第9話 武器屋バスス再び




 おはようございまーす!! 僕はアークです。朝の訓練で異変を感じました。

 何故かわからないけど、体の調子が凄く良いのです。走れば体が羽のように軽く、剣もいつもより軽く感じます。少しおかしいよね?

 自分の内側に意識を傾けてみると、称号が一つ増えてました。


 “お姉さん殺し”


 意味がわかりません⋯⋯お姉さん殺してません⋯⋯神様は何を見て僕にこの称号を授けたのでしょうか?


 多分この称号のせいで、ステータスが少し上がったのかもね。


 帰って一通り訓練をして、もしゃもしゃ美味しい朝食を食べる。

 サダールじいちゃんのくれるお菓子をどんどん口に入れていくと、ハムスターも真っ青になるくらいの大きな頬っぺたの完成だ。


 今日はバススさんの息子に会いに行くよ。立派な戦士にするって約束したからね。


「もしゃもしゃモグモグ⋯⋯」


 分割思考のお陰で、起きている間はずっと魔法訓練です。まだまだ父様と母様の背中は遠い⋯⋯いつか届くといいな。


「アークちゃん。もっとゆっくり食べなきゃ駄目よ? 従者として、常に余裕を心がけなさい」


「モグモグ、ゴキュン⋯⋯はい。ごめんなさい」


 ミト姉さんに叱られました。こんなに急いで食べてしまったら、作ってくれた人にも悪いよね。

 手間暇かけて美味しく作ってくれてるんだから、ちゃんと味わって食べないと駄目だ。ちょっと反省が必要です。


 ミト姉さんは叱っても、すぐに頭を撫でてくれるんだよ。だから僕もミト姉さんが大好きだ。


 今日は母様も一緒に朝食を食べている。ツワリってのがきてて、調子の良い時だけ仕事するんだってさ。

 母様が調子悪くなるってのはよっぽど大変なんだろうね。他の人だったら三秒で死ぬかもしれない。いや、一瞬で消し炭になるかもだよ。こわ!


 なんて恐ろしい病気なんだろうか。


 昨日の夜、父様と母様の冒険譚を紙にまとめたんだ。

 これ、幼少期の武勇伝から書くと、とんでもない量になりそうだな。大長編作品になりそうだね。

 幼少期だけでも書けたら出版社に持っていってみたい。ドラグスの町に一つあるんだけど、本社があるのは王都らしいよ。


 父様と母様は実名で良いかな。皆に知ってもらいたいんだ。僕の父様と母様はこんなに凄いんだって。

 二人共とっても謙虚だから、あまり外では話さないみたいなんだけど⋯⋯僕はやっぱりもったいないと思っちゃうんだ。


 朝食を食べ終えて、僕は屋敷の外に出る。


「ん〜。良い天気! 頑張って良い戦士を育成しよう!」





 ──カラン。


 武器屋バスス店に入ると、扉の開閉に合わせて小さなベルの音がした。

 昨日は恥ずかしいところを見られてしまって、扉の音には気がつかなかったな。


「お!? 来てくれたか! アーク」


「おはようございますバススさん」


「まあ上がれや、珈琲と紅茶どっちがいい?」


「迷いますね。んー⋯⋯じゃあ練乳たっぷりの珈琲が良いです!」


「ハッハッハ。わかったよ」


 レジの奥には、関係者以外立ち入り禁止っぽい通路があるんだ。バススさんに案内をされて、プライベートエリアを進んで行く。悪い事してなくても少しドキドキするよね? 人の家に入るのってさ。バススさんが奥の扉を開けたら、中は広く大きな食堂になっていた。


「あ⋯⋯」


「ん? あら?」


 四メートルくらいの大きな女の人がいたよ。多分昨日バススさんが言っていた巨人のハーフの奥様かな。


「おはようございます! アークといいます!」


「あれぇ! これまた小さな子だねぇ」


 僕は片手で握られて、結構高くまで持ち上げられてしまう。乱暴に見えるけど、別に痛くはないよ。優しい力加減だね⋯⋯


「お客さんを持ち上げるもんじゃないぞ? アマル。アークの肝が太いだけで、普通のやつならびっくりすっぞ?」


「ごめんなさいねぇ。可愛いくてつい」


 すぐに下ろしてもらったけど、やっぱり普通は怖いよね。


 僕は冒険者だから、あの状況でもどうにか出来る自信がある。でも武術の心得がない普通の人なら、体の自由を奪われたらパニックになっちゃうかも。


「そこ座れや、アーク」


 椅子がとても頑丈そうだ。出てきた珈琲は⋯⋯ナニコレ寸胴? ラーメン屋さんかな? これ全く飲みきれないよ。僕が中に入れるくらい大きいかも?


