第11話 気持ちを剣に
何でこんなことになったのかな。
訓練場に移動しながら、僕は相手の気配を探ってみる。
男達の名前は知らないので、とりあえず青、黒、緑と名付けよう。単純に上着の色から取った仮名だ。
三人共身長はギブと同じくらいの180前後。ただ筋肉ががっしりしているので、ギブより少し大きく見える。
ギブもドワーフの血のせいか筋肉あるんだけどね。
男達のリーダーは多分緑だと思う。青が騒がしくミラさんに絡んでたやつで、黒はそれを面白そうに見ていた。
緑は一歩引いた位置から静観し、青と黒の反応に合わせている。僕の勝手なイメージだけど、緑が偉いんじゃないかと思ったのだ。
当たっているにせよ外れているにせよ、発言力は高そうだと思うよ。
緑は無理矢理付き合わされているような雰囲気じゃないから、直感的にボスなんだろうなと思ったけど、黒の補佐をする立場っていう可能性も捨てきれない⋯⋯まあ今は関係ない話かな。
勝手に男達の関係性を考えるのも楽しいね。
武器は全員貸し出し用の片手直剣を選んだ。刃引きされているが鉄の塊なので、頭に直撃すると危ない。
小さく細く息を整えて、こっそり集中力を高めていく。体はベストコンディション。頭はさっきよりは冷えていた。
訓練場には他の冒険者も利用しているので、そこまで広くは使えない。空いてた隅っこを見つけたので、すぐに場所を確保する。
「ではこの辺りで始めましょうか。いつでも打ち込ん──」
──ブンッ!
いつでも打ち込んで良いですよって言おうと思った。だけど、言い終わる前に青が無音で近付きいきなり斬りかかってきた。
僕は三人を案内するために先導してきたから、男達からすれば背中を晒していた馬鹿に見えたのかもしれない。それを好機ととらえたのか、振り返る前の奇襲である。
気配察知スキルには気を配っていたので、僕から見れば奇襲にすらなってないんだけど⋯⋯これ、剣術を教わりたい態度じゃないよね。御行儀がとても悪いです。
酷い人達だな⋯⋯
背後からの袈裟斬りを左に避け、足を引っ掛けようかと思ったけど見逃してあげた。僕は何事も無かったように振り返る。
「ひゅー⋯⋯やるねぇ。口だけじゃないって事か?」
「さあ、なんの事でしょう。いつでも良いですよ」
三人の顔からまだ侮りの色が消えない。危機感が足りないんじゃないかな? それとも、それだけの自信と余裕があるのだろうか? 気合い入れなきゃね。戦いはこれからが本番である。
「じゃあ遠慮なく行かせてもらいますよっと!」
まずは青だけで来るようだ。三人同時に来ると思ったのに、やはり僕は子供扱いされているみたい。
それとも僕の手の内を見るために、青に戦わせて探る作戦かな? 黒と緑はこちらをじっと見ているようだ。
薙ぎ払いをしてきたのでバックステップで躱す。短剣術や体術を研いていたお陰で、基礎的な動きは剣術スキルしかない人とは比べ物にならないのだ。
「ちっ!」
次に繰り出してきた顔への突きを躱し、何もせず青の脇を通り過ぎた。
今の青の攻撃、躊躇が無かった。当たったら危ないね。
僕は片手直剣の鞘を左手に持っているだけで、まだ剣を抜いてすらいない。
青は頭に血が上ってきたようである。やぶれかぶれの体当たりをしてきたけど、体のフェイントを使って体当たりを歩いて躱す。体当たりを躱された青は体勢を崩したけど、僕は彼に何もしない。
青が絶望的な隙を晒していても、ただただそれを見詰めるだけだ。
「くそお!」
「少し冷静になって下さいよ。頭に血が上りすぎですよ」
「何だとゴラァ!」
「はぁ⋯⋯まったくもう⋯⋯」
今度は左足で前蹴りを放ってきた。明らかに内側へ誘い込むような蹴り方である。
僕は敢えてその誘いにのった。
内側へ潜り込んだ瞬間、青は斜めの切り上げを仕掛けてくる。
「はっは! くらえ!」
「くらいませんよ」
サッとしゃがんで躱し、さらに内側へ入り込と、青の脇腹をぽんぽんと優しく叩く。そしてすぐに距離を離した。
「な、何でだ⋯⋯ゼェ、ゼェ⋯⋯何で、当たらねえんだよォ! はあはあ⋯⋯」
「頭に血が上り過ぎです。そのせいで体に力が入り過ぎてますよ。だからそんなに疲れちゃうんです」
「う、うるせえ」
「五月蝿くても言います。そんなんじゃすぐに死んじゃいますよ」
「まだ⋯⋯負けちゃいねえ!」
「いいですか? 僕の言葉を良く聞いて下さい」
「うるせえ! 冒険者なんて危なくなったら逃げるクソ野郎共だ! そんな奴の言葉なんか聞けるかよ!」
⋯⋯ぅん? 冒険者に何か含むところでもあるのかな?
