第10話 悪者見つけました。
ああ、良い天気だね。本当に良い戦士育成日和だよ。
本当なら外で遊ぶべきなのかもしれないけど、僕とギブはステンドグラスを見ながら雑談をしていた。
どうせ雑談するなら教会がいいなって言ってみたら、ギブはわかったと言ってくれたのだ。
ギブとの話は面白い。同年代の人と話をしたことが無かったから、余計に楽しく感じるのかもね。
共通の話題が無かったので、僕達は将来の夢について語り合った。
なんとギブは研ぎ師になりたいそうだ。
「俺は剣を研ぐのが好きなんだよ。最初は錆びた包丁を研いだのが始まりだったんだ。どんどんどんどん綺麗になっていく包丁を見ていたら、楽しくってハマっちゃってね」
ギブは目を輝かせて楽しそうに話す。体は大人みたいだけど、僕と同じ四歳である。
「じゃあ今度僕のナイフも研いでくれない?」
「え? ナイフなんて持ってるの?」
「ふふふ。これでも僕は冒険者なのさ!」
ちょっとドヤってしまった。冒険者になれた時は本当に嬉しかったもの。
「へー。冒険者ってさ、大人でも試験が厳しいって聞いたよ? 子供でもなれるの?」
「十二歳以下は親の承諾が必要なんだってさ。僕の試験はギルドマスターのキジャさんが担当してくれたんだけど、そういえば承諾とかもらってないや」
「じゃあ親は知らないの? それって怒られない?」
「大丈夫! 父様と母様は、三歳より前から冒険者だったからね。知ったら流石は俺の子だって言うかもしれないよ」
「冒険者に詳しくないけど、三歳で冒険者って凄いね! 俺もう四歳なのになー」
「うん。父様と母様は本当に凄いんだ。僕も頑張らなきゃって何時も思うよ」
ここはドラグスの教会で、今礼拝堂の中にいる。朝からこんな場所に来る子供が珍しいのか、遠巻きにこちらを見てくる人達がいた。
その人達というのは子供だった。ギブが教えてくれたのだけど、この教会は孤児院が併設されているらしい。
「僕達、結構見られてるね」
「そうだね。教会来たのは初めてだけど、空気が新鮮って言うか、清々しい気分になるよ。ステンドグラスも綺麗だね」
「本当にね。聖なる魔力に溢れているからかな」
「聖なる魔力?」
「ギブは魔力感知スキルある?」
「無いね。俺はユニークスキル以外だと、“武器制作”と“隠密”しか無いなー」
隠密って、まさか引きこもったせいで覚えたのかな?
「そっか。魔力感知スキルがあればもっとわかりやすいんだけどね。ギブは普段から武器を触ってるだろうから、剣を真面目に振ってれば、きっと剣術スキルを使えるようになると思うよ」
「武器を触ることに意味があったりするの? 剣術スキルは沢山戦わなきゃ駄目って聞いたんだけど?」
「あ、あー、あー⋯⋯ウン。タブン。ケイケンソクサ」
僕のユニークスキル【恩恵の手引書】は、スキルの取得条件を知るってだけだからね。
とても良いスキルだと思うんだけど、これがバレると僕に切り札が無いってのが知られちゃうことになる。
人生の攻略本を片手に、それで敵を殴れるのか? って話だ。
今後のことを考えると、ギブにだってバレるわけにはいかないよ。ごめんねギブ。
「そうだよね。アークは冒険者なんだから、剣術スキルを持ってても不思議じゃない。うん! アークの言う通り明日から剣振ってみるよ」
「うんうん。あ、そうだ。“武器制作”のスキルは、一個一個丁寧に作った方がスキルレベル上がりやすいって聞いたよ」
他人から聞いた作戦! ドヤァ。
「それは父ちゃんも言ってた」
他人役に立たなかった⋯⋯
それからも暫く雑談して、帰りにギブがシスターに寄進(きしん)をする。
僕はお金を持ってきていなかった⋯⋯ギブが出してくれたんだけど、大銅貨を渡していてびっくりしたよ。
大銅貨は10ゴールドだ。昨日の配達依頼の二回分に相当する。
シスターも少しびっくりしていたからね。
「じゃあ僕これから昼食に帰らなきゃいけないから、また今度ね」
「うん。またねアーク」
ギブも少しずつ前向きになってくれたら良いな。
手を振って教会で別れる。ギブはいつまでも僕の背中を見送っていた。
僕の姿が見えなくなるまで、大事そうに僕を見詰めているのだ。
ギブが研ぎ師を目指すように、僕も冒険者を頑張らなくちゃ。
*
昼食をもっしゃもっしゃ食べ、またまたやってきました冒険者ギルド!
