第13話 タツナミソウ 私の命を捧げます
世の中には間違っている事なのに正しいと思い込んでしまう事がある。目の前にいる女も自分は間違っていないと思っていたらしいが、私から言わせると、ここにきている時点で正しい事をしていないのだ。
私は神でもないし人を裁く立場の人間でもない。だけど、間違った事を見過ごすほどダメな人間でもない。神に代わって人を裁くことはおこがましいと思うのだけれど、他の誰も出来ないのだとしたら、私が代わりにやってあげるしかないだろう。
この女と出会ったのは八月も半ばが過ぎていた雨が降っている日だった。その日以来この女は私の家に入り浸っているのだけれど、いい加減出て行って欲しいと心から願う。私の家は駆け込み寺でもないし、虐待されている子供を保護する施設でもないのだ。
この女は少しずつ自分を傷付けていって、今では自力でトイレに行く事も出来ないようだ。途中までは連れて行ってあげるのだが、さすがにトイレの中までついていく気にはなれない。どうしてこの女の手足の腱が切断されているのかはわからないけれど、これでは自分の意志で行動を起こすことも出来ないだろう。
食事を与えようにも食欲がないみたいで、いつも食べ物を残しているので食事は二日に一度にしてみた。それでも食べきろうとはしないのだから、この女の考えがよくわからなかった。
何かをさせようにも何かをする事も出来ないようで、気付いた時には横になっているといった自堕落な生活を送っている。
女の家族か知り合い友人にでも引き取ってもらおうかと思っていたのだけれど、この女はここに来る前に携帯をどこかに捨ててしまったようだ。何度か連絡を取り合っていたし、出会うきっかけがとあるサイトだった。その時から偉そうな態度ではあったけれど、今も何もしないで家の中で横になっているのだから自分が偉い人なのと勘違いしているのではないだろうか。
と言っても、私の家もそれほど余裕があるわけではないので本当に出て行ってもらいたいのだ。高校生のこの女は学校に行くべきだと思うし、出来る事なら食費と生活費を請求したいものだ。それでも家族に連絡を取る手段がないのでどうしようもないだろう。
家に帰りたいのかここに残りたいのか尋ねてみても答えてもらえないし、ここ数日は私の問いかけにも答えようとはしていない。私は無視されることが嫌いなので、この女には出て行ってもらう事にした。
この女がどこに住んでいたのかわからないので、可能性のある場所を探しに行ってみる事にした。一緒に連れて行ったとしても何も答えないと思うので、女は部屋に残しておく事にした。冷蔵庫の中もほぼ空の状態なので安全面を考慮してブレーカーを落としていく事にした。
適当に車を走らせていると、良さそうな渓谷が目の前に広がっていた。ここなら見晴らしも良いし誰かも気付いてくれるだろう。天気予報を見ると、明日の昼過ぎから暴風雨の警報が出ているみたいなので、なるべく早く行動を起こす事にした。
自力で歩けるようにしておけばよかったかなと思っていたけれど、そうした場合は自由になって逃げだしていたかもしれない。そうなると面倒なので、足の腱を切らせたのはいい判断だったと思う。
家に帰ってブレーカーをあげると、少しずつ家電にエネルギーが行き渡り、少しだけ動ける女に服を着せた。ここに来た時に着ていた服なのだけど、少しサイズが大きくなってしまったようだ。凄く太っていた女だったけれど、これだけ痩せることが出来たのなら感謝していただきたい。
先ほどの場所に車を走らせていたのだけれど、何台か車が停まっていたので少しだけ時間をおいて戻ってくる事にした。
二時間ほどたって渓谷に戻ると、そこには誰もいない静かな世界が広がっていた。いざ上から覗き込むと柵や木が邪魔でここからでは無理そうだった。他にいい場所は無いかと探してみると、海にある猟師小屋を思い出した、この時期は猟師小屋も使われているだろうし、誰かが見つけてくれるかもしれない。
私はそれほど裕福でもないのだけれど、毎回二人分の食材を買うのは大変だった。それでも、家に帰れば暖かい風呂と布団の用意がされていると思うんだけど、この女はそれを望まなかった。
猟師小屋まで車で行くと、中には誰もいなかったのでそのまま女を連れて山道を進んでいく。自力で歩いて欲しいのだけれど、それも無理そうなのでほどよき場所に女を置いてきた。ちょうど遊歩道と川の中間地点の木が少ない地点で止まることが出来たのだけど、あの位置なら野生動物と触れ合う事も出来そうだ。
天気も本格的に悪くなりそうだったので、私は急いで車に戻ると自分の家へと戻っていた。一人に戻った部屋は以前よりも広く感じてはいたけれど、あの女の匂いが残っていて臭かった。
久々にテレビをつけると、それほど面白くないような番組ばかりだった。地方ローカルのニュース番組を見ているとあの女が少しだけ出ていた、行方不明になってからしばらく経っているとの事で私の事には触れていなかったのでそのままにしておこう。
