イザヤ・ザ・ポラリス4

 モノクロの二人は、流れ星を観に橋の上から冒険に出かけました。30分は山の中を歩き続け、もうエレナはヘトヘトでした。月明かりは彼らの道を照らすにはあまりにも弱々しく、風の音も動物の鳴き声も聞こえず、そこには二人の歩く音と呼吸の音だけでした。

「これ、本当に、方向、合っているの?」

「だい、じょうぶ。きっと、だいじょうぶ、だから」

 イザヤはずっと空を見上げながら歩いています。歩きながら流星群を観ようとしているのだろうか、とエレナは考えました。彼女はいつの間にか下を向いて歩いていました。

 彼女も上を見上げると、先ほど橋の上で見たような星空が浮かんでいます。何もない漆黒から彼女を守るように、光の粒が浮かんでいました。先ほど見たときとは違って、エレナはこの星空が恐ろしくなってきました。

 今彼女が歩いているこの地球にも、この星空にも、彼女以外のすべてが消え去ってしまったような感覚に陥りました。星と星のわずかな黒い隙間を覗き込めば最後、エレナはその中に吸い込まれて消えてしまうように思いました。

 エレナはイザヤの外套を掴みました。するとイザヤは振り返り、エレナの肩に手を置きます。

「イザヤ?」

「エレナ、着いたよ」

 イザヤの指さす先には、小さな灯りがついた塔が立っていました。壁はひび割れ、周りには蔦が覆っています。中の光は窓だけでなくひび割れた部分からもうっすらと漏れだしていました。周りの木々は塔から一定の距離を置いて塔を囲んでいます。

エレナは、この塔がこんなにも目立つのにどうして山中では気づかなかったのだろうと思いました。

 塔に入ると、星座の早見表が壁に貼り付けられており、その横から塔の内側をぐるぐると回る階段がありました。灯の下の机には受付と書かれており、その上には双眼鏡が置かれていて、その横に星座や星に関する書物が積まれていて、どうやらここがイザヤの言う天文台らしいのです。

「やっぱり正しかったのか……」

イザヤが呟きました。

「え?」

「エレナ、僕たちは先人たちと同じ旅をしていたんだ」

 彼は目を輝かせて言い、双眼鏡を二つ掴ん階段を駆け上りました。

 エレナも続いて上ると、塔の屋上にたどり着きました。イザヤは彼女に双眼鏡を手渡し、寝転がりました。エレナも彼に倣って寝転がり、空を眺めました。

 塔の上は風が吹き、灯りもありません。暗闇の中、彼らが見ることのできる光は空にだけあるのです。少女は途端に恐ろしくなり、イザヤの方を見ました。

 少年は無言で空を見上げています。きっと彼は星の大きさだとか角度だとかそういったものに夢中になっているのだと、エレナは思いました。

「ねぇ、イザヤ」

 エレナはイザヤの手を握りました。

「エレナ、見ろ!」

 イザヤは空を指さしました。つられてエレナも顔をあげます。

空に、光の線が走りました。彼女が瞬きをするとそれは消え、また別のところから光線が走りました。空のあちこちで光が流れては消え、流れては消えていきました。

「これが流れ星だ」

 イザヤが呟きました。

 流れ星は夜空を駆け巡り、星と星の狭間の闇を埋め尽くすほどでした。

「すっ、ごい」

 彼女の口からこぼれるように声が出ました。

「ほんとうに、すごい……」

 光の線はみるみる数を減らしていきます。エレナは花火を見終わる時のような何とも言えない寂しさを感じていました。

「エレナ」

エレナが顔を横に向けると、イザヤが彼女の顔を見ていました。

「流れ星に願い事をしよう」

「願い事?」

「流れ星が流れ終える前に願い事を三回唱えると、その願いが叶うらしい。この前読んだ図鑑に書いてあったんだ」

 星空に、もう流れ星はほとんどいませんでした。

 エレナは目を細めて、空のあちこちを探して、そうしてみつけた光線見ながら、口の中で願い事を三回唱えました。願いながら、彼女はイザヤの手を強く握っていました。三回目は間に合いませんでしたが、彼女はそれでも願い事が叶うような気がしました。

 少女はそのまま夜空を眺めていると、輝きの強い星と弱い星、それに星と呼ぶべきなのかわからない光の雲が、空いっぱいに広がっているのに気づきました。そして、さっき彼女が怖くなった、光と光の狭間にある闇も、その奥に幽かな輝きがあるのだと悟りました。

「ねぇイザヤ、なんてお願いした?」

 エレナがイザヤの顔を見ながら尋ねます。

「僕は、北極星になりたい」

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