第9話 日々草 生涯の友情

 愛華がいなくなってからは色々と考えることが多くなったように思えた。今までは特に何かを思う事も無かったような事でさえ少しだけ思いをはせてしまう。そんな日々の変化が楽しくて嬉しくて、何だか少しだけ悲しい気がする。

 教室で百合ちゃんと話している時に今までよりも感情が表に出るようになったためか、クラスメイトにも明るくなったねと言われるようになっていた。私的には何も変わったところは無いのだけれど、感じ方一つで表情も変化したりするのかと思っていた。

 クラスメイトの一人である由紀さんが私の変化が気になっているようで、何か変わったことをしてるのかと思い込んでいたので、私と百合ちゃんで花を育てている事を伝えると、由紀ちゃんも花を育ててみたいと言い出した。


 放課後に由紀ちゃんを誘って私の家まで招待したのだけれど、百合ちゃん以外の人を招くのは初めてだったので緊張してしまった。部屋も家の中もそれなりに片付いてはいると思うのだけれど、他人に生活のすべてを見られるのは緊張してしまう。父に連絡はしてあるので変なモノは無いと思うのだけれど、不測の事態には備えておいた方がいいだろう。


「カスミさんって思っていた通りきっちりした性格なんだね。私だったらここまで綺麗に本を並べること出来ないかも」

「あ、それはわかるな。私もカスミみたいにきっちりと並べられたら部屋も綺麗になりそうだけど、ついつい読みたい本が偏って綺麗に整頓出来ないんだよね」

「百合ってきっちりしてそうだけど意外とズボラだよね。そんなとこも人気の秘訣なんだろうけど、狙って出来るもんじゃないし羨ましいわ」

「そういう由紀だって他の人に言えないくらい少女趣味じゃない。運命の王子様に会えるといいね」

「もう、そう言うのカスミさんの前でばらさないでよ。変な子だと思われちゃうじゃない」

「実際変な子じゃん」


 百合ちゃんと由紀さんは教室でもこんな感じなのだけど、私もいつかこの関係に混ざりたいなと思ってしまった。以前だと何も思わなかったと思うけれど、これも愛華がいなくなったことの影響なのかもしれない。

 部屋の中に居てもいいのだけれど、少し天気が崩れそうなので外に出る事にした。私は農作業をしやすいいつもの格好に着替えたのだけれど、百合ちゃんも由紀さんも着替えなんて持っていないから私の作業を見ててもらう事にした。


 余っていた植木鉢を何個か持ってきたのだけれど、あまり大きいのだと持って帰るのも大変だろうし、片手でも持てそうなものにしておく。あらかじめ敷き詰めておいた軽石の上に花壇の土を無造作に入れていくと、不思議な鉢植えの完成である。これで種を蒔かなくても何かが育つ花壇の鉢植え版になると思うのだけれど、本当に花が咲くのかは心配だった。こんな事なら事前に準備をして実践しておけばよかったと今になって後悔してしまっていた。

 何となく百合ちゃんと私の分も作って手渡すと、由紀さんは私達もおそろいなのが嬉しいのか三人の写真を撮りだした。


「三人で同じものを育てるのって楽しそうだよね。種ってどこにあるの?」

「種は無いんだけど、きっと何か育つから水やりだけは欠かさないでね」

「へえ、変わってるね。でも、それって楽しそうだね」


 その後は三人で軽くお茶を飲んで解散したのだけれど、愛華の影響で夾竹桃が生えたらどうしたらいいのだろう。その時は百合ちゃんの可愛いお友達が助けてくれるのかな?

 その事を百合ちゃんに尋ねてみたところ、今も花壇の中で戦っているらしく、もう少しで平穏な日々に戻れるらしいとの事だ。一日も早くそうなる事を切に願っている。


 私は植木鉢を出窓の部分に置いているのだけれど、朝起きて見ると可愛らしい芽が出ていた。今の時点では何の芽なのかわからないけれど、そこまで危険な植物ではないだろう。朝ご飯を食べて学校に行く準備を終えてからもう一度確認すると、いつの間にか葉っぱが八枚まで増えていた。普通の植物の何倍速く成長しているのか見ていたくもなったけれど、そんな理由で学校をさぼるわけにはいかなかった。