もうバリバリ働いちゃうんだからね!
中に入ると、何故か視線が集まってしまう。この流れ暫く続きそうだな。ミルクのおじさんがいたので、今日も深々と頭を下げておいた。これはずっと続けよう。
まずはGランク依頼の確認をしようかな。Fランク依頼は仕事に慣れてきてからにしよーっと。
んー。屋根の張り替え補助、魔石商の種分け業務。あ⋯⋯冒険者ギルド内での仕事もあるんだね。革の鞣(なめ)し作業補助、肉屋への配達、買い出し⋯⋯パシリ?
他にも細々とした仕事があるなー⋯⋯どれが良いかなー?
訓練場の整地作業、ギルドの掃除、酒場の補助は夜限定、ポーションの詰め替え、倉庫の整理⋯⋯か。
むぅ〜。あ、これにしようかな。
僕が手にしたのは、剣の練習相手募集の依頼だった。
Gランクの依頼なのに、報酬が破格の30ゴールド。やるしかない!
酒場のおじさんを通り過ぎ、怖いお姉さんの前をしゃがんで潜り抜け、昨日のミラさんのカウンターへやって来た。
「こんにちは」
「こんにちはアークちゃん」
ミラさんは昨日とは違い、ちょっと元気そうに見えた。
甘い物を食べれば幸せ、イコール元気だと思っている。元気じゃない時は甘い物を食べよう。ミラさんには“甘い”が足りていないのだ。
椅子に座り、依頼書とカードを取り出す。
「これお願い致します」
「はいはい。あら? これは⋯⋯」
ミラさんは眉根を寄せ、思案顔になった。
何か変な依頼だったのかな? 凄く悩んでるみたい。二十秒くらいの沈黙の後に、ミラさんは首を縦に振る。
「アークちゃん。これは少し難しい依頼なんだけど、逆にアークちゃんにしか頼めないと思うわ」
「難しいんですか?」
ミラさんがカウンターにのりだして、耳元へ唇を寄せてきた。擽(くずぐ)ったいな。
「商人の息子さんが実戦的な剣術を覚えたがっている。と言う前置きで、実はGランク冒険者を甚振(いたぶ)って遊びたいのよ。このギルドにこの依頼人が来たのは初めてだけど、他の支部の冒険者ギルドでやらかしたらしいわ」
「え? そんな酷い人がこの世にいるんですか?」
「うふふ。酷い人なら世の中にもっと沢山いるけどね。だからお灸を据えるためにも、叩きのめしちゃって欲しいわ。こちらも剣術を教えるって言う建前があるんだら」
なるほど。世の中にはそんなに悪い人がいるのか。まるで魔王みたいな人だ。
「でも、僕で大丈夫でしょうか? 僕まだ弱いですし、キジャさんにも全く勝てる気がしません」
キジャさんは強かった。殆(ほとん)ど僕から攻撃するだけで防御する姿しか見てないけど、どんな事態にでも対応出来る姿勢を崩さなかった。ナイフを一撃当てれたのは、キジャさんが油断してくれてたお陰だろう。
「あはは。アークちゃんは基準がぶっ飛んでるわね」
そうだろうか? 確かに父様を基準にするのはおかしいと思うけどね。キジャさんはいつか超えていかなきゃいけない壁だと思う。
剣術訓練は十四時からみたいだし、一時間くらい暇がある。
「僕は少し訓練場を使わせていただきたいと思います」
「うん。その⋯⋯ねえ、アークちゃん」
「何でしょうか?」
「お菓子、ありがとう。美味しかったわ」
ミラさんが笑ってくれた。チョコレート分けた甲斐(かい)があったね。
「元気が一番です」
「そうよね。本当に助かったわ」
「それじゃ」
軽く手を振って訓練場へ向かう。仕事の前に少し体を温めておいた方がいいと思うんだ。
準備運動をして軽く走り始める。変なことはしてないと思うんだけど、ここでも冒険者さん達に注目されちゃうみたい。僕をじっと見ている人が沢山いるよ。
僕は訓練場の中を周回しているわけで、そんなに見てたら首が捻れちゃうと思うんだ。
色々やってると時間もあっという間に過ぎていく。すぐに約束の十四時になってしまった。