「おーい! ギブ。飯だぞ〜!」


 息子さんの名前はギブっていうんだね。そのギブの母親がアマルさんね。

 あ⋯⋯これから朝食ってことは、僕はタイミングが悪かったんじゃないかな? 迷惑じゃないと良いんだけど⋯⋯もう来ちゃったものは仕方ないや。


 珈琲をフーフーしても全然冷めないよ。寸胴だもの仕方ない。でもとても美味しそう。香ばしいコーヒーの香りと甘い練乳の香りが漂ってきた。


 氷魔法なら冷やせるんだろうけど、水魔法を極めるまで使えないんだよね。


 水魔法が初級、氷魔法が中級、氷海魔法が上級だ。

 火は、火魔法、火炎魔法、獄炎魔法。

 風は、風魔法、暴風魔法、迅雷魔法。

 土は、土魔法、大地魔法、重力魔法。


 初級の火、水、風、土魔法を覚えると、光と闇の魔法が取得可能になる。光と闇は最初から中級魔法なんだ。

 光は光魔法。その上には極光魔法っていう凄い魔法があって、闇魔法の上には暗黒魔法がある。

 極光魔法と暗黒魔法を極めると、混沌魔法を使えるようになるんだよ。


 道のりは長いよね⋯⋯


 火、水、風、土の初級魔法と、光と闇の中級魔法をレベル1でも使えるようになれば、無属性魔法が使えるようになるんだ。

 無属性魔法は上級魔法。極めれば最上級魔法の空間魔法を取得出来て、さらにその上に時空間魔法という奇跡のような魔法がある。時空間魔法は神級魔法となるみたいなんだ。


 僕のユニークスキルで詳細だけは知っていても、何処まで使えるようになるのか謎だよね。

 勿論努力はするけど、長命の種族じゃないとそこまで辿り着けないかもね⋯⋯そこは少し考えがあるんだけどさ。


 他にも特殊な条件を満たす事で、やっと使えるようになる魔法もある。教会の女神像には聖なる魔力が宿っていて、その魔力を浴び続ける事で神聖魔法が使えるようになるんだ。

 神聖魔法は癒しの力。怪我を治し、病を遠ざけ、呪いを祓う。是非使えるようになりたい。

 他にも、ダンジョンで取得出来る迷宮魔法や、神樹に認められる事で使えるようになる森林魔法。数えだしたらきりがないよ。

 貴族が取得条件を隠して、独占している危険な魔法などもあるらしい。使えるようになったら疑われちゃうかもだし、暫くは封印かな。


 思考の渦に飲まれていたら、ガタガタと音がしてくる。


「おはようギブちゃん」


「おはよ⋯⋯う⋯⋯え? 誰?」


 アマルさんがギブに声をかけた。


 身長180って聞いてたけど、本当に体が大きいや。がっちりしているし、僕と同じ四歳だとは思えない。


 ギブは僕の顔を見て固まっている。きっとバススさんが事前に話をしていなかったのかな。


「おはようギブ。僕はアークだよ」


 同い年らしいので、意識的に言葉を崩してみた。


 引きこもってるとは聞いてたけど、家の中では歩き回れるんだね。


「アーク!? え? え? 子供? お客? お客さん? ん?」


 ギブの頭の上でクエスチョンマークが乱舞している。


 僕は椅子から降りてギブの目の前に立った。回りくどいのはいらないと思うんだ。ストレートにお話をしよう。


「ギブ。友達いないんだってね」


「⋯⋯だ、だったらなんだよ! 俺には友達なんて作れないんだよ!」


 色々あったって聞いたからね。でも僕は一切遠慮しないよ。


「作れるさ! ギブがその気なら、すぐにでも友達が出来るよ」


「勝手な事言うなよ! 何も知らない癖に! 俺だって頑張ったんだよ!」