 いつものように百合ちゃんと一緒に学校に向かうのだけれど、お互いに挨拶よりも早く鉢植えの話をしてしまった。いつもならそんなことは無いのだけれど、あまりの成長スピードの速さに驚いたことを伝えると、百合ちゃんの鉢植えも私のに負けないくらい成長がは無いらしい。

 学校に着くまでの間もずっと鉢植えの話をしていたのだけれど、教室で由紀さんと会ってからも同じ話をしてしまった。これだけ早く成長すると普通の花を育てるよりも楽しいだろう。実際に私は今もどれくらい成長しているか帰るのが楽しみでしょうがない。


 由紀さんは今までちゃんと花を育てたことが無いらしいのだけれど、今回のは一本の芽がまっすぐ伸びていく様を少しだけ見ていたらしい。

 由紀さんも朝の準備をしている合間に何度か確認したらしいのだが、その成長スピードが尋常じゃないので誰も確かめられないという。


 珍しい組み合わせの三人が楽しそうに話しているのを見ると、周りの人達もその輪に加わりたいと思うのだろう、他にも何人かが私達の会話に混ざってきた。

 話し合いの結果、クラスの女子全員が私の家の花壇から土を持っていく事になった。そんなに多くの植木鉢は無いので買うしかないのだが、結構良い値段がすると思うので手軽にできる方法を探す事にした。

 結果的には百均のモノで代用することになるのだけれど、それは各自で用意してもらう事にした。用意さえしてくれれば軽石もまだたくさん残っているので何とかなるはずだ。


 放課後になって私は一足先に帰って色々と準備をする事にしたのだけれど、軽石とはいえ量が量なので意外と大変だった。たまたまそれを見ていた父が手伝ってくれたのだけれど、それが無ければ途中で諦めていたかもしれない。

 そんな中、手伝ってくれていた父が私の性格の変化に気付いていたようだった。理由は言えないけれど、明るくなった私の姿を父は喜んでくれたし、クラスメイトが来ることを伝えると父は少し涙ぐんでいた。

 人数が多いので食べ物や飲み物を振舞うことは出来ないけれど、みんなに土を振舞う事は出来るだろう。そう言えば、私の鉢植えがどうなったのか気になってきたので、ちょうど作業も一段落ついたので部屋まで確認に行く事にした。


 部屋に入ってまず初めに思ったことが、いつもよりも爽やかな香りに包まれている事だった。香りの正体は鉢植えを見ればすぐにわかったのだが、すでに花が咲いていた。ピンク色の可愛らしい花弁ではあるのだけれど、色的に夾竹桃を思い起こされてしまう。花の形も葉の形も違うので夾竹桃ではないのだけれど、色だけで連想してしまうのは良くない事だろう。似たような色の花は他にもたくさんあるだろうから。


「君が咲かせた花は日々草だね。この花はちゃんと世話をしていれば毎日花を咲かせてくれるんだよ。たくさん花が咲いて仲が良さそうに見えるから、花言葉は『生涯の友情』とか友情関係のモノが多いかな」

「あの、あなたって百合ちゃんのお友達の人だよね?」

「うん、僕は百合の友達さ。百合に頼まれて夾竹桃の女を始末したんだけど、完全に消滅させることは出来なかったみたいだよ。そこは申し訳ないと思うんだけど、こればっかりは仕方ないから許してね。あと、今みたいに出て来れるのは偶然が重ならないと無理なんで毎回出てくると期待したらダメだよ。百合のところに出たかったけど君も良い人そうだから気にしないでおくよ。じゃあ、そろそろ戻らないといけないんで、最後に一つだけ良い事を教えておくね」


 私が持っているお人形よりも小さいサイズになって出てきた百合ちゃんのお友達はこの花の秘密を教えてくれるとそのまま土の中に消えていった。

 私はその秘密を百合ちゃんに話すべきか迷っていたけれど、そろそろ着くとの連絡がきたので一旦様子を見る事にした。


 それなりの広さがある裏庭と言っても、一度に二十人近くの人が入って自由に動き回ることは出来ないので、申し訳ないけれど五人ずつが花壇から土を採取して他の人達は一列になって待ってもらう事にした。

 ただ待っているだけでは退屈だと思うので、水やりの頻度とか家のどの辺に置いておくといいのかを教えてみた。大きい鉢に植え替えることは可能だけれど、直接畑や花壇に植え替えることはさけるようにお願いしておくのも忘れないでおく。

