第20話、変化する日常、旅立ちの兆し

 突然轟いた大音響に村人達は騒然としたが、ウルティア男爵の働きによりどうにか収束した。

 その後「鍛えるのはいいが心臓に悪いことするな!」とお小言を頂戴したので明日から気をつけよう。


 ウルティア男爵から解放された後、屋敷に残っていた弟妹達を連れてボールとの待ち合わせ場所へ。


「遅い!」


 かなりご立腹なボールが仁王立ちしていた。


 一足先に来ているはずの雛鳥達は見当たらない。どうやら山の奥に消えたようだ。山奥から爆発音やら破壊音やらが聞こえてくるし間違いない。

 大分鍛えたし、身内の贔屓目なしに見てもそこそこ強いから大丈夫だろう。


「すまん。新種の魔物が現れて危険だからって足止めくらってた」


「新種の魔物!?危険じゃないか!今すぐヒヨコ先生の兄弟連れ戻さないと!」


「何が危険なんだ?新しい素材ゲットのまたとないチャンスじゃないか」


「お前は素材しか目に映らんのか!新種だぞ!?どれほど強いのかもどんな能力を持ってるのかも分からない未知の魔物だぞ!?素材に目移りするより先に一度撤退して戦略立てるのが基本だろうが!」


 撤退?戦略?

 何言ってるんだか。


「新種だろうが何だろうが、ぶちのめせばいいだけだろ?」


「駄目だこいつ!思考が完全に戦闘狂だ!」


「失礼な……ん?」


 山奥から歩いてくる小さな集団に気付いた。

 爆発音とかが聞こえてた方から歩いてくるので一足先に到着していた弟妹達だとすぐに分かった。

 だが、あの子らが持ち上げてる肉塊はなんだ?


「あっ!にいに遅いよー!」


「ご、ごめんなさい……待ちきれなくて、つい……」


「兄さん、見たことない生き物がいたよ。多分これ魔物だよね?」


 俺達の元まで来た弟妹達が持ち上げていた肉塊をドサドサッと落とす。

 黒焦げで一瞬何か分からなかったが、オーク3体とオーガ1体だな。


 おや?おかしいな。ここら辺ではせいぜいゴブリンしか魔物はいないと聞いたのに。ウルティア男爵が把握してなかっただけで山脈のずっと奥の方に生息していたのだろうか。

 だとしたらこんな村の周辺ともいえる近辺で出現した理由は何だろう。


 ……あれ。もしかしなくても、村人達が言ってた新種の魔物ってオークとオーガだったりするか?


「とても素晴らしい魔法でした。まさか新たに出現した魔物を瞬殺するとは思いませんでしたよ」


 内心の疑問に答えてくれたのは一足先に飛び出した弟妹を追いかけていったウルティア男爵の使用人だった。

 何故か冷や汗を大量に流しながらひきつった笑みを浮かべる使用人。若干距離が開きすぎている気がする。


「新たに出現した魔物ですか」


「はい。村人が新種の魔物だと騒いでましたが、オークとオーガという極々普通のありふれた魔物ですよ。ここでは出現しないものなので彼らが知らなくても無理はありません。ローガン様に至急報告せねばなりませんので失礼します」


 スッと優雅に頭を下げて去っていく使用人。

 山に子供だけ残して一人先に村に帰るのは気が引けるけどこの子達なら危険な目には合わないだろうという心情がありありと見えた。


「よ、よかった……新種じゃなかったのか。にしても、オークは見たことあるけど、オーガは初めて見た……」


 ボールが安堵のため息を漏らす。


 そうか……新種じゃなかったか……

 突然変異の動植物が魔物化したのとか新たな竜種とか想像してたのに……残念だ。


「にいに、どうしたの?悲しいの?」


「痛いの痛いの飛んでけー!」


 弟妹達が俺の様子がおかしいのに気付いて慰めてくれる。

 嗚呼、俺の可愛い天使よ……



 ―――――――――――――――



 新種の魔物騒動は残念な結果に終わったが、魔法の特訓は順調に進んだ。


 弟妹達には最低限己の身を守る術を教え込んだので、そこからは各自興味のある分野を学ばせる方針に変更した。

 付与魔法や治癒魔法などの基礎を少し教えて、興味が湧いた分野ごとに分けて教えていった。


 魔法付与に興味を持った者は魔法付与師に、傷を癒す魔法に興味を持った者は治癒魔法師に、精神感応系の魔法が気になった者は呪術師などに、戦闘に特化したい者は冒険者か騎士団に入団か?