「でも、それ⋯⋯僕とは関係ないんじゃ?」
「お前も冒険者なんだろ!? なら同罪だ! 俺は負けねぇ!」
「⋯⋯」
なんだかわからないけど、理屈じゃないのかな? この人の目に僕はどんな風に映っているんだろう⋯⋯やっぱり憎い敵とかなんだろうか。
この人はこのドラグスの町で商売する商人さんなのかな? それとも外の世界を渡り歩く行商人さん? 僕にはわからないような色々な出来事があったのかもね。
よし! 決めた! それじゃあ、
「なら、その思い、全部剣に込めて僕にぶつけて下さい。全て吐き出してしまいましょう」
「なっ!! 巫山戯たこと言うんじゃねえよクソがあああ!!」
そう。それでいい。
青はさらに激しく感情を露(あらわ)にする。気持ち悪いのは全部出しちゃった方がいいよね。
青の振るう剣を、逆手に持った鞘で往(い)なす。僕は剣を抜かないことに決めたのだ。
一方的にあしらわれているせいで、青の顔が怒りから悔しい顔に変わった。
「クソォ! クソオッ!! 当たれ当たれええ! 当たれよおお!」
完全に僕のペースだ。
それを見かねた黒と緑が剣を抜く。
三方向から囲まれ、じりじりとにじり寄って来た。
「邪魔すんじゃねえ! ロド! バイオ!」
「駄目だ。ライノス、お前だけの戦いじゃねえ!」
「ええ。ここまで言われちゃ引き下がれませんよ」
青の言葉に、黒、緑が睨み返す。黒の名前はロド、緑がバイオらしい。一番気になってた青の名前はライノスだ。
リーダーが誰か予想して遊んでいたけど、対等な認め合う関係な気がする。
「ああ、わかったよ! 好きにしやがれ。おい! 糞ガキ! 後悔させてやるからな!」
「そうですね。その負けん気だけは認めましょうか」
「上から目線で言いやがって!」
「当たり前じゃないですか。僕は貴方達に剣術を教える立場なんですから」
「減らず口の絶えねえ餓鬼だな!」
「剣術以前の指導が必要なようですね⋯⋯報酬の割り増しを要求します。ケーキが良いです」
「クソッ! その舐めた態度がいつまで続くか楽しみだぜ」
「追加料金はいただきますよ?」
ここからが本当に正念場だ。背後からの攻撃に、気配察知だけで対応しなきゃいけないからね。分割思考と魔力感知も総動員して頑張ろう。
「行くぞ!」
「おう!」
「ああ!」
「かかってきなさい。ライノス、ロド、バイオ」
*
side ミラ
アークちゃんが訓練場に入って行ってしまった。
どうしよう⋯⋯アークちゃんが⋯⋯アークちゃんがやられちゃうよ⋯⋯私が男達をもっと強く止めなきゃ駄目だったんだ。
こんな無茶苦茶な条件を出されて、当然通るわけないんだから!
