第8話 初依頼頑張りました。




 バススさんと別れ、自宅まで全力で走った。

 今日は依頼を受ける約束をしちゃったから、バススさんの息子には明日会う事にする。


 屋敷に到着すると、裏口に急いで回り込む。使用人は正面玄関を使う事を許されていないのだ。例外はあるんだけどね。

 あまり音を立てないようにササッと中に入ろう。


「ただいま帰りました」


「お? 帰ったかアーク」


「父様! お仕事お疲れ様です」


 使用人の食堂に、今日は何故か全員が集まっていた。

 父様と母様は普段昼食で会うことはないんだけど、珍しいな。


「アーク、とりあえず座りなさい」


「はい」


 手洗いとうがいを済ませ、自分の席に着席した。

 いつもよりちょっと真面目な顔をしている父様に、僕は少しドキドキするよ。

 だけど真剣な顔はすぐに溶けた? とろけたと言ってもいいかもしれない。


「父様?」


「ハッ! いかんいかん。真面目な話なんだ。よく聞けよ」


「はい!」


 また真面目な顔を作る父様だったけど、すぐに口がニヨニヨしてきて台無しだ。

 父様は一度咳払いをしてから居住まいを正す。


「実はな、アークに兄弟が出来た」


「兄弟ですか?」


「ああ。子供が出来たんだ」


 子供⋯⋯子供って、え?


「ここにもう一人居るんですか? 気配は感じませんが」


「ん、ああ。難しい話だよな。赤ちゃんが出来たんだよ」


「赤ちゃん?」


「ああ。なんて言えばいいかな⋯⋯」


 父様はサダールじいちゃん、ミト姉さん、クライブおじさんの顔を順に見る。

 よくわからないけど、暗い話じゃないっぽいね。昼食を食べながらのお話みたいだし。


「赤ちゃんはここにいるのよ」


 そう言って母様がお腹を撫でる。


「赤ちゃん食べちゃったの?」


「ハッハッハ、違う違う。半年ちょい先になるが、その時にわかるよ。とりあえず、母さんに負担はかけるなって事だ」


「わかりました。父様」


 きっとこれはめでたい事なんだと思う。料理のスープにお肉が入ってるからね!

 赤ちゃん、赤ちゃんかー。赤ちゃんが出来るってどういう事なんだろう。二人共仕事で忙しいのに。


「赤ちゃんはいつ作ったんですか?」


「ぶふぉ!」


 父様がスープを吹き出した。どうしたんだろう? お肉入ってるのに勿体ない。


「それはアークが寝た後にだな⋯⋯ガハッ!!」


 母様が父様を殴ったよ!? 結構強めにボディーブローが。


 僕には内緒のお話なのかもしれない。今聞いても止められそうだ。

 今度ミト姉さんとお風呂に入った時に聞いてみようかな? 母様と同じ女の人だから、きっと作り方とか知ってるよね。





 またまた冒険者ギルドにやってきました。中に入ると、また注目されてしまいます。

 あれ? ミルクのおじさんがまだいるよ? 何時間あそこに座ってるのかな? 顔見知りだし、一応頭を下げておいた。腰九十度でね。


 ギルドの依頼掲示板を眺めてみると、Gランクなどの雑用依頼が下の方に貼ってあった。身長がない僕には本当に助かるよ。


 僕に出来そうな依頼はあるかなー? 町の外に行かないやつがいいんだけどね。


 薬草採取は駄目。ゴブリン討伐はFランク依頼か⋯⋯これも駄目。下水道のヘドロ掃除⋯⋯これも駄目。朝から集合する時間指定の依頼みたい。むむむむ〜⋯⋯あ! 町内の荷物配達だ! これにしよう!


 依頼書をペリっと剥がし、カウンターに持って行く。


 あそこのおじさんは酒場らしいから、隣の⋯⋯お姉さんは朝とっても怖かったから、さらに隣のお姉さんにしよ。長い亜麻色の髪のお姉さんだ。


「すいません。これ受けたいのですが」


「子供!? もしかして君が噂のアークちゃんかな?」


「噂の?」


「いえ、こっちの話よ」


 お姉さんが依頼書とギルドカードを受け取った。

 髭キジャさんから聞いた通りにやってみたけど、受け付けの流れは間違っていないよね?

