第8話 夾竹桃 危険な愛

 綺麗な花には棘があるように、美しい人には秘められた毒がある。その毒は少量ならば薬となりえるかもしれないのだが、ほとんどの場合は致死量になってしまうだろう。そして、私は知らない間にその致死量をはるかに超える毒を摂取していたようだ。

 運が良いのか悪いのかわからないけれど、私はその毒に対して耐性があるようで、深刻な症状は出ていないのだが、精神的には大きな影響が出ているようだ。その一つが人として大切な感情を一部失っている事だ。嬉しいや楽しいといった感情はあるのだけれど、それを上手に表現することが出来なかったりするし、悲しいや辛いといった感情はどこかに忘れてきたようだった。

 私の母が亡くなったのもこの毒が原因らしいのだが、そうなると私は生まれる前から毒を摂取していたことになる。それが耐性を獲得した要因の一つなのかもしれない。

 では、その毒とは何なのか。答えは種を蒔いていないのに花が咲く不思議な花壇と関係の深い人物。私にしか見えない存在である愛華が毒の正体であった。

 どうしてそれがわかったかと言うと、私の十八歳の誕生日を迎えた朝に愛華から直接聞いたのだ。


「あのね、今まで黙っていたんだけど、私はカスミの命を貰うはずだったの。カスミの母親の命は貰ったんでそれで終わりのはずだったんだけど、カスミが産まれてしまったので私は次に行く事が出来なくなったのよね。次に行っても他の人の命を貰うだけなんだけど、そんな事がどうでもよく思えるくらいカスミは魅力的だったわ。本当なら十八歳になる前に終わらせたかったのだけれど、カスミは私の毒も効かないし変な友達に守られているし、手も足も出ないとはこのことだと思ったのよね。でも、私の毒が効かないとしてもあなた達にとって都合が悪いことが起るはずだったのよ。本当ならね」


 私は百合ちゃんに手を握られたまま愛華の言葉を聞いているのだけれど、百合ちゃんは愛華が言葉を発するたびに握る手の力が強くなっていた。私も自然と握り返す力が強くなっていた。


「私の毒がカスミに効かないのは納得出来るんだけど、どうしてあなたにも効かないのかしら?」

「それは私が守っているからよ」


 百合ちゃんの後ろから出てきた少女がそう言うと、少しだけ愛華がたじろいだように見えた。いつの間にそこに居たのかわからないけれど、少女は真っ赤な瞳を私に向けて微笑んだ。


「こうして会うのは初めてだと思うんだけど、いつも近くで見守っていたのよ。あなたのお母さんにはお世話になってたし、あなたにもこれからお世話になるかもしれないからね。百合に頼んで連れてきてもらって良かったわ」


 その赤い瞳を見ているとなぜか心が落ち着いていた。本来なら恐怖心を覚えてもおかしくないと思うのだけれど、なぜかわからないけれどその瞳からは任せても大丈夫だと思わせる何かがあった。

 少女は愛華のセーラー服を掴むとそのまま花壇の中へと消えていった。二人が消えた後には沈黙だけが残り、遠くから聞こえる鳥の鳴き声が私には助けを求める声に聞こえて仕方がなかった。


「これで大丈夫なはずなんだけど、この花壇の土をこのままにしておくのは危険だと思うんだよね。いつかまた愛華が蘇るかもしれないし、そうなったら私はカスミを守れるかわからないんだよね」

「ごめん、意味が全然理解出来ていないの。いったい何が起こっているの?」

「そうだよね、まずはそこから話さないとね」


 百合ちゃんの話だと、愛華は私の母に憑りついていた植物の精霊らしい。最初はお互いに支え合っていたのだそうだが、植物の成長に母の体力がついていけなくなってしまってそのまま入院することになったらしい。その時には私を身ごもっていたそうなのだが、母は自分の命を守るために私を犠牲にするか、私の命を守るために自分自身を犠牲にするかの選択を迫られた。母は全く迷わずに自分の命を私に捧げてくれた。私にその決断が迷わずにできるか考えてみると、不思議と母の気持ちを思って涙が出ていた。私の中に新しい感情が芽生えたようだ。

 私の母の命を奪ったのは精霊にとっても予想外だったようで、本来ならそこまで体力は消耗しないはずだった。では、体力を予想以上に奪う原因になったのは何なのだろうか。それは母のお腹にいた私の存在である。

 愛華はもともと毒のある存在ではなかったのだけれど、母の命を奪って宿主がいなくなる時に自らを守るために一番生命力の強い細胞から力を手に入れることにしたのだ。それは母に投与された強力な薬がごく少量の毒性を含んでいたのだが、母の体にはそれほど深刻な影響はなかったので、その薬は少しずつ強力になっていった。母に影響がなかったのは毒性をエネルギーに換える事も出来る愛華のお陰だったのだが、母が亡くなるまでに投与され続けた分の毒性を獲得した愛華は強力な毒素をその体に宿してしまったのだ。

 生まれる前からその影響を受けていた私は自然と耐性が出来ていたようで、愛華と触れ合っていても何事もなく過ごせていた。今にして思うと、父や祖父母は積極的に裏庭の花壇の手入れをしようとはしていなかったのも、この毒素のせいだったのかもしれない。


 長い事手入れをしていなかった花壇ではあったけれど、一度手入れをすると毎日のように新しい花が芽吹いては散っていった。ちゃんと花が咲くことは稀だったが、花が咲いた時には何か良い事が起こっていたような気がする。これからも手入れを続けていると様々な花が咲くのだろうか。私はそれを見守っていきたいと思っていた。


「この花壇なんだけどさ、このままだとちょっとまずいと思うんだよね」

「それってどういう意味なのかな?」

「今の状態ってあの二人が花壇の中で生命力を奪われている状態なんだよね。カスミのお母さんにもともと憑いていたのは愛華じゃなくて精霊なんだけど、その精霊が実体化するのに必要なエネルギーを集めるのがこの花壇の役割なのよ。でもね、それがどれくらいで成立するのかわからないし、精霊が実体化したらどうなるかもわからないのよ。だからさ、この花壇の土を全部掘り起こしてバラバラにした方がいいと思うんだよね」

「それって、バラバラにすることで精霊を実体化させたくないってこと?」

「そうできればいいんだけど、バラバラにしたところで全員が揃わないとあんまり意味が無いのかもしれないのよね」

「じゃあ、どうすればいいのかな?」

「こんなのはどうかしら。この不思議な花壇は種を蒔いていなくても花が咲くんだし、鉢に入れて配るか売るのはどうかな?」

「そんな怪しい鉢を買う人なんていないでしょ。私だったら買わないと思うわ」


 そんな事が上手くいくとは思えないし、仮に上手くいったとしても毒性の強い植物が出てしまったら危険ではないだろうか。

 私のその思いを感じ取ったのか、百合ちゃんは諭すように私に囁きかけた。


「その点なら大丈夫だよ。夾竹桃だってトリカブトだって口に入れなければ大丈夫でしょ」


 そういう問題ではないと思うのだけれど、私はなぜか大丈夫なのだろうと思ってしまった。花壇ではなく裏庭に一年中咲いている彼岸花が風に揺れながらそう言っているように見えてしまった。

 愛華を連れて行った少女の目がどこかで見たことがあると思っていたのだけれど、その鮮やかな赤い瞳は彼岸花と同じ綺麗な赤い色だったと思う。

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