第14話 ナズナ すべてを捧げます

 春になって大学生になった私はもう高校生ではないのだと実感した。地元から離れた大学に入学したのだけれど、知り合いも友人も誰もいないゼロからの新生活は今までの嫌な事を全部忘れさせてくれると思った。良い事もそれなりにあったけれど、トータルで見ると悪い事の方が多かったように思えた。

 高校二年生の時に初めて出来た彼氏は手を繋ぐ前に浮気をしていたし、その後に私が好きになった先輩はゲイだった。その先輩は友人としては優しく付き合ってくれていたけれど、好きな人が他にいることがわかっていたのでお互いに何かするといった事はなかった。

 先輩が卒業して東京の大学に行ったらしいのだけれど、そこからぱったりと連絡も取れなくなってしまい、SNSを通じても連絡が取れなくなってしまっていた。


 私は第一志望の大学には合格できなかったけれど、似たような大学には入れたので良かったと思う。本当は東京の大学が良かったのだけれど、地方都市にある公立大学なのでそれなりにイイだろう。

 実家に居る時もそれなりに家事は手伝っていたので一通りは大丈夫なのだけれど、防犯に関してはそうもいかない。私の住んでいる部屋は三階になるけれど、オートロックではないので少しだけ不安が残る。近所で何かがあったわけではないけれど、実家にいた時よりは気を付けることにしていた。


 授業も終わって帰るついでに晩御飯の為に食材を買おうと思っていると、近くにいた高校生の子たちが何かの話で盛り上がっていた。


「でね、その失踪したクラス委員長が育てた花って、夾竹桃だったんだって」

「それってやばいやつだよね?」

「やばすぎてすぐにカスミ先輩と百合先輩もやって来たんだってさ。その後は知らないんだけど、委員長の家族もいつの間にか引っ越ししてたんだって」

「ええ、私も夾竹桃になったらどうしようかな」

「そうなったら私が連絡しとくよ」


 私の住んでいた町はそれなりに田舎だったけれど、この町は色々と楽しめそうな場所もあった。公園やサイクリングロード、大型ショッピングモールもあるので買い物には困らないだろう。


 先ほどの花の話が気になった私は勇気を振り絞って女子高生に聞いてみた。


 すると、女子高生たちは私が思っていたよりもすぐに教えてくれた。誰かを紹介して何かを貰うようなシステムは無いみたいだけれど、多くの人に知って貰いたいらしく不思議な土を貰える場所を教えてもらえた。

 少しだけ遠かったけれど、決して歩けない距離ではなかったので行ってみる事にした。あらかじめ連絡を入れておいたので着いてからもスムーズに物事が進んでいた。私は女子高生の言っている注意事項をしっかりと記憶してその土を持って帰る事にした。


 家に帰ってから思ったのだけれど、家には植木鉢も無ければ植物の為の何か使える物はないかと見回してみたけれど、素直に買った方が早そうだった。晩御飯の準備もまだ終わっていなかったのを思い出したので、晩御飯の用意をするついでに百円ショップで植木鉢や底石を買うことにしよう。


 晩御飯の準備も終わって植木鉢に貰った土を入れる作業を行うのだけれど、家にはベランダも無ければ出窓も無いのでどこに置くかも悩みどころだった。日の当たるところが良いのだろうと思っていると、どうしても勉強机の上にしか置く場所が見当たらなかった。少し勉強がし辛いのだけれどそこは我慢しておこう。


 オムライスも食べ終わって明日の準備を終えてお風呂に入ろうと思っていると、先輩からの着信があった。脱いでいた服をもう一度着ている間に着信は途切れてしまったので掛けなおしてみたのだけれど、先輩は私の電話には出てくれなかった。

 私のスマホは多分防水じゃないと思うので何かあった時の為にジップロックに入れてお風呂に持ち込んだのだけれど、先輩からの着信はなかった。


 翌日、学校から帰って植木鉢を見てみると、昨日設置したばかりなのに芽が出ていた。

 今までも何度か植物を育てたことはあるけれど、どんなに早くても芽が出るまでが早いと思った。こんなに早いうえに種を蒔いた記憶も無いのだけれど、これが魔法の植木鉢と呼ばれている存在なのだろう。私も鍋やどんぶりが良いかなと思ってみたけれど、それらの製品は水を通さないようにできているので、植木鉢には向かないだろう。


 さらに翌日になると、小さな花が少しずつ咲いていた。


 この花がどんな花なのか気になってしまったので、大学の図書室で植物関係の書籍をたくさん借りて帰ってきた。


 そして、植木鉢を置いてから、三日目になると、可愛らしい花がたくさん咲いた植物が植木鉢の中からはみ出していて、その姿がロケットに乗っているようだった。


 この花が何なのかは気になっているけれど、それ以上に先輩からの着信が何を表しているのかも気になってしまった。

 私が電話に出れないタイミングでしかかかってこない電話。すぐに折り返しても先輩は電話に出てくれなかった。

 電話がかかってくるまではほぼ忘れかけていた先輩だけど、先輩が困っているんだとしたらどんな事をしてでも助けてあげたいと思った。ただ、東京までは遠いのですぐに行けるかはわからないけれど、出来るだけすぐに飛んでいくつもりだった。


 それからしばらく経っても先輩とは連絡が取れず、気付いた時には季節が春から冬へと変わっていた。

 植木鉢はいまだに春に咲いていた花が咲いては散ってまた咲くことを繰り返していた。どんなに時間が経ってもこの花はずっと咲いているのだと思うと私も頑張ろうと思えた。


 結局のところ大学を卒業しても先輩には会えなかったけれど、先輩の事を思っている時間は幸せだったと思う。一人の人をずっと思って生きていけたのは幸せな事なのではないだろうか。


 時々先輩から着信はあるのだけれど、今は電話に出ようと思う事はなく、ただ履歴に先輩の番号が残る事だけが重要だった。


「そのスマホって解約しないの?」

「うん、これは私と先輩が繋がってる証だからね」

「お互いに連絡を取り合うでもないのに変わってるね」

「イヤだったら解約してくるけど、その方がいいよね?」

「大丈夫、俺は君の事を信じているからさ」

「私もあなたの事を信じているからね。あなたがいれば私は幸せだからね」


 今も私の部屋にはあの時の植木鉢が大事に置いてある。青紫のアネモネが散っては咲いてを繰り返している。この人には悪いけれど、私の気持ちはいつも変わる事はないだろう。

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