 Gランク依頼で成功報酬が5ゴールド。5ゴールドあれば、レストランで普通の食事が出来るお値段だ。


「受け付けは完了よ。ちょっとギルドの裏手に来てくれるかな?」


「わかりました!」


 いけない! 僕は仕事をしてるんだ! わかりましたじゃなくて畏まりましたって言うべきだったよ。サダールじいちゃんに怒られちゃう⋯⋯次は気をつけよう。


 ギルドの裏手には、ちょっと重そうな木箱が置いてあった。


「これね。地図も貼ってあるからわかるわよね?」


「はい!」


「ではよろしくお願いします」


 こ、今度こそは失敗しないぞ!

 サダールじいちゃんに教えてもらった礼をする。


「畏まりましたお嬢様。この御依頼、恙無く遂行して参ります」


「あら! 可愛い♡ 頑張ってね! アークちゃん!」


「え? わあ!」


 何故か抱きしめられて頬にキスをされてしまいました。ちょっとびっくりだよね。

 子供扱いされてる? まーいっか。仕事頑張ろう。


 上着を畳んで頭にのせる。そしてその上に木箱をのせた。


 こ、これは首が鍛えられそうだね。バランス感覚と足腰の筋力も両方鍛えられる。

 何が入ってるかわからないから、ゆっくり優しく運びましょう。


 目的地は、武器屋のバススさんちの近くで、教会のお隣り様。場所は簡単だったので迷わず行けるね。


 ん? 気配察知に反応あり。誰かついてきてる! 武器は一式あるけど、変な人だったら怖いなー⋯⋯強盗だったらどうしようかな。


 急に走り出してみよう。なるべく箱に負担がかからないようにね。

 僕が走り出すと追跡者も速度を上げた。やっぱり追いかけて来るみたい。怖いなぁ。


 僕はすぐに角を曲がって物陰に隠れた。これで追跡者も戸惑うだろう。猫の天敵の僕からすれば、この追跡者は素人っぽい。まだまだ訓練が足りないね! クレア貸してあげても良いけど?

 追跡者は急に消えた僕を探して、キョロキョロと周りを見回していた。


「アークちゃんいなくなっちゃったわ⋯⋯迷子になってないかしら」


「⋯⋯」


 さて、どうしよう。ギルドの受け付けのお姉さんでした。スタート地点から追跡されてたんだなぁ⋯⋯僕もまだまだだよ。

 物陰から出て、お姉さんの後ろから近づいていく。


「お姉さん」


「ひあ! あ、アークちゃん!」


「なんでついてきたの?」


「な、何の事かな〜」


 目がすっごく泳いでいるよ。誤魔化すつもりでいるみたい。


「もぅ⋯⋯お仕事に戻って! 皆困ってるよ。きっと」


「は、は〜い」


 初めてのお使いだと思われているんだろうね。否定出来ないけど!

 お姉さんはこちらをチラチラ振り返りながら仕事に戻っていった。


 実績が無いから仕方ないか。早くお姉さんが安心してくれるように頑張ろう。





 目的地に到着しました。実はここ、商業ギルドなんだよね。僕はお客様ではないから、正面じゃなく裏手に回るべきなのかな?