まだ来ないのかなーっと思いながらギルドの受け付けを見てみると、ミラさんが大きな男の人達三人に詰め寄られていた。
もしかしてピンチ? とりあえず聞き耳を立ててみよう。
「困ります! 一度に三人もだなんて!」
「良いじゃねぇか。こっちは何倍も依頼料払ってるんだしよ。それに、冒険者は戦闘のプロだろ? 俺等みたいな商人が趣味で振ってる剣なんて、当たりゃしねえんじゃねえか? はっはっはっはっは」
「駄目です! 普通のGランクは学生上がりの初心者ばかりなんです。今回の依頼を受けた子なんて、まだ学校にも行ってない年齢なんです! 幼い子なんですよ? それを大の大人三人同時に相手しなきゃいけないなんて、何を考えているんですか!」
「あまりうるせえこと言うなよ。だいたい依頼書にはこっちの人数なんて書いてねーだろ? 何も問題無いはずだぜ」
ニヤニヤと笑う大きな男の人。僕、あの笑い方好きじゃないな。
ミラさんが歯を食いしばっている。
せっかく少し元気になってたのに、幸せが逃げちゃってるじゃないか。あの男の人達のせいかな? ミラさんの顔が悔しそうになっちゃってる。ちょっと怒ったぞ僕は。
「さあ、とっとと案内しろや」
「⋯⋯」
僕は男達とミラさんの間に割り込んだ。颯爽とね⋯⋯割り込んだのに、「何だお前は!」みたいな声が無いと思ったら、気がつかれなかったみたいだ。
身長低いのも苦労するんだよ? ギブ。
「大丈夫だよミラさん」
「あ、アークちゃん! まだ出てきちゃ駄目よ! 私が話をするからね。戻って」
ミラさんが僕の背中を押す。でもそれは駄目だ。僕はこの男の人達の発言で、頷ける部分が一つだけあったのだ。
「何だ? このちっこいのは」
背中を押すミラさんの手を避けて、僕は優雅にお辞儀をした。
従者はいつでも余裕がなきゃいけないのだ。
「僕の名前はアーク、Gランク冒険者です。今回の依頼を受けて、実戦的な剣術の指導をさせていただきます」
「ぶふ、あっはっはっはっはっ!」
男達はこちらを指差しながら笑う。ミラさんの顔は強ばっていた。
「ひいー、おい、マジかよ。こんなちっせーのがGランク冒険者だと? ならEランクの先輩は六歳児くらいでちゅかね? 成人したらAランクでちゅか? はっはっはっはっは」
世の中にはこんなに下品な笑い方があるのか。でも、不思議となんとも思わないね。
「そうですね。成人する頃にはAランクになっているでしょうね」
「ぎゃっはっはっはっは!」
何がそんなに面白いの? 僕は真面目に答えただけなのに。
「時間も勿体(もったい)無いですし、そろそろ訓練場へ移動しましょう」
「ちょっと! アークちゃん!」
ミラさんの顔が泣き出しそうだ。後で甘い物でも食べに行こうね。
僕にギブみたいな身長があれば、ミラさんの頭を撫でて、大丈夫だよって言ってあげられたかもしれない。
父様と母様は身長高い方だから、僕も将来は期待出来る筈(はず)だ。
「大丈夫ですよ。商人が趣味で振っている剣が当たるわけないじゃないですか」
そうだ。この言葉には残念な気持ちが湧いてきたんだよ。
真剣に剣と向き合わなければ、神様は剣術スキルを授けたりなんかしないのだから。
「言うじゃねえか餓鬼が!」
「貴方達が言ったんでしょう? それに事実ですので」
胸を張って答えた。顔を忌々(いまいま)しそうに歪(ゆが)める男達。怒ってるのは僕もだからね。僕は顔には出さないけどさ。
でもこの男達の実力は未知数だ。正直に言えば少し怖いよ。でも、負けられないじゃないか。負けたくないじゃないか。
心にいつでも余裕を持たなきゃいけないのに、すぐ感情が昂(たか)ぶる僕は、まだ上辺だけの従者だね。
もっと大きく強くなる。父様や母様のように。
さあ、絶対勝つぞ!
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