無用の長物。腐敗を気にせず使えるのだ。

 それもかなり大量にあったから、育ち盛りの子供達のことを考慮しても半年は持つ。


 そんな訳で、わざわざ出稼ぎに行かなければならないほど困窮はしていないはず。

 買い物だってたまに来る行商人からしか買わないし、それ以外で金銭が発生する案件はないだろうに。


 俺が思いっきり頭上にクエスチョンマークを浮かべているのに気付いた弟2号が苦笑した。


「実は、兄さんが村を出てからまた兄弟が増えたんだ」


「今120匹いるの。もちろんお兄ちゃんも含めてね」


 妹1号が補足する。


「どんだけ増殖してんだよメルティアス家!」


 思わず突っ込んだ。

 いや、これ、突っ込まずにはいられないだろ。


 元は40匹で、確か俺が村を出て行くときに60匹に増えていた。

 それから更に倍の120匹だと?何があった両親よ。


 いや待てよ、繁殖力だけがノンバード族の取り柄だと母が言っていたな。まさかこれノンバード族では普通なのか?ノンバード族あるあるなのか?


「僕らの種族では普通のことらしいけど、それでも数がちょっと異常だよね」


「あれかな?フィード兄が魔力の血栓を抜いた影響で卵を産みやすくなったのかな?」


 それは……あるかもしれない。


 解放した魔力が活性化し、そのせいで子供を産みやすくなったのだとしたら、120匹兄弟というアホみたいな数になってしまったのも頷ける。


 そうか。原因俺か。


 がっくしと項垂れる。

 兄弟が増えるのは喜ばしい。喜ばしいが、数がちょっと……まぁ最終的には皆可愛がるんだろうけど。


 すごいな母よ。目指せ100匹と豪語して有言実行するなんて。

 もうウルティア領の人口半数近くメルティアス家じゃないか。

 ノンバード族の繁殖力半端ない。


「流石に全員分の食料を用意するのに手間がかかってね。兄さんや僕らが狩った大量の動物でどうにか食い扶持繋いでるけど、何日持つか分からないし……」


「えー、また山の動物狩りつくしちゃえばいいじゃん!」


「それじゃ駄目だってば脳筋兄。仮に山の動物を狩り続けたとしたら他の村人の分がなくなっちゃって皆に怒られるよ」


「山はいっぱいだけど、これから先何年も人数分狩っていたら山から動物が消えちゃうから……」


 悩ましげにため息をつく弟2号に、弟1号が閃いた!とばかりに提案し、妹2号が微妙にディスりながらそれを一蹴し、困った風に眉を下げて諭す妹1号。


 総勢120匹もの食料を用意するのは骨が折れることだろう。ここにいる5匹を除外しても115匹。収納魔法に眠っている動物だけでどこまで持つやら。そしてそれが底をつき、山へ狩りに行ったら山が干上がるまでのカウントダウン開始だ。

 確実にウルティア領主に怒られる案件だな。


 なるほど、それで出稼ぎに来たのか。

 領内だけで食料が賄えないから街に来たと。切実な問題だな。

 しかし聞くところによると、どうやって稼ぐかはまだ決めていないらしい。


 出稼ぎに来たのに無計画すぎないか?と思わなくもないが、それも致し方ない。

 なにせ金銭がほとんど発生しないような辺境領地から一歩も出たことがない生粋の田舎者だ。金の価値をほぼ理解していない子達に金稼ぎの計画を立てろというのも無理な話である。

 久々に勉強会の予感。


「兄さんから少しずつ貰ったお小遣いのおかげで街に入ることができたよ。ありがとう」


 弟2号が礼を言い、それに続いて他の兄弟も礼を言う。


 そういえばボールの魔法の教師になってからというもの、少ない給金を弟妹達にお小遣いとして与えてたな。

 当時は街に入るための資金にとか全くそんなことは考えなかったが、役に立って良かった。


「門番の人に冒険者ギルドでステータスカードを発行すれば通行料はいらないって言われたんだけど、兄さん案内してもらえる?まだ街に着いたばかりで色々と不安なんだ」


「黒い耳の怖い人だったー」


 ああ、ウィルだな。

 自分を怖がっているうちの弟妹達にも親切にするとは、なんて心根の優しいやつなんだ。今度お礼を言わないと。


 弟2号の可愛いお願いに一も二もなく快諾する。

 いいぞ。兄ちゃんがこの街を案内してあげるからな。

 もう何ヵ月もここにいるんだ、案内するくらいわけもない。


「そうだよ、冒険者ギルド!ねぇにいに、冒険者って何!?なんかすっごい楽しそうな響きなんだけど!」


 冒険者ギルドという単語に真っ先に反応したのは弟1号だった。


「主に魔物を討伐して金を稼ぐ職業だな。他にも採取系の依頼や街の雑用の依頼とか色々あるけど」


「魔物の討伐がお仕事!?楽しそう!俺冒険者になる!」


 そうかぁ。弟1号は冒険者になりたいかぁ。

 頑張ってランクを上げるんだぞ。


 魔物の肉も食用のものが結構あるから、それを実家に送ればいいんじゃないかな?多分、弟2号以外にも収納魔法使えるやつはいるだろうからその子に預ければ鮮度は保てるし。

 討伐した魔物の肉と稼いだ金で買った食料があればどうにかなるだろう。

 尚、稼いだ金をそのまま仕送りするという発想はない。

 何故かって、金を使う概念がほとんどないド田舎だから。


「冒険者以外でお金を稼ぐにはどうしたらいいかなぁ……?」


 妹2号がおずおずと聞いてくる。


 うーん……まだノンバード族差別が根強いから、どこも雇ってくれないだろう。

 となると冒険者として身を立てるか、俺みたく商売に携わるか。それも店頭販売とかではなく、商業ギルドに登録して委託販売する感じの。


「魔物を討伐して稼ぐか、魔道具を作って売るかの2択だな」


「うーん、そっかぁ……魔物討伐、魔道具……」


 妹2号は魔物討伐も普通にできるし魔道具製作もできない訳ではないが、器用貧乏とでも言うのか、何か突出したものはない。

 だからこそどちらにするか悩んでるのだろう。


「私は魔道具を作りたいな。モノを作るの楽しいし」


 妹1号は魔道具作りが好きだったな。ならこの子は商売関係で決まりだ。


「僕はとりあえず、討伐依頼をこなしながら兄さんの手伝いしようかな。……それに、この街に着いてからやりたいこともうんと増えたしね」


 弟2号は魔物討伐と魔道具作り、どちらにも携わる方向らしい。

 やりたいことが増えたと言うが、多分初めての街で興奮してるゆえに色々なことをしたくなったのだろう。

 理知的で頭が良い弟2号が見せる子供らしさに微笑ましくなった。


「……奴らの顔はきっちり覚えた。いつか絶対抹殺する。社会的に」


 あれ?おかしいな、弟2号の方からボソッと子供のものとは思えぬほど低い声で不穏な言葉が吐き出されたぞ。空耳かな?


 びっくりして思わず凝視すると、それに気付いた弟2号がふわりと天使の微笑みを浮かべた。


「兄さん、冒険者ギルドに行こう?身分証は早めに作った方がいいし、それに1号兄さんが今にも飛び出しそうだ」


 うん、空耳だな。

 うちの可愛い天使が抹殺とかそんな物騒なことする訳ない。


 もしそんなことをするなら悪いのは相手だ。うちの子が意味もなく悪行に手を染めるなんて有り得ないからな。


 そうやって勝手に納得し、弟2号に言われるままに俺達メルティアス兄弟は冒険者ギルドに行くことになった。


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