 建物の裏へ行ってみると、丁度休憩中の男性がいた。煙草を咥えながら木のベンチに座って空を眺めているようだ。

 大人は何でタバコを吸うのだろうか? クライブおじさんも煙草を吸ってるんだよね。寒い日も外で。


「休憩中すいません。少しお時間いただけませんか?」


「ふぇ? どちら様のお子さんかな?」


 説明してもバススさんみたいに信じてくれないかもしれない。いや、多分確実に。

 僕は木箱を地面に置いて、冒険者のギルドカードを取り出した。

 それを見た男性は、目を見開いてタバコがポロリと地面に落ちる。


「ええええ! 四歳って! ええええ!」


 うん。この反応、今日二度目だよ。


「冒険者ギルドの依頼で来たのです。これはどちらに運びましょうか?」


「ここでいいよ⋯⋯いや、いいですよ。冒険者ギルドにはお世話になっております⋯⋯」


 流石商業ギルドの人だね。納得いかなくても呑み込んでくれたよ。


「ではこちらにサインをお願い致します」


「はい。今日もありがとう御座います」


 初めてのお使い⋯⋯違いました。依頼完了です。


「あ、これをどうぞ。お試し下さい」


「これはなんでしょう? 黒いですね」


「チョコレートです。今流行ってるお菓子ですよ」


「良いんですか!?」


「ええ。貴方とは長い付き合いになりそうです」


 お菓子は好きなので大歓迎である。商業ギルドの職員さんと握手をして、冒険者ギルドに戻った。





 ギルドに戻ると、入口付近でソワソワしているお姉さんがいた。

 またあのお姉さんだよ⋯⋯心配しすぎだよね。

 背後に回って声をかける事も出来るけど、正面から普通に見つかってあげよう。

 実は僕待ちじゃなくて、他の人待ちだったら恥ずかしいし。


「お帰り! アークちゃん! 心配したのよ」


「依頼は無事に完了しました。でも、Gランクの依頼ですよ?」


「あ、うん。そう、なんだけどさ⋯⋯」


 お姉さんは苦笑いを浮かべている。


「?」


「ああ、いえ、いいのよ。早く中に入って。受け付けしましょう?」


「はい」


 ちょっと変な空気だね。お姉さん、なんだか一人で気持ちが落ち込んでるよ。

 何かあったのかな?


