第18話、驚かれた
「帰ったぞ」
「「ただいまーっ!!」」
「あらおかえりー」
「おかえり……」
皆揃って家に帰ると、母が朗らかに笑って出迎えてくれた。
それはいいが、なんで父が床に寝転がされているんだ?
「お父さんったら、またハーブを雑草と間違えたのよ」
「悪かったって……」
「もう謝罪は聞き飽きました。行動で示して下さいな」
ああ、また母の雷が落ちたのか……
全く。いつになったら雑草と間違えずに済むのやら。さすがにもう庇いきれんぞ、父よ。
リビングにぞろぞろと入っていく雛鳥集団。
先頭にいた俺に何かが突撃してきた。衝撃で後ろに倒れそうになったがどうにか堪える。
「っと……ブルーか。帰ったぞ」
突撃してきたのはブルースライムのブルーだった。
安直なネーミングだが、呼び名があれば便利だよなぁ程度の認識で適当につけただけなので問題ない。
魔法の授業ではブルーは留守番だ。
万が一流れ弾に当たったら一瞬で消し飛ぶからな。
弟妹達の魔法は威力も精度も十分なのだが、唯一の欠点が命中率だ。極端に命中率が低い訳ではないが、たまに標的から外れて周囲に流れ弾がいくこともある。
まぁそこは仕方ない。この子達はまだ3才……あと数ヶ月で4才なんだ。全部の魔法がクリティカルヒットするとは思ってないさ。
経験も知識も不足しているし、それほど場数も踏んでない。まだまだこれからだ。
この子達が大人になるにつれ標的を外すこともなくなるだろうから、そうなったらブルーも連れていける。
こいつ、結構寂しがり屋なんだよな。
最初に留守番を言い渡したときショックでデロンデロンに溶けたからな……今もこうしてべったりくっついて離れないし。
俺が流れ弾から守ってやればいいだけの話なんだが、それだとこの子達のためにならない。自分でしっかり学ばせないと。
すまんブルー。しばらくの辛抱だ。
―――――――――――――――――
――――――――――――
畑の仕事が一段落したあとブルーを留守番させ、弟妹達を引き連れていつもの魔法演習場へと向かう。
いつも俺達より早く到着してるボールを思い浮かべながら今日こそは魔力量増加と魔力制御を叩きこもうと意気込んでいると、魔法演習場もとい山々の近くで少々ざわついているのが見えた。
「布を持ってこい!できるだけ清潔なやつを!」
「誰か医者呼びに行け!隣の領にも声かけろ!このままじゃまずい!」
「くそっ……!なんだってこんな……」
村の獣人達が数人を囲んで何やら慌ただしく指示を飛ばしている。
「なぁに?あれー」
「誰かが怪我をしたっぽいな」
囲まれている人の中に頭から血を流して今にも意識を手放しそうな危うい状態の者がいる。他にも腹部を抉られたような傷を負った者、あらぬ方向に曲がった足を引きずっている者など。
全員狩りから帰ってきたところだろう。ならば山に生息する野獣か魔物にでもやられたか。
魔物はせいぜいゴブリンくらいまでだって言ってたし、となると大型の野獣に奇襲でも掛けられたか。
どんな理由であれ、放置しておくと命に関わる。
弟妹達に待機を言い渡し、急いで人が集まってる場所に行く。
俺の身体は直径十数センチ。そんな小さき者が視界にちらついてもただの丸い鳥としか認識されない。一目見ただけでメルティアス家のヒヨコだと識別できる人はそうそういないのだ。
メルティアス家はウルティア領の人口約4分の1を占めているのでちょっとした名物ではあるが、逆に言えばそれだけだ。俺達兄弟は他の村人との交流が盛んな訳でもないので認識されにくいのである。
そんな訳で行き交う人の横を素通りしても全く見向きもされないまま怪我人の元へ辿り着く。
他の村人がどうにか止血しようとしてるが、布が足りなくて出血量の方が多い。このままじゃ本当に死んでしまう。
意識が飛びかかっている者の身体に触れて魔力を練る。
魔法を放つと優しい光がその者の全身を包み込んだ。
「なっ!?」
「この光はいったい……」
淡い色に光りだしたそいつに周囲が驚きの声を上げる。
止めどなく溢れていた血は止まり、身体のあちこちにある傷が瞬く間に癒されていく。すでに外に流れた血を体内に戻すことはできないため貧血にはなっているだろうが、傷口は全て塞いだ。
「ぅ……、……」
「起き上がるな。貧血だからひとまず安静に」
意識が飛びそうだったそいつが呻き、起き上がろうとしたのを止める。
そこでようやく俺の存在に気付いた周囲から「なんでヒヨコがここに……」「まさかあの家の子供か?」「ここは遊び場じゃないんだぞ!」と様々な声が上がった。
周囲の反応なんてお構い無しに次の重傷者の元へ。
傷だらけの者に近付く子供を締め出そうとする村人の手をひょいっと避け、再び魔力を練り治癒魔法を施す。
次々と光に包まれて傷が治っていくのを見ていた周囲の人達が息を飲んだ。
こんなド田舎に希少な治癒魔法の使い手なんていない。だから驚いてるんだろう。あと、ノンバード族が魔法を使ってることにも。
全員の傷を癒して一息ついた頃には誰も一言も発することなく見守っていた。呆然としていた、が正しいか。
「とりあえず傷は完治したが、全員貧血だ。栄養あるもの食べろよ」
最後にそう言って山へと向かう俺にハッと我に帰った村人が慌てて俺を持ち上げた。なんだ?
「そっちは危ないから行っちゃ駄目だ!」
「見たことない魔物が彷徨いてる。こいつらもそれにやられた。子供なんてひとたまりもないぞ!」
見たことない魔物?なら尚更行かないと損じゃないか。
新種の魔物に出会うのはいつだって心踊る。新しい素材をどのように使うかを考えるのが楽しいのだ。
今は研究できる環境じゃないから異空間収納魔法で保存する他ないが、いずれその魔物の素材の使い道を調べたいな。
「遅くなってすまない!怪我人は!?」
俺を持ち上げて行く手を阻んだ村人の制止の声も聞かず、新たな素材の用途について夢を膨らませていると、白衣を纏った獣人とウルティア男爵が揃って現場に駆けつけてきた。
怪我人の治療のために急いで来たのだろうが……
「あ、あの……領主様。実は……」
「あそこにいたぞ!もう大丈夫だ、すぐに助けてやるからな!」
血塗れの獣人達を見つけて村人を掻き分けながら近付き、怪我の具合を見ようとした医者が固まった。
「…………治ってる……?な、なんで……」
「実は……信じられないのですが、あの子供が触れた途端にみるみるうちに傷が塞がったんです……とても信じられないのですが……」
「まさか、治癒魔法?それに子供って……」
ウルティア男爵が辺りを見回し、村人に捕まっている俺と目が合った。驚きに目を見開く。
「……もしや、このヒヨコが?」
「……はい。とても信じられないことに……」
信じられないを三回も言った村人は放っておくとして、なんでそんなに驚いてるんですかウルティア男爵。
「……治癒魔法師なんて、王都でも片手で数えるくらいしかいないのに……」
ああ、この世界でも治癒魔法の使い手は希少なのか。
そりゃ驚いても無理ないな。
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