 弟妹達の未来を思い描くのは楽しい。こないだ4才になったばかりなのに気が早いと自分でも思うが、それでも楽しいものは楽しい。あの子達ならどんな職業に就いても上手くやっていけるだろう。

 上手くやっていけるように教育してるのだから当然だ。


 日に日に進化していく小雛集団に「うちの子が常識の大気圏外に飛んでいく……」と両親が揃って頭を抱えていたのは理解できなかったが。はて、何かおかしなことを教えただろうか。


 ボールは最初のうちは弟妹と同じ授業内容がいい!と駄々をこねていたが弟妹達の魔法を見た日からそれも徐々になくなり、大人しく魔力量増加と魔力制御を中心に鍛えた。

 そのおかげで毎日少しずつ魔力量が増え、使える魔法も増えていった。魔力制御も欠かさず叩き込んでいるため、以前の魔法もどきを放ったときのようないつ暴発してもおかしくない危うい状態にはならなくなり、俺自身とても満足している。


 ただ、どういうわけか最近は鬼教官と呼ばれている。普段はヒヨコ先生と呼ぶが、魔法の授業のときだけそう呼ばれるのだ。

 できるだけ優しく教えてやってるんだがな……弟妹には。


「ボールくん、いっくよー!」


「ちょっと待てぇ!投げる前に消火活動せんかーー!」


 弟妹達の最近のマイブームは玉遊びだ。


 断じてボールで遊んでいるのではない。

 豚獣人ボールと玉を投げて遊んでいるのだ。

 もっとも、遊びに使われている玉は火の玉だが。


 火の玉を豪速球で当てて火だるまにしたら勝ちという鬼畜仕様。ちなみに発案者は弟1号である。


「ぎゃあああ!あっちぃ!誰かこの火消してくれ!!」


「ボールくんったら大袈裟だなぁ。そんなのぬるま湯に浸かるようなものじゃん」


「全身火だるまがぬるま湯感覚になってたまるか!!」


 はじめは生意気なクソガキだったボールも、今やすっかり弟妹達と仲良く遊ぶ間柄になっている。

 魔法の授業以外でも暇を見つけてはこうしてよく遊んでいるみたいだしな。

 弟妹達も良き遊び相手ができて嬉しそうだ。


「あそこの家はいつも賑やかだねぇ」


「またレアポーク男爵の倅が遊ばれてるのぉ」


「あんなに魔法をポンポンと……いつ見ても凄い光景さね……」


 通りすがりの爺さん婆さんが足を止めてメルティアス家に視線を集中させる。


 これももう日常の一部となりつつある。

 新種の魔物騒動が起きたときにあの大音響とともにあの子達が魔法をぶっ放しているところを目撃されて以来、メルティアス家は注目の的だ。あのノンバード族が魔法を……!?的な意味で。


 どうやって魔法を使えるようになったのかなど村人に質問攻めされる日々を経て落ち着きを取り戻した今でもメルティアス家はその名を轟かせている。


 その原因とも言えるヒヨコはというと、現在地図とにらめっこしていた。


「……ふむ。ここから一番近い大きな街はアネスタか」


 エルヴィン王国の最南端に位置するウルティアから王都に向かっていく道のりを調べているところだった。


 この地図はレアポーク領の小さな雑貨屋で買ったものだ。レアポーク男爵から授業料を毎月貰っていたのだが、半分以上家のために使ったり弟妹達にお小遣いで渡したりしたのでなかなか貯金できずにいたが、先日ようやく手に入った。


 俺が地図とにらめっこしている理由は、単純にこの村を出ていくからだ。

 まだハッキリと時期は決めていないがそろそろいい頃合いじゃないかと思っている。


 弟妹達には身を守る術を教え込んだし、それぞれ興味を示した分野の基礎ももうすぐ教え終わる。ボールの授業だって、魔力制御も魔力量増加も順調だからと弟妹達に教えた魔法を叩き込んでいるところだ。

 もっと専門的な部分を教えるための教材も魔法で造り出した。今後はそれを糧にすればいい。


 つまり、もう俺がここに残る理由はなくなる訳だ。


 弟妹達を守るために魔法を教え、レアポーク男爵の依頼もそれなりにこなした。

 教材を置いていけばあとは勝手に覚えるだろう。


 正直、家族と離れるのは寂しい。前世で家族というものを持たなかったからこそ強くその感情は訴えてくる。だからこそ自分でも驚くほど弟妹達を可愛がった。


 だが、それでも。

 寂しいのは確かだが、それでもやりたいことがあるんだ。

 国の端っこの小さな村では、俺の望みは到底叶えられない。


「両親にも、弟妹達にも、ちゃんと話しておかないとな……」


 あの子達はどんな反応をするだろうか。それだけが少し怖いな……


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