 椅子に座り、カウンターを挟んでお姉さんと向かい合う。僕はカードと受領書を取り出した。ついでにチョコレートも取り出す。


「はい。依頼完了です。お金はいつでもそのカードで引き出せるからね」


「ありがとうございました。あの、お姉さんの名前を教えて下さい」


「そう言えば名乗っていなかったわ。私はミラ。よろしくね」


「はい。今後もよろしくお願い致します。ミラさんこれどうぞ」


 それは板状の黒いチョコレートと呼ばれる物である。ギルドに来るまでに半分食べちゃったけど、ケーキの次に美味しいと思った物だ。


「ん? これはなーに? アークちゃん」


「ミラさんに必要な物だよ。辛い時に食べてね」


「え? どういう事?」


「それじゃ」



side ミラ



 アークちゃんが帰ってしまった。私にもあんな弟がいたらいいなーって思ってしまう。

 ていうか、私⋯⋯子供に気を使わせて、何やってんだろ。


「ねぇ、ミラ。貴女、個人に執着するのは程々にしなさいよ」


「わかって⋯⋯います」


 先輩から声をかけられた。わかってはいるけれど、心は中々難しい。

 仕事が終わり、私は寮の宿舎に帰った。

 一人になると、またあの頃の事を思い出す。


 私はドラグスの学校を卒業した後、地元の冒険者ギルドに就職することが出来た。

 ギルドは三月に大忙しとなるのだ。学校を卒業した人達の登録ラッシュである。

 私はそれの対応のため、卒業した次の日から働きだしたのだった。


「ようようミラ。何か良い依頼無いか?」


「貴方にとっての“良い”の条件がわからないわね」


「そうだなー。こう、バーーンっと一発で有名になれるやつが良いな!」


「またアホな事言い出して⋯⋯はぁ」


 多少依頼にも慣れてくると、こういう新人冒険者が出てくるという。

 彼と私は同期だった。いち受け付け嬢と冒険者ってだけの関係だったけど、しつこく毎日口説いてきて面倒臭い奴だった。

 でも、どこか憎めないあっけらかんとした性格で、私は嫌がりながらも嫌ってはいなかったわ。


「有名になるならランクを上げるのが一番よ。はい、ゴブリン」


「げー⋯⋯またかよ。なんでゴブリンばっかり⋯⋯」


「冒険者に近道なんか無いのよ。死んでもいいなら別だけどね」


「いや、俺もパーティーを預かる責任ある立場だからな。無理な事はしねーよ」


「油断して怪我しないでよね」


「おう! 愛してるぜミラ!」


「依頼の前に怪我したいのかしら?」


 これはいつものやりとりだ。いつもの通りだったはずだ。

 それなのに、


「おい! 町の近くにオークの群れが出たらしい⋯⋯新人が殺られたってよ」


「マジか! 規模は?」


「八体だ⋯⋯今夜には討伐されるだろう。遺体は回収出来たらしいが、酷い有様だぜ」


 冒険者達の話を聞いて、私はまさかなと思いながら席を立つ。

 遺体は遺族に返される前に、一度冒険者ギルドに預けられるのだ。不謹慎かもしれないけど、遺体を確認してあー彼奴らの事じゃなかったんだって、安心するために見てみるつもりだった。

 なのに⋯⋯なのに⋯⋯


「何で⋯⋯死んでんのよ⋯⋯」


 私は遺体に被せられたシートを剥がした。

 朝まで元気だったのに、なんで青白くなってるのよ。


「何でよ⋯⋯いつもみたいに帰って来なさいよ⋯⋯」


 知らないうちに、涙がぽろぽろと溢れ落ちる。


「何でなのよ!」


「ミラ⋯⋯こっちに来なさい」


「帰って来なさいよ!」


「ミラ!」


 先輩に肩を掴まれて、私は強引に部屋の外へ押し出される。

 意味がわからなかったのだ。私は混乱していた。


 扉の外で私は泣き崩れた。自分があの依頼を勧めたから死んでしまったのだと、この時はそれしか考えられなかった。

 本当はわかっていたのだ。こんなのは不運が重なっただけの突発的な事故なのだと。でもその当たり前は、自分を擁護したいだけの汚い感情だと思って受け入れられなかった。


 閉ざされたギルドの扉が、私と彼奴らとの距離のように感じて、信じられないくらいに悔しかった。

 一年経った今でも、毎日彼奴らの事を思い出す。


「わかって⋯⋯いるのよ⋯⋯わかってるのに」


 掌をキュッと握ると、持っていた物がパキりと割れた。


「これは、アークちゃんがくれたお菓子?」


 才能に溢れるとんでもない冒険者。見た目は完全に子供で、背伸びした喋り方をする男の子だ。

 私は見ていなかったけど、ギルドマスターに一撃いれた規格外の四歳児だと言われている。


『ミラさんに必要な物だよ。辛い時に食べてね』


 小さな子供がお菓子を分け与えるのは相当な事だ。

 アークちゃんの声が、今の私を見て言っているかのように脳内で再生される。


 私は小さく砕いた黒い物を、恐る恐る口に入れた。


「甘いわね⋯⋯」


 それは今まで味わった事のない食べ物だった。ほろ苦くて癖になる香り。

 アークちゃんの優しさが、まるで心に染み込んでくるようだった。


「甘い⋯⋯わね⋯⋯」


 心の凝りが溶けていくように、優しさに包まれているように感じる。

 思わず少し涙が出てきた。何やってるんだろうね⋯⋯私は⋯⋯小さな子供にまで心配させて。


「ありがとうアークちゃん」


 一線を引いて冒険者と付き合え、そう先輩に言われている。


 でも関わってしまったら? 一度でも笑いあってしまったら? 私にはまだそんな整理のつけ方が出来る程、大人じゃなかったんだよね。


 淡々と死亡手続きをする自分を想像する。次の日には切り替えが出来るような完璧な私⋯⋯それは嫌だな。そんなの、私じゃない!

 私は傷ついたって素の私でいたいよ⋯⋯でも現実は待ってくれない。時間が前に進む事を強制してくるのだから。


 私はこれからも沢山泣くだろう。沢山辛い思いをするのだろう。

 それでも私は私でありたい。


 一生懸命なアークちゃんみたいに、私も答えを見つけなくちゃね。




   

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