イザヤ・ザ・ポラリス2

 イザヤとエレナは物心つく前からの友人で、夏休みになってからはいつも朝から晩まで村の真ん中を通る川で遊んでいました。イザヤの黒い髪とエレナの白い髪が村人の目に留まるようになり、彼らはモノクロの子どもと呼ばれるようになりました。

 二人は毎朝歯磨きをしてから川の上の小さな橋で会うのが日課でした。その日も、イザヤはエレナがやってくるのを待っていました。彼女はきまって15分ほど遅れてくるのです。

 イザヤは今か今かとうずうずして橋の上でぐるぐる回っていました。回っているうちに回っていることに夢中になってしまい、エレナが橋にやってきたときには目をまわしてその場で倒れてしまいました。

「遅くなってごめんね」

 エレナが謝ってもイザヤは答えることができそうにありません。 

「なぜそんなになるまで回っていたの?」

 エレナがイザヤの顔を覗き込んで聞くと、彼はぱっと目を開きました。

「早く伝えたくてたまらなかったんだ。あぁエレナ、なんで君はいつも来るのが遅いんだ」

 イザヤは大声で言います。エレナは彼に手を差し伸べながら聞きました。

「何を伝えたいの?」

「今夜だよ。僕たちはついに見ることができるのさ。今日の夜、ちょうど零時に流れ星が現れるんだ。今日の新聞にそう書いてあったのをみたよ」

 イザヤはエレナの手を借りて立ち上がると跳ね始めます。笑顔で熱弁する彼を見たエレナは、流れ星が何のことかわからないけれどそれはきっととても素敵でおもしろいもなのだと思いました。

「その流れ星を見に行くの?」

「君も行くんだよ。今日の夜、零時より少し前にここに集まるんだ」

 エレナは突然のことに驚きましたが、イザヤと遊ぶ時間が増えたのだと思い喜びました。そうして二人はいつものように川に沿って走り、時折休んで綺麗な石を探して、しかしまたすぐに走り出してを繰り返しました。

 日が暮れてエレナが帰るとき、イザヤは念を押すように言いました。

「今日の夜、零時ちょっと前にここに来るんだよ。いいかい、零時ちょうどじゃあ遅いんだからね」

「わかった、絶対にここに来る」

「絶対だからね」

 イザヤはエレナと鼻がぶつかりそうなほど顔を近づけて言って、そして少し笑ったかと思うとすぐに走り出していきました。彼女はイザヤの背中が見えなくなるまでただひたすら手を振り続けていました。

 エレナが家に帰ると、お父さんが台所に立っていました。

「おかえり。またイザヤくんと遊んできたのかい」

「そうなの。そんなことよりお父さん、今日の新聞見てもいい?」

 お父さんは不思議そうな顔をしましたが、すぐに納得した顔になりました。

「イザヤに何を教わったんだい?」

「それは」

 言いかけて、エレナは口に手を当てました。

「どうしたの?」

「ないしょ」

 お父さんに流れ星のことを言ってしまうと零時の約束に行けなくなるかもしれないと考えて、エレナは何も言いませんでした。

 お父さんはエレナを見て微笑み、そっと暖炉の横を指さしました。お父さんは読み終わった新聞をいつもそこに置いているのです。

 新聞を床に広げたエレナは、流れ星、流れ星、そう呟きながら新聞をじっくりと見始めました。一枚めくって、流れ星、流れ星。また一枚めくって、流れ星、流れ星。彼女は夢中で流れ星を探していました。

 その晩、零時から少し前に、エレナはお父さんがベッドで寝ているかそろりと見に行きました。そして、物音を立てずに自分の部屋に戻った彼女は、机の脚に括り付けたロープを窓から投げて、それをつたってするりと降りていきました。

 あたりは暗いけれど、いつも外で遊んでいるエレナはどう行けばあの橋に着くかわかっていました。彼女は一刻も早くイザヤに会いたので、周りも見渡さずにただ前を向いて走りました。

 イザヤはお気に入りのフードの付いた黒い外套をつけていましたが、エレナにはそれが彼だとわかりました。橋の真ん中で倒れている子供はイザヤしかいません。

「あなたはいつも回りながらわたしのことを待っているのね」

 エレナがイザヤを見下ろして言うと、イザヤは目を大きく開きました。

「なんでそれを知っているんだ」

「いつも倒れているから」

「でも、今日は違うんだ」

 イザヤは倒れたまま笑って言います。

「何が違うの」

「この星空だよ。エレナ、見ろよ」

 イザヤが空を指差して言います。

「あの光の粒たちだ。一つ一つ、違う大きさ、違う輝きなのに、どれを見ても綺麗だ。ただそこにあるだけでお互いの光を邪魔することなくそこにいるんだ。彼らはきっとあそこにいて輝くのが一番いいんだろう。あの位置、あの角度で一番すてきにみえるんだ」

 エレナは、彼の目に星が映っているのを見ました。

「そんなにすごいの?」

「そりゃあ、もう」

 エレナは顔を上げて夜空を見ました。夜は暗くてそこにビー玉をまき散らしたように星たちが浮かんでいることは彼女にとって当然のことで、改めてこの空を見て感動することはありませんでした。

「そうだ、こんなことをしている場合じゃないんだ」

 そう言って起き上がるイザヤにエレナは手を貸しました。

「エレナ、天文台へ行こう」

「てんぼうだい?」

 イザヤの指さす山頂を見て、エレナは首をかしげます。

「そう、天文台。星がとってもきれいに見れる場所なんだ」

「ここより?」

「ここよりずっとさ。早く行こう」

 イザヤに手を引かれて、エレナは走り出しました。


 そしていつも、ここで目が覚めるのです。

 彼女はベッドから起き上がると目をぬぐいました。カーテンの間から差す日光が眩しいので、近くにあった杖でカーテンを閉めます。

 彼女が目を時計に移すと、針は正午を指していました。部屋の扉を開けると目の前にパンと水、そしてメモが置いてありました。メモにもパンにも目もくれず、彼女はコップだけ手に取り部屋に戻りました。


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