第34話、ヒヨコVS黒猫少女

 なんだ、この猫。


 ギラついた目で見てくる黒猫の獣人に疑問符を浮かべる。

 だが観察する隙を与えないとばかりに続けざまに足が飛んできて思考を中断させられた。それを危なげなく避ける。


「ん~っ!強いにゃ~!」


 難なく避けたら嬉しそうに声を上げた。


 ふむ。理由は分からないが、戦いを挑まれているらしい。

 黒猫少女の目を見る限りノンバード族だからと絡んできた訳でもなさそうだ。どちらかというと強者に遭遇した戦闘狂の目に近い。


 冷静に黒猫少女を分析してる間にも奴の攻撃は止まらない。

 身体強化してそれらを避け続ける。避けた矢先に黒猫少女の拳と足が床や壁を破壊してるが。

 ドゴッやらバキッやら物騒な音がギルド内に響き渡る。誰が修理するんだこれ。


 にしても、強いな。

 あそこまで速く動けるのにもびっくりしたし、パワーファイターなのにも驚いた。のんびり屋、自由、穏やかの三拍子な猫系の獣人なのに。


 そこでふと思い付いて魔力の流れを見てみる。

 グレイルさんの魔力眼は意識しなくとも常に魔力の流れが見えている状態だが、魔力眼持ちじゃなくとも魔力の流れは見える。

 かなり集中しないと無理な上に魔力眼ほど詳細には見えないけど。


「……なるほど。身体強化してるのか」


 魔力の動きを見て黒猫少女の強さに納得した。

 腕や足など、部分的に身体強化を施している。全身を強化していない分、無駄がなくて動きがいい。


 俺の呟きを拾った黒猫少女が一旦攻撃の手を緩めて首を傾げた。


「にゃ?アタシ、魔法なんて使えないにゃ。魔力はいっぱいあるけどにゃ~」


 どうやら無意識だったらしい。


 無意識に部分強化できるのもすごいな。全身強化なら無意識でやってのける人もいるが、部分強化はあまりいない。

 魔力の使い方が分からないか、あるいは魔力はあるけど意識しては使えないタイプの獣人かな?

 ノンバード族のように魔力の血栓で封じられてる訳ではないが魔力を意図的に使いこなすことが難しい種族も中にはいる。

 魔力を使う、という感覚がイマイチ分からない感じのあれだ。この少女もそれに近いのだろう。


 無意識の身体強化をしていても、なかなかの身のこなしだ。

 最初に殴ってきたのは小手調べだったのか、段々素早さが上がっていき、力も増している。

 今の俺では同じく身体強化をしないとギリギリついていけないほどの素早さだ。ヒヨコの肉体なのが少し恨めしい。前世の、人間の俺だったら難なくついていけるのに。


 やはり違う種族に産まれたことによる弊害はあったな。戦闘面でも、生活面でも。

 ヒヨコに産まれたことを後悔はしていない。だが、色々なところで前世に劣っているのを嫌でも理解すると少し悔しい。

 種族が違うだけで、ここまで差ができるとは。

 何か手立てはないものか……


「むぅー。遊んでるときに他のこと考えるなにゃ!」


「おっと」


 高速回し蹴りをくらいそうになり、少し慌てて回避する。

 黒猫少女はむすっとした顔で若干睨んでいる。戦闘中に他事を考えていたのが気に食わなかったようだ。


 俺の肉体の問題は後回ししよう。今はとりあえず黒猫少女との戦いに集中しよう。

 黒猫少女ではないが、俺も強者と戦うのはそれなりに楽しいし。相手に翻弄されそうになったのは随分と久々だ。スピードだけなら俺もかなり本気を出している。

 ドラゴン狩りの前にいい準備運動になるな。


 何度目かの蹴りを跳躍して回避。そしてそのまま壁まで飛んで踏み台にし、今度は俺から攻撃を仕掛けた。


 拳ほどの小さな炎をいくつも発生させ、ランダムに黒猫少女へと放つ。

 避けてばかりいた俺が突然攻撃に転じたことに僅かに驚いた黒猫少女だがすぐに口元をニヒルに歪めた。受けて立つ、と言わんばかりに尻尾が怪しげに揺れる。


 一番最初に当たりそうだった炎の玉をするりといなす。

 空振りに終わったそれは壁にぶち当たり、小規模の爆発を起こした。


「わぁ、当たったら無事で済まないにゃ~」


 怪我への心配より戦う楽しさの方が勝っているようだ。

 にゃははっと笑いながら軽快なステップで炎の玉を避ける。


 段々楽しくなってきた。少しくらい本気で暴れてもいいかな。


「なら、これはどうだ?」


 俺の足元から氷を張り、一瞬にして床全体が凍る。

 跳んで逃げようとする黒猫少女。だがそれよりも早く足に氷が絡み付き、身動きが取れなくなった。

 そして足元の氷を壊される前にと次の魔法を撃とうとしたところで、


「そこまでにしろお前ら!!」


 第三者からストップがかかった。


 構築しかけていた魔法を掻き消し、俺も黒猫少女も揃って声の主に視線を投げかける。


 俺が張った氷の床に捕らわれながら必死に俺達を止めようとする大柄な人間の男。

 気配からして、黒猫少女とやり合う前に一瞬だけ感じた俺を観察する視線を送っていた奴だな。


「これ以上ギルドを壊すな、頼むから……!」


 男に懇願するように叫ばれて、思い出す。


 ここ、冒険者ギルドだった。


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