第21話、成長したな、お前達
「ううむ……どういうルートで行こうか……」
レアポーク領を抜けた先は広範囲な森が広がっている。徒歩5日で北に進むとアネスタというそこそこ大きな街に出られるし、6日を要して北西に進むとファラダス王国との国境だ。
他の国も気になるところではあるが、まずはエルヴィン王国内で活動したいな。獣人王国と呼ばれているくらいだし、多種多様な獣人がそこかしこに住んでいるだろう。前世には存在していなかった種族というのもあって結構気になっているんだ。
ウルティア領とレアポーク領には動物と人間が混ざった感じの獣人しかいない。
もしかしたら想像を遥かに越えた面白い獣人もいるかもしれないな。
他の国では獣人差別が根付いているから、やむを得ない事情やよっぽどの理由がなければ基本この国に集まっているはずだ。
獣人は魔物ではないので素材にはできないが、未知の種族には興味がある。前世の知識だけでどこまで通用するか分からない以上、知っておいて損はない。
「やっぱりアネスタだな」
大きな街なら情報収集もしやすい。
この世界のことやエルヴィン王国の情勢など、知りたいことは山ほどある。
その後のことは追々決めていくか。
「あらフィード、どうしたの?こんなところで紙広げて……って地図?あなた地図なんて買ったの?いつの間に……」
横からにゅっと表れた母。
両手でいい匂いが立ち上る皿を持ち、床に広げた地図に首を傾げている。
今は夕飯前。ちょうど飯ができたからそれを知らせに来てくれたんだろう。
母が首を傾げたのは俺が地図を持っていることに対してだ。
国の端っこで暮らしてたら地図なんて必要ないからな。
「近いうち村を出るから買っておいたんだ」
母が硬直した。
その手から皿が落ちる。
床にぶちまける寸前でキャッチ。
「母よ。大事な食料をぶちまけるところだったぞ。勿体ない」
「…………ハッ!ちょ、ちょっとフィード!出ていくってどういうことなの!?ちゃんと説明しなさい!」
「旅をしたいから村を出る」
「端的すぎて意味が分からないわ!!」
「もうここに残る理由もないからそろそろ独り立ちしようかと」
「あなたまだ5才よ!?せめて成人してからになさい!」
「成人といっても、俺ずっとヒヨコのままだし。どうせ大人になれないなら何才に出ていっても同じだろ。前世の記憶がある分器用に立ち回る自信はあるぞ」
「でも……っ」
更に言い募ろうとした母を手で制する。
「俺には夢がある。この村にいたら叶えられない夢が。時間を無駄に消費するのは俺の望むところじゃない」
前世の記憶を持っていても所詮は5才児。反対されるのは分かりきっていた。
生き急いでる訳ではないが、時間は有効活用したい。
俺の決意を感じ取り、押し黙る母。
やがて深いため息をついて仕方ないなぁと言いたげな呆れた笑みを浮かべた。
「全くもう……せめて準備はしっかりしなさいよ」
「……!ありがとう、母よ」
どうやら賛成してくれたようだ。
言われなくても旅の支度はしっかりするさ。
母に皿を渡し、弟妹達を呼びに行き、全員着席したところで改めて村を出る話を打ち明けた。
「な……ななな……なんだってぇ!!?フィードが村を出る……うちの子が旅に……まだ5才なのに……」
父がこれ以上ないくらいに動揺しまくっている。
「うわぁぁぁんっ」
「兄ちゃん行かないでー!」
「やだやだ!さみしいよぅ……」
「ぐすん……わたしたちがきらいになったの……」
弟妹達は号泣している。
いつもは涎を垂らして今か今かと目をぎらつかせているのにテーブルの上に並んだ食事には見向きもしない。
背中にブルーが張り付いて悲しみを表すようにデロンデロンに溶けている。
「ブルー、お前は連れていくぞ?俺が拾ったんだし」
俺が拾ったのに家族に世話を任せるなんてことはしない。
家族とも良好な関係を築いているブルーだが、一等懐いているのは俺だけだしな。
俺の言葉を聞いてデロンデロンに溶けた体が一気にぽよぽよに戻り、元気に俺の頭の上で跳び跳ねている。
「あーっ!ブルーだけズルい!」
「なら僕らも連れていってよ、兄さん!」
涙目で懇願する弟妹達にしかし俺は首を横に振った。
「それは駄目だ。いつまでも俺にくっついてばかりいたら自立できないだろ」
弟妹は可愛いが、それとこれとは別だ。
「そんなぁ……」
がっくり肩を落としてポロポロ涙を流す弟妹達に早くも俺の決意が揺らぎはじめる。
俺がいなくなることにこんなに悲しんでくれるとは。もう少しここにいた方がいいだろうか……
隣に座る弟1号を見やれば、何かを堪えるように口を引き結び、強引に涙を拭った。
「皆!にいにのためにも、ここは応援しよう!」
突如そんなことを言い出した弟1号に目を丸くする。
他の子達は「1号兄ちゃんはフィード兄ちゃんがいなくなってもいいの!?」と泣きじゃくっている。
弟1号はくしゃっと顔を歪ませて、再び涙が出そうになるのを堪えた。
「いいわけないじゃん!僕だって寂しいよ!でも、ここでにいにを引き留めたらこの先ずっとにいにが村を出られなくなるかもしれない。そんなのにいにが悲しむよ!僕はにいにに笑っててほしい。寂しいけど、すっごく寂しいけど!にいにの夢を応援するんだっ!」
弟1号の叫びに他の子の涙が止まる。
また出そうになる涙を堪えて、弟1号と俺を交互に見た。
「確かに……兄さんの足を引っ張るのは嫌だ……」
「うう……さみしいけど……お兄ちゃんも、やりたいことがあるんだもんね……」
「ずっと俺達の近くにいる訳じゃないよな……」
「……ごめんなさい、兄さん。我が儘言って困らせちゃって。寂しいのに変わりはないけど、私達も応援する」
次第に他の子達も弟1号の考えに賛同し始めた。
無理やり涙を引っ込めて全員が力強い眼差しで俺を見つめる。
「にいに、安心して行ってきて」
兄弟代表で弟1号がふにゃっと笑いながら後押ししてくれた。
弟妹達の心の成長に俺の涙腺まで緩んでくる。
「……そうだな。まだ子供なんだからって止めようと思ったけど、考えてみればフィードは大人になれないんだったな。そんな理由で引き留めたら死ぬまで好きなことさせてあげられなくなるよな」
「親としては心配だけど、言っても聞かなそうだしね」
父も母も穏やかな表情で俺を見ていることに気付く。
その顔は決して俺が村を出ることに反対してる訳ではなくて。むしろその逆で。
とうとう俺の涙腺が崩壊した。
家族の温かみを心の底から感じた瞬間だった。
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