第22話、ノンバード族
翌日早朝。俺は家の隅っこで項垂れていた。
恥ずかしい。
今の俺の心情を表すならそれしかない。
とても恥ずかしい。いい大人がわんわん泣くなんて恥ずかしい以外の何物でもない。
いや今の俺はヒヨコだ。子供ならセーフか?だとしても無理だ。前世の記憶が邪魔して自身が子供である自覚が薄い。
家族の前で泣いたのなんて初めての経験でどうしたらいいのか分からない。
思えば前世でも人前で泣いたことなかったな。記憶にない前世の赤ん坊時代を除けば人前で泣いたのは昨日が初めてだった。
うわどうしようめっちゃ恥ずかしい。なんだこれ。どうしたらいい?この恥ずかしい気持ちはどうしたらなくなる?
………………よし。忘れよう。
いつまでも人前でぎゃん泣きした恥ずかしさを抱えていたら研究どころか日常生活に支障が出る。記憶に蓋をしてしまえ。
さっさと恥ずかしい記憶を頭の隅に封じ、これからのことを考える。
昨日は村を出ていくと家族に打ち明けたが、いつ出るかはまだ決まっていない。そもそも旅支度も済ませてない。
なのでもうしばらくは世話になる、と起きてきた両親に頭を下げた。
「いいのよフィード。子供なんだから存分に甘えなさい」
口に手を当ててふふ、と朗らかに笑う母。
「転生者でも俺達の息子であることに変わりないんだから、子供らしく世話焼かれてろ」
ぐりぐりと頭を撫でて豪快に笑う父。
親というのは、子供をベッタベタに甘やかすものなのだろうか。
なんだかくすぐったい気持ちになるが、悪くない。
「それにしても昨日のフィードは可愛かったなー。まさかお前が泣くなんて」
からかってくる父に蹴りを一発。
畑のど真ん中までぶっ飛んだ。
「あらあら、この子ったらもう……」
作物をいくらか下敷きにしてしまったので怒られるかと思いきや困ったわぁというニュアンスの声。
……照れ隠しだったのが母にはバレバレだったようだ。
居たたまれなくなってそっと目をそらす。
生暖かい視線を寄越しながら畑仕事や家事に勤しむ母。畑のど真ん中で力尽きている父には目もくれない。
父には容赦ない母である。
「おはよーにいに!」
「今日も早いなぁお兄ちゃん」
少し遅れてぞろぞろ集まり始める弟妹軍団。
昨日の出来事なんてなかったかのようにいつも通りな態度を見てホッとする。おそらく弟妹なりに気を遣ってくれてるんだろう。
優しい弟と妹に囲まれて嬉しい限りである。
――――――――――――――
俺が旅立つ準備をしている以外は特に変わり映えしない日々。
ウルティア男爵とレアポーク男爵にも旅立つ報告したら「まだ5才だよな!?早すぎねぇ!?」と困惑され「いつかは出ていくと思っていたが……それにしても早すぎる」と呆れられた。
前世の記憶がある分上手く立ち回りできる自信はあると伝えたのに二人の反応は芳しくない。
「獣人王国と呼ばれるこの国でも、種族間での争いが絶えないのだよ」
「ノンバード族が世間でなんて言われているか知ってるか?種族間の争いに敗れ続ける最弱種だぞ。お前ら兄弟の魔法見てるとそんな呼び名頭からすっぽ抜けるけど」
「魔法も使えず、体力もみそっかす。特異な能力を持ってる訳でも、有用な知識を持ってる訳でもない、不必要な種族とさえ言われている。そんな最底辺の評価を下された種族の子供が一人で旅をしても上手くいくとは思えん」
ああ、そういやボールと初めて会ったときも底辺種族だの何だの言われたな。獣人王国でも顕著になるくらいノンバード族を差別するのが日常化しているのだろう。だから二人とも俺の身を案じてくれているのだ。
うちの村やレアポーク男爵領ではそういった差別意識はあまりない。
レアポーク男爵領ではたまに冷ややかな眼差しを向けられたりはするが、それも行商人のみ。初期のボールは行商人に感化されてあんな態度を取っていたのかもな。
にしても、ノンバード族の差別はそこまで酷いものなのか……
今後、あの子達が村を出て自立していくのに世間の評価は足枷になる。
こうなれば俺が世界に知らしめるしかないな。ノンバード族は最弱なんかじゃないってことを。
「だったら尚更すぐに行動しないと。少しでも世間の認識を改めさせれば、うちの家族や他のノンバード族が過ごしやすくなります。生半可な覚悟で旅に出るつもりはありませんよ。ノンバード族への差別も、子供だからと侮られるのも、全部覚悟の上です」
たとえ俺以外のノンバード族全てが差別されるのを甘んじて受け入れたとしても、俺の大事な家族を侮辱するのは許せない。
俺自身なに言われても全然気にならないが、前世の記憶を持った息子を温かく受け入れてくれた両親を、俺のために一喜一憂してくれる弟妹を侮辱されるのは、どうしても許せなかった。
ノンバード族の差別なんてなくしてやる。
「はぁ……頑固だなぁお前」
「そこまで言われて引き留められる訳なかろう」
まだ心配そうにしてるが頑として譲らない姿勢の俺を見てため息をつき、諦め混じりに覚悟を汲み取ってくれた二人。
こうして新たな目標ができたのだった。
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