昼間からお酒を飲みながら先程の騒動を見ていた筈の冒険者達が、再び何事も無かったかのように酒をあおり始める。
この薄情者! アークちゃんが心配じゃないの!? 冒険者は荒くれ者が多いけど、もう少し仲間意識を持ちなさいよ! こんな奴らには頼れないわ。マスターに⋯⋯ギルドマスターに早く止めてもらわなくちゃ!
階段を駆け上がり、ギルドマスターの部屋に飛び込んだ。ノックすら忘れてしまった私を見て、マスターは椅子から立ち上がる。
「どうした? 危険な大魔獣でも出たか!?」
「い、いえ、違います!」
「なんだ⋯⋯違ぇのかよ⋯⋯」
マスターは立ったついでに珈琲をおかわりするようだ。マグカップを持って、小さく欠伸をする。
「で? 要件はなんだ?」
「アークちゃんが攫われました!」
「何だと!」
あ⋯⋯私も言い方がまずかった。私⋯⋯焦り過ぎだ。
先程の話を掻い摘んで説明すると、マスターは疲れた顔で椅子に座り直す。
「って! 何で座ってるんですか! アークちゃんのピンチなんですよ!? 早く助けないと!」
「落ち着けや馬鹿もんが。何事かと思えばしょうもない」
「訓練場で怪我しているかもしれません! お願いします。助けて下さい」
私はマスターに勢いよく頭を下げた。
マスターならきっと直ぐに助けてくれる。そう信じていたのに、何で動いてくれないの? 呆れた顔で、私に微妙な視線を向けてくる。
少しの沈黙の後、マスターは溜め息を吐いた。
「アークが大丈夫って言ったんだろ? なら任せてやればいいじゃねえかよ」
「無茶ですよ! 三人同時になんて! 当たり所が悪ければ死んじゃいます!」
「はぁ⋯⋯お前、わかってねぇなぁ」
「どうして⋯⋯」
私は我慢の限界だった。世間から見れば、私は大人な年齢だ。今年十七歳にもなると言うのに、こんなにも心を乱している。
「おい。泣くやつがあるか! 小娘が⋯⋯あー、わかったわかった。見に行ってやるよ」
「あ⋯⋯ありがどうございま゛ず」
「しょうがねえなあ。行くだけ無駄だと思うがよ⋯⋯俺も暇じゃねーってのに」
良かった。マスターが来てくれる。良かったぁ⋯⋯
*
side アーク
──ブオン!
三人同時の訓練は静かに始まった。ロドが背後から奇襲して来たからである。
せめて隠密スキルでも使わないと気配がダダ漏れで僕には通じないよ。
今の位置関係は、ライノスが正面、ロドが右後ろ、バイオが左後ろだ。
ロドの袈裟斬りを左に避けると、バイオの突きが完璧なタイミングで迫って来る。
悪くないと思う⋯⋯けど!
魔力操作を使い、左足から螺旋を描いたような魔力が溢れ出した。瞬間的に引き上げられた力が、地面を割り砕かんばかりに込められる。その強化した左足で地面を蹴り、大の大人を楽々飛び越えるような側宙で突きを躱した。
「くっ! やりますね!」
自分でも自信があったのかもね。バイオは悔しそうな顔をした。でも早々に僕の奥の手を引き出したバイオは、素直に喜んでも良いんじゃないかな。
「とったあああ!!」
そうだ。まだライノスがいた。空中で無防備だと思ったのだろう⋯⋯これもタイミングばっちりだ。
だけど残念。僕には二段跳びのスキルがある。
落下のタイミングから軌道が変わり、頭上を軽く飛び越えた僕にライノスは呆けた顔を晒した。
「連携は悪くなさそうですね。もう一度やりましょう」
「ぐっ! ち、ちくしょう!」
「惜しかった! クソ!」
「もう一度です!」
「休んでる暇はありませんよー。次!」
今度は正面から全員で突撃して来る。
ライノスは体力の限界みたいだね。悔しそうな顔で必死さを窺(うかが)わせる。
ロドは表情が読めないかな。怒り、悔しさ、楽しさが入り交じったような不思議な表情だ。
バイオは冷静そうに見えて、その目は静かに怒っている。
まずは一番近いライノスの斬撃を往(い)なした。
「一人で突っ走らない! 必ずロドとバイオに合わせなさい!」
「ぐっ!」
ライノスを小突いてバランスを崩させると、ロドとバイオが同時に斬りかかって来た。
バイオは片手直剣を両手で握りしめ、大上段からの鋭い一撃に賭けるようだ。
ロドは右手に持った剣を、無茶苦茶な大振りで振り下ろす。だけど二人共位置が近い。
──カアンッ!
