第42話、賢者について

「この世界において、どの国にも共通する法律があります」


 早速切り出したのは辺境伯だった。


 なんで突然法律の話?


「賢者の称号を持つ者に関する法律だ」


 ギルマスが補足する。


 賢者に関する法律?

 法律ができるほど賢者って偉い称号なのか?と思ったが、どうやらそんな単純な話でもないらしい。


 大昔、この世界に賢者がいた時代がある。

 現代よりもずっと進歩した文明を造り出し、その賢者がいた国のみならず世界中に繁栄をもたらした。


 当時の王族でさえも貧しい生活を送っていた過酷な時代、人々の生活は豊かになり、国は栄え、それだけでなく時には戦争を止めたりもしており、誰も彼もがその賢者に感謝した。


 順風満帆で幸せに満ち足りた日々。

 しかし突如として惨劇が起こった。


 それまで人々のために身を粉にして活躍していた賢者が自国を滅ぼしたのだ。何の前触れもなく。


 人々は混乱の渦に飲み込まれた。世界を繁栄させた張本人がいきなり悪の親玉に回ったんだ、当然といえるだろう。

 その賢者は自国だけでなく周辺国も滅ぼし、この世界をぶち壊そうとした。


 しかしその目論見は看破される。

 賢者の進行方向の先にいた妖精族が賢者を撃ち破ったのだ。


「……ん?妖精族?」


 途中で聞き慣れない単語が出て首を傾げる。


「人族、魔族、獣人族。今はこの3つの種族しか存在しないが、大昔は妖精族ってのがいたんだよ」


「前世で見たことありませんかな?不老長寿のエルフや、鍛冶に秀でたドワーフ、子供好きのピクシー、魔法の補助をしてくれる精霊など」


「いえ。前世では人族と魔族しかいなかったので」


 へぇ、そんな種族がいたのか。

 ……興味深い。特に精霊。魔法の補助をしてくれるだって?研究の助手にぴったりじゃないか。

 今はいないってことは滅びたのかな?


 俺の思考を読んだかのようにこくりと頷く二人。


「賢者を撃ち破った際、被害が大きく、滅びたと言い伝えられてます」


 むぅ、残念だ。前世にはいない種族、それも魔法絡みの種族だからとても興味を惹かれるのだが……いないものを求めても仕方ない。諦めよう。


 話を纏めると、世界に繁栄をもたらした賢者が何故か世界の敵に回り、世界を滅ぼしかけた上にひとつの種族を根絶やしにしたってことだな。

 字面にするととんでもないな。


 つまり、賢者を見つけたら国を追い出すとか、危険因子を排除するとかそんな感じの法律か?いやでもそれならあんな丁寧な対応されないだろうし、アネスタ辺境伯のこの態度も説明がつかない。


「妖精族のおかげでどうにか持ち直しましたが、被害があまりにも多く……以来、賢者の事柄はタブーになりました。しかし数百年後、再び賢者が現れたのです」


 同じ世界に同じ賢者が何回も生を受けるとは考えにくい。

 無数に存在する世界で賢者と呼ばれる者は複数人いるらしいから別の賢者だろう。


「あらゆる世界を通して賢者が複数存在していることを、当時の人々は知りませんでした。故に、賢者は世界の害悪と見なされ……発見次第、抹殺されました」


 おいおいいきなりか。


「その後、間を置かずに賢者を殺した国が消えました」


「消えた?」


 突然話が飛んだんだが。


「世界に繁栄をもたらす重要人物を問答無用で害し、天罰が下ったのでしょう。生き物が引き起こせる規模のそれではなかったそうですので。それから長い刻をかけて賢者について調べてきました。複数賢者がいることや、世界を滅ぼそうとした賢者が中でも異端であることなどをね」


 よその世界の賢者のことなんてどうやって調べるんだ?と一瞬思ったが、俺みたいに前世の記憶を持つ者から情報を集めたりしたんだろうと考え直す。


「それ以降、賢者は存在自体が不可侵になってな。賢者の怒り、ひいては神の怒りに触れぬよう作られた法律が賢者の称号を持つ者の意思に反する事柄を禁ず。自由に生きていいからうっかり世界を滅ぼしてくれるなよって感じだな」


「貴方様は王族よりも権威をお持ちです。例えば平民が王宮に招かれたら断れませんが、貴方様なら断っても誰も咎めはしません。賢者様というのはそれほど畏怖の対象でもあり、世界の重要人物でもあるのです」


 ギルマスの説明にアネスタ辺境伯が言葉を付け足す。


 今まで深く考えてこなかった賢者の称号。

 それがまさかこんな大事になるなんて……


 ステータスカードを取り出して賢者の二文字を目で追う。


 これから先、街を出入りするときやギルドでどうしてもステータスカードを使うから隠すことはできない。

 ステータスカードに隠蔽魔法をかけようとしても無駄だ。魔法を弾く特殊な素材が組み込まれているからな。

 どうしたって俺が賢者である事実は露呈してしまう。


 アネスタ辺境伯もれっきとした貴族だ。賢者が現れたことを国の上層部に伝えるだろう。

 そしておそらく、あちらさんから何らかの接触があるはずだ。

 自由が保証されていても、完全に放置はされない。最悪、監視がつくことも予想しておこう。今の話だとそれくらいは有り得る。


「……だとしても、やることは変わらないな」


 王族が俺に関心を持とうが、監視されようが、どうだっていい。


 俺のやりたいことはただひとつ。

 魔法絡みの研究。それだけだ。


「世界がどうとか、そんなスケールの大きい話はよく分かりません。俺はただ、魔法に関する研究をしたいだけ。その邪魔になりさえしなければあとは好きにして下さい」


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