イザヤ・ザ・ポラリス3

 日が沈むころ、エレナのお父さんが部屋の扉を軽く叩きました。

「起きてるかい?」

 エレナは答えません。

「メモ、見たかい? 今日はセイヤ祭なんだ」

 返事はありません。お父さんはため息をつこうとして、堪えました。

「おまえがとっても辛い思いをしていることは知っている。だけど、今日行かなかったら一生後悔するんだぞ」

 扉の向こうからは何もきこえません。彼は祈るように扉に手をつきながら続けます。

「あと30分で行くから、ちゃんと着替えておいて」

 お父さんはそう言うと、扉の前から離れていきました。

 車の中で二人は何も話しませんでした。エレナは、子供のころから代わり映えしない村が、ゆっくり遠ざかっていくのをただ眺めていました。

 セイヤ祭は村から車で30分ほどの海沿いの町で行われる祭です。この辺り一帯の集落の人間は、ネオンの光に照らされスピーカーから流れるポップな音楽で騒いでいるのです。

 車から降りたエレナはお父さんに手を引かれて町の中へと歩いていきました。周りはずっと人だらけで、背の低いエレナは近くの屋台が何を売っているのか見えません。しかし、エレナは周囲をきょろきょろと見まわしながら歩き続けました。

 しばらくして、もう海の近くまで来たあたりでお父さんは立ち止まりました。

「さぁ、ついたぞ」

 エレナはずっと周りの人たちばっかり見ていたので、彼女らがテントの前に着いたことに気付いていませんでした。

 とても大きなテントで、看板には「送り船」と書かれています。

「こんばんは、親族の方ですか?」

 スーツを着た男がお父さんに話しかけます。縦長の頭に髪がまっすぐ上に生えているので、エレナはネギのような男だと思いました。

「あら、エレナじゃない。来てくれたのね」

 テントの中から、太った女性が出てきました。

「お久しぶりです、おばさん」

「そうね。さぁ、中に入って」

 彼女に連れられて、エレナたちはテントの中のテーブルに案内されました。そこにはひどい隈をしたおじさんが手を組んでいました。

 周りを見渡すと他のテーブルに着いた人たちがまばらにいて、ある人は談笑し、ある人は肩を寄せ合って泣き、ある人は十字架を持って祈りを捧げていました。

 お父さんとおばさんたちは席に着くなり何か難しい話をしており、エレナはただぼうっとその様子を眺めていました。

「お暇かな?」

 後ろから声がしました。エレナが振り向くと、メガネをかけたお姉さんが立っていました。彼女はエレナの前にやきそばを置き、隣に座って言います。お姉さんはたこ焼きのトレイを手にしています。

「大人が子供放って世間話しちゃあ、たまったもんじゃないね」

 彼女はそう言いながら、たこ焼きをぽんぽん口に入れていき、すぐに食べ終えてしまいました。

「お嬢ちゃん、食べないの?」

 テーブルに肘をつき、お姉さんは言います。エレナはただ口をへの字にして黙っているので、お姉さんは少女の頭を撫でました。

「おーい、マヤ。どこだ」

「はーい」

 さっき入り口にいた、あのネギ頭のおじさんがテントに入ってきました。

「もう行くね。それ、ちゃんと食べるんだよ」

マヤと呼ばれたお姉さんは、そのまま席を離れていきました。

「それでは皆さん、時間となりました」

 ネギおじさんの声が響き、テントの中は急に静かになりました。

「これから海へ向かいます。皆様、お荷物の準備をお願いします」


 一行は砂浜までトボトボと歩き続けます。その姿を後ろから沢山の人たちが見てくるので、エレナは彼らを睨みつけました。

海辺まで来るとそこには16艘の小舟が等間隔に並んでいました。小舟を前にして一行は立ち止まり、ネギ頭の男とマヤを囲うように並びました。

マヤが喋り始めます。

「わたしたちが命を終えると、その魂が燃えて夜空へ浮かび上がります。夜空に輝くあのまぶしい光たちの一つ一つは、ご先祖様の魂に他なりません。今日、わたしたちは新たな星となった者たちを悼むため、彼らに向けて舟を送ります」

 先ほど話しかけられたときとは打って変わって、ゆっくりと言い聞かせるように語る彼女を見て、エレナは少し驚き肩を落としました。

「それでは、舟に荷物をお願いします」

 彼女が言い終わると一行はゆっくりと小舟の方に向かいました。エレナもお父さんに手を引かれて歩きます。

「お父さん、荷物って?」

「みんな、何も持たずに星となってしまうからね。彼らが生前大切にしていたものを、その星に向けて送ってやるのさ」

 嘘だ、彼女はそう思いました。

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