雨は三日間降り続いていたけれど、私の生活はなにも変わらなかった。それどころか、何事も一人分で済むようになったので快適になっているのだ。少しずつ生活に余裕も出来てきていたので、何かしようかと思って買い物をしていると、自分に相応しい花が咲く不思議な土があるという話をしていた。私はその土がとても心に残ってしまい、どうしても手に入れたくなったのだけれど、盗み聞きしている事にも限界を感じていたので、勇気を出してその子たちに話しかけてみた。
結果的にはその土が貰える場所を教えてもらえたのだけれど、私に話しかけられた子は少し警戒をしているようだった。必要な情報を手に入れて私がその場を離れるとその子たちはホッとした様子を見せてフードコートの方へと歩いて行った。
その土はアポなしで行っても誰かが対応してくれるようで、その足でまっすぐ行ってみたのだけれど、無事に譲り受けることが出来た。家に帰ってから植木鉢を買いに再び出かけたのだけれど、どれくらいのサイズを買えばいいのかわからなかったので大きめのものを買ってみた。他にも必要なモノを買いそろえると、意外と出費がかさんでしまったけれど、どんな花が咲くのか楽しみだった。
種も何も蒔かずに土だけで本当に花が咲くのか不安だったけれど、三日目には小さな芽が出てきていたので少しだけ安心した。
その翌日には早くも花が咲きそうになっていた。
花は咲いたのだけれど、見たことのない花でどんな花なのか気になっていた。写真を撮ってみたのだけれど、見せる相手もいないしどうしたらいいのかと考えていると、誰かがやって来た。
ドアを開けるとそこには二人組の男が立っていた。男は刑事のようで、この辺りで失踪している女子高生の事についていくつか質問された。私は知っている事は全て話したのだけれど、女子高生の事はわからなかったので素直に答えていった。
何かわかったことがあれば教えて欲しいと名刺を貰ったのだ。何となくだけど、あの花の事を聞いてみようかと思ってみた。花を見せると刑事の一人が興味を示してくれたようで、花をじっくりと見ていた。
「北海道にきてからこの花を見るのは初めてかもしれないです。自分は九州出身なんですけど、地元では割と見る花だったと思うんですよね。確か、タツナミソウだったかな?
花言葉もあったんですけど調べてみていいですか?」
私も気になっていたので調べてもらうと、その花言葉は意外なモノだった。
「あ、タツナミソウで間違いないと思うんですけど、花言葉は『私の命を捧げます』ってなってるんですけど、困ったことがあったら何でも相談してくださいね。私じゃなくて他の者でもいいので、命を粗末にしてはダメですからね」
二人の刑事はそのまま帰っていった。私の育てた花の花言葉は私にとっては特に不思議なモノでもなかった。私の世界を正しいものに導くためには命の一つくらい失っても平気だと思っているのだ。
その日の地方ニュースを見ていると、失踪していた女子高生が遺体で発見されたという悲しいニュースが流れていた。若い命が失われたのはかわいそうな事だと思うけれど、命の重さに違いは無いのだと思って、私が育てた花をめでていた。文句も言わずに咲いている花が愛おしく思える。
翌朝、早朝に誰かが訪ねてきた。
昨日の刑事と知らない刑事が私の部屋を調べに来たようだ。
何を調べているのかはわからないけれど、他にも何人かやってきて二時間ほど探し物をしていた。
「この女性の事はご存じですよね?」
写真に写っていたのはあの女だったけれど、私は知らない事にした。
「そうですか、残念です」
刑事はそれだけ言って部屋を出て行った。
荒らされた部屋はそのままだったので片づけをしていると、今度は別の男が尋ねてきた。
「すいませんが、ちょっと話を伺いたいことがあるので一緒に来てもらえませんか?」
なぜか警察署に連れていかれて取り調べを受けることになった。
詳細は思い出せないけれど、あの女について色々と聞かれていた。
「なあ、あんな惨い事して心は痛まないのか?」
そんな事を言われたけれど、私には何のことだかさっぱりわからなかった。
あの女は動物に襲われて亡くなったらしく、遺体は無残な姿になっていたらしい。体の肉はほぼ食べられていて、わずかに残った顔と手足だけの写真を見せられたけれど、私にはそれが自然の中に変えることが出来ているようで羨ましくもあった。
「あなたがこの子をあそこまで運んだんですよね?」
私はその問いに答えることはせず、ただじっと写真を見つめていた。
「この子だって明るい未来が待っていたと思うんだけど、こんな姿にされてしまったらねぇ。どうです、何かご存じじゃありませんか?」
「世間では失踪事件だと思われてるみたいなんですけど、私は怨恨目的の殺人事件じゃないかと思ってるんですよ」
「マスコミは報道してませんが、この子は不特定多数を相手に援助交際をしていたらしいんですよ」
「あなたはその相手の一人じゃないですか?」
「どうです、何か気付いたことがありませんか?」
色々と聞かれたけれど、十分な証拠もなかったためか、私は次の日の夜に解放された。
新しい世界の平和のために間違った事を正していくのは私に課せられた使命なのだ。
それは警察の仕事ではない。
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