 そうだ。ギブは頑張って友達を作ろうとした。僕には経験の無い事なんだけど、だからそんなに傷ついてしまったんだと思ったよ。


「そうか⋯⋯僕は友達作り頑張ってなかったや」


「そらみろ! お前に俺の気持ちなんかわかるわけないだろう!」


「うん。わからないよ」


「な、なら! 僕に構うなよ!」


 僕とギブじゃ辿ってきた道が違うから、本当にギブを理解してあげられはしない。

 でも、そんなのは関係ない。僕はなるべく優しい笑顔を作り、ギブに普段通りに話しかける。


「ギブ。友達が出来たら何をしたい?」


「え? 友達?」


「僕にはわからないんだ。冒険に憧れて、それしか見てこなかったから」


「⋯⋯」


「ギブは何がしたいの?」


 ギブは黙って下を向いた。悔しそうに顔を歪めて、奥歯を噛みしめている。今どんな風に考えているんだろう? 逆に僕に友達が出来たら、その子と何をして遊ぶんだろうな。


「友達が出来たらやりたい遊びとかあるでしょ? ギブはどんな事がしたいの?」


「うぅ⋯⋯お、俺は⋯⋯お友達と⋯⋯お喋りしたり⋯⋯剣研いだり」


 剣研ぐの!? 一緒に!? ブランコの隣りとかでかな?


 今まで何があったのかわからないけど、何かを思い出した様子で目に涙が溢れてきた。


 何とかしてあげたいな⋯⋯僕の周りには、優しい大人ばっかりだった。だから同年代の子と話すのは、生まれて初めてだったんだ。


「うぅぅ⋯⋯」


「ギブ⋯⋯」


 ギブは泣き出してしまった。傍目から見たら、大人が泣いているようにしか見えない。

 バススさんとアマルさんは心配そうな顔をしているけど、口は出さずに耐えているみたいだね。


 ギブは僕と同じ四歳⋯⋯僕も昨日冒険者ギルドで泣いちゃったから、その気持ちはとてもわかるよ。


「⋯⋯あと、スイカ割りとか⋯⋯」


「⋯⋯スイカ割りはレアケースだと思うなぁ⋯⋯条件とか、シチュエーションとか?」


 少しギブが心を開いてきてくれた気がするよ。もらい泣きしないように頑張ろう。


 誰かの涙を見たのは初めてだけど、とても辛い気持ちになるんだね。


「実はね、僕も友達いないんだよ。ギブが良かったら友達になってくれないかな?」


「え? アークも? 友達いないの?」


「うん⋯⋯猫だけが友達だったよ。天敵になっちゃったから、一方通行だったんだけど」


 あの時は凹んだよね。でもクレアのために頑張ったんだよ? 痩せさせようと心を鬼にした。ちょっとでも横になろうものなら撫でて抱っこしてあげたんだ。


「ギブが友達になってくれたら嬉しいよ」


「⋯⋯本当に良いの?」


「もちろん! とりあえず朝食を食べちゃってよ。遊びに行こ!」


「う、うん! わかった!」


 バススさんはホッと胸を撫で下ろす。アマルさんは僕に新しい寸胴を⋯⋯もう⋯⋯飲めないですよ?


 僕はちゃんと朝食を食べてから来たんだけど、バススさん一家の朝食はかなり豪勢だった。

 魔獣のお肉を使った極厚ベーコンなんて、それ超高食材だよね? 初めて見たよ。


 ドラグスの町で、上から数えた方が早いお金持ちな家。アマルさんの食事も凄かったな。僕くらいある大きさのバターロールを食べていたんだ。

 手作りなのかもね。良い香りがして美味しそうだよ。


 バススさんもギブも結構食べる。つられて僕もベーコンをいただきました。噛み締めた時の旨みの濁流に、その場でクルクル回りたくなっちゃいました。





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