第43話、馬鹿と天才は紙一重と言いますが

 フィードが異端の賢者ではないことにギルマスは密かに安堵していた。


 賢者の称号を見つけたときは冷や汗が止まらなかったが、このヒヨコは世界の明暗なんぞ知るか!な態度が如実に現れており、少なくとも自ら進んで敵に回るようなことはないと短い付き合いの中で分かった。


 興味のないことにはとことん関心を示さず、逆に興味を惹かれる事柄に関しては異常なほど執着する。学者気質とも言えよう。

 周囲への配慮が些か足りていないのがたまに傷だが、それを含めても人格に大きな問題はなさそうだ。

 進んで世界をどうこうする人物でないならそれだけで安心した。


「ちょっと聞きたいんですが、ワイバーンとユニコーンとサンダーバードの生息地ってどこですか?」


 ギルマスに視線を固定して問うフィード。


 ギルマス、固まる。

 何故通常なら討伐が難しいBランク以上の魔物の生息地を聞きたがるのか。


 その辺を散歩するような感覚でAランクのレッドドラゴンをあっさり討伐する目の前のヒヨコの実力を疑っているのではない。そうではないが、疑問が残る。

 いや待て、確かこのヒヨコは魔道具をつくれるんだったか。ならこれも素材収集の一環か。


 ワイバーンは王都周辺の山に、サンダーバードは王都から北に進んだところにある渓谷に生息している。ちなみにどちらもBランクだ。

 しかしユニコーンだけは生息地が判明しておらず、また、発見するのが非常に困難なため、Aランクに分類されている。

 実力だけならBランクの冒険者でも倒せるが、見つけるまでが困難を極めるためAランク指定されている。


 それを伝えるとフィードは首を傾げ、「この世界のユニコーンは一ヶ所に留まらないのか……」と少し残念そうに呟いた。

 どうやら彼の前世の世界ではユニコーンに生息地があるのが常識だったらしい。


「それらの魔物も賢者様の研究に役立てるのですか?」


 少年のように目を輝かせるアネスタ辺境伯。

 この男は賢者に憧れている。否、崇拝してると言ってもいい。


 大昔の異端の賢者を除く他の賢者は世界を正道に導く存在と言い伝えられている。

 長い歴史の中、賢者にまつわる情報をかき集め、そういった文献を後世に残してきた。

 その文献は世界中に分布され、貴賤など関係なく多くの人々の目に触れた。


 王族や貴族は賢者に関する文献に目を通すことが暗黙の了解で半ば義務となっており、アネスタ辺境伯もその文献に目を通した一人だ。

 そしてその文献に載っている真っ当な賢者の思想に胸打たれ、賢者に憧れを抱くようになったのだ。


 アネスタ辺境伯の問いに頷くフィード。

 更に目を輝かせたアネスタ辺境伯がどんな研究をしてるのかと続けざまに問うと、フィードの纏う空気がガラッと変わった。


 充血しそうなほどギラギラと獰猛な目になり、口元にはニヒルな笑みを浮かべ、小さな身体を前のめりにさせた。

 ギルマスは既視感を覚えた。

 この感じ、身に憶えがあるぞ。


 以前何度か依頼しに来た学者と同じだ。

 自らの研究のためにとんでもない無茶振りを通し、無理難題を吹っ掛ける、狂人学者と同じ雰囲気だ。


「よくぞ聞いてくれました。今一番力を入れてるのが空を飛ぶ魔法の開発と誰もが手軽に転移できる魔道具の製作です。遠くの場所に一瞬で移動できる転移魔法は存在するのに、何故空を飛ぶ魔法が存在しないのか。その疑問を抱き開発に取り組みました。空を飛ぶ魔法が確立できれば鳥系の魔物を討伐するのが随分と楽になるでしょう。風魔法でも飛べなくはないですが、飛行中延々と魔力を消費しますからね。それだと効率が悪すぎる。風圧で物体を浮かすのではなく、重力で物体を浮かせて風魔法で飛行中の軌道修正をした方が魔力消費を抑えられるし応用もできます。そして転移の魔道具は先に述べた通り誰もが手軽に利用できる魔道具にしたい。俺自身は転移魔法が使えても周りが使えないとなると手が放せない研究の途中で素材が足りなくなったときとかに部下に行かせることもできませんからね。魔道具作りは時間との勝負なときもあるので、転移の魔道具は必要だと思い製作に踏み切りました。現段階ではかなり大掛かりなものになる計算なので魔道具というより巨大な装置に近いですね。前世ではどちらも志し半ばで終わってしまいましたが、今世では絶対にやり遂げてみせます」


 陶然とした表情で熱く語るヒヨコ。

 フィード節炸裂。


 相づちをうつことすら許さんとばかりに早口でまくし立てるヒヨコに、ギルマスはげんなりした。


「素晴らしい!この世界には転移魔法すら伝説級なのに、飛行魔法をも編み出そうとするなんて!」


 アネスタ辺境伯は目の輝きを増幅させている。その鋼の精神を1割だけでいいから分けてほしい。


「ですが、言われてみると確かに不思議ですね。飛行魔法よりも転移魔法の方が難易度が高そうなのに、飛行魔法は文献にも載っていないなんて……」


「どちらも大昔に完成してはいたが、何らかの原因で飛行魔法だけが文献から消えた、という可能性もあります。もしくは飛行魔法の有用性に誰も気付かなかったか……どちらにせよ、必ず開発してみせますけどね」


 執念に燃える眼差しに、このヒヨコならいずれ開発しちゃうんだろうなぁと疲れた表情で天井を見上げながら思うギルマス。


「ですが、それも当分先ですね。前世で所持していた素材と設備を持って来れたらすぐにでも取り掛かれたのですが……ああ、なんて惜しい。世界を渡る方法があれば今すぐにでも持ってくるのに」


 しばらくは素材と資金集めでいっぱいいっぱいだなぁ、と至極残念そうに呟くフィードに思わず突っ込みたくなった。

 前世の死に対しては思うところがないのか!?と。


 前世の記憶を持つ者は基本、前世での死に際の状況にトラウマを抱えていたりするものだが、このヒヨコはまるで気にしていない。どこまでも研究一筋である。いっそ清々しい。


「あのとき希少な魔導書を読みに行かなければ完成していただろうか……二兎を追う者は一兎をも得ずというが、まさにそうだったな。あの魔導書も半分しか読めなかったし……」


「魔導書……?」


 フィードの独り言に思わず水を差してしまった。

 だがそれを咎めることもなく、流れるように言葉の劇物をぶちこんだ。


「極寒の土地にある図書館にその世界でたったの二冊しかない魔法関連の希少な本がありまして。防寒着を着ずに無我夢中で読書に耽っていたらいつの間にか死んでました」


 若干照れくさそうに言うフィード。

 ドン引きするギルマス。


 魔法関連になると見境がなくなるのは理解した。だが限度というものがあるだろう。


 このヒヨコ、ひょっとしたら馬鹿かもしれない。



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