 百合ちゃんの友達に言われた事なのでそれは守らないといけない。なぜかと言うと、私が咲かせた日々草は夾竹桃の仲間なので、花壇や庭に直接植えてしまうと夾竹桃が育って愛華が戻ってきてしまうかもしれないのだ。

 新しく生まれ変わった愛華も私の命を狙ってくるかはわからないけれど、不安な要素は一つでも取り除いておいた方がいいだろう。夾竹桃には愛華とは関係なく強力な毒があるので、その事を考えても危険なモノはさけるべきだと思う。


 みんなに花壇の土がいきわたって解散する空気になっていると、由紀さんが昨日持って行った植木鉢を持って遊びに来た。その植木鉢には私の鉢に育っている日々草とは違う可愛らしい花が咲いていた。


「ねえねえ、見てよ。家に帰ったら花が咲いてたから持ってきちゃった。これって、スズランっていうらしいんだけど、めっちゃ可愛くない?」

「昨日持って帰ったって言ってたよね?」

「うん、朝起きて見たら芽が出てて、学校から帰ったら花が咲いてた。それにしても、この花ってめっちゃ可愛いよね。ねえねえ、カスミさんもスズラン咲いたの?」

「私のはスズランじゃなくて日々草ってやつだったよ」

「へえ、同じ場所からとった土なのに不思議だね。百合は何が咲いたの?」

「ちょっと待って、お母さんに写真送ってもらう事にするよ」

「じゃあ、その間に私は部屋から鉢を持ってくるね」


 私は家の中に戻って鉢を取ってくると、由紀さんの鉢の横に並べて置いた。

 二つの花は全然違うのだけれど、こうして並べてみるとどちらも違った良さがある。実際に目の前で見てみると、正直そこまで花に興味が無かったような人まで目が輝いていた。それくらい花は女子にとって興味深い対象なのかもしれない。


「あ、お母さんから写真が届いた」

「どんなやつだった?」

「えっと、ドクダミだって」

「え、何か強そうな名前だね」

「うん、強そうだね」

「へえ、ドクダミって薬にもなるんじゃなかったっけ?」

「それなら、百合って皆を癒してるから薬みたいなもんだよね」

「もう、適当な事言わないでよ」


 私の育てた日々草と由紀さんの育てたスズランには毒があるのだけれど、百合ちゃんの育てたドクダミはその毒を消してくれるのかもしれない。私の毒も由紀さんの毒も消してくれそうな力が百合ちゃんにはあると思う。

 それぞれが育てた花はそれぞれの性格を表すような花が咲いているのだろうか。

 明日以降になればここにいるみんなの花がわかるかもしれない。それを確かめる簡単な方法があればいいのにと思っていたところ、由紀さんは私が思いもよらなかった方法で解決してしまった。


「じゃあさ、ここにいるみんなでグループ作って花が咲いたら写真載せようよ。カスミさんも入ってくれるかな?」

「もちろん、私もみんなが育てた花が見れたら嬉しいよ」

「やった、正直言って入学した時のカスミさんってちょっと近寄りがたかったけど、最近のカスミさんってめっちゃ楽しそうだから仲良くなりたいなって思ってたんだよね」


 愛華がいた事で起こっていた感情を抑制させている現象が無くなった今は素の私なのだろうか。明るい私を演じているのだろうか。その答えは私にもわからないけれど、みんなと仲良く出来る事は嬉しかった。


 さっそくグループに百合ちゃんが写真を載せていた。こういう時にさっと行動出来る百合ちゃんは凄いなと思っていると、その流れで由紀さんも写真を載せていた。


「ほら、カスミさんも写真載せちゃってよ」


 私は生まれて初めてクラスメイトと何かをするといった至福のひと時を過ごすことが出来た。

 この幸せが末永く続いていって、他の人も一緒に幸せな気持ちになれたらいいなと深く感慨を抱いた。



「ねえ、この写真ってツイッターとかインスタに載せてもいいかな?」

「いいけど、そう言うの見ても楽しいのかな?」

「楽しいかはわからないけど、女の子なら咲いた花を見るのも育てるのも好きでしょ」

「そっか、みんなに喜んでもらえるなら私はいいと思うよ」

「だね、私も花を育てるの初めてだったけど、咲いたら嬉しいし、他の人にもこの気持ち味わってもらえたらいいね」

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