僕はロドの剣を利用する。横方向に弾いて、バイオの剣を振り下ろす邪魔をさせた。
「なに!」
「あ、ああ!」
テンパってる二人の袖を掴み、手前に引っぱって地面に転がしてあげる。
攻撃で重心を前のめりに崩していた二人を引き倒すのは、殆(ほとん)ど力を必要としなかった。
「ロド、バイオ、ライノスみたいに剣にもっと気持ちを込めなさい! そしてライノス! いつまで寝てるんです? 限界ですか? 起こしてさし上げましょうか?」
「は!? 舐めんなクソが!!」
*
side ミラ
私は何を見ているの? アークちゃんが大きな大人の男を何度も何度も転がしている。
会話だけ聞いてれば、背伸びした熱血子供先生ごっこ(不良学生更生させます編)に聞こえなくもない。
「くっくっく、はっはっはっはっは! 何も心配いらなかっただろ? アークは俺の剣を一度だけ防いで見せたからな。あんな奴等の攻撃は当たらねえよ」
マスターが得意気に笑った。この人は本当に心配していなかったのだ。
「あれが、アークちゃんなんですか⋯⋯」
「ああ、まだまだ未熟だがな。成長すれば俺を超えていく筈さ」
「天才なんですね」
「いや、どうだろうな」
「え?」
「アークの手はな、一朝一夕で作れるような代物じゃねえんだ。毎日毎日、寝ても覚めても訓練訓練訓練の日々だっただろう。ただ冒険者になりたいと泣くような餓鬼を、俺がギルドに入れると思うのか?」
「いえ⋯⋯それは⋯⋯」
「ふぅ⋯⋯まあ、アークは変わってるよ。いったい何を目指しているのかわからん。でも嫌々やってるわけじゃねえんだよな。本気でなりたい目標に向かって、全力で走り続けてる凡人。俺にはそう見える⋯⋯だからアークを天才なんて言葉で片付けるのは、俺は彼奴(あいつ)に失礼だと思うぞ」
「うぅ⋯⋯私⋯⋯」
私は⋯⋯アークちゃんを勝手に決めつけていたの?
「はっはっはっ! アークは眩しいよな。もっともっと見ていたいぜ」
「はい! ⋯⋯私もまだまだですね」
「まあ、お前のこともな⋯⋯気がかりではあったんだ。ギルドで受け付けをやっていれば、“そういう”こともある」
マスターは頬を指で掻き、私の顔を見詰めて来る。私がかつてない程に取り乱したあの時の事を言っているのだろう。
「マスター⋯⋯」
「乗り越え方は人それぞれだ。だけどな、あの時悲しんでたのはお前だけじゃないんだぞ? 皆を頼れ。それが生きてくコツだぜ」
「は⋯⋯はい⋯⋯あ、ありがとう⋯⋯ございました。心配おかけして、申し訳ございません⋯⋯」
やっぱり私は馬鹿だった。狭い世界で自分一人だけで悩んでいるつもりになっていたんだ⋯⋯でももう大丈夫だよ。ありがとうマスター。ありがとうアークちゃん。
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