第6話 キジャ



 冒険者ギルドの二階にある一番奥の部屋へ案内された。

 スペースは八畳くらいあるけど、書類や本棚のせいで、酷く狭く感じる。


 応接室ってわけじゃなさそう。きっと個人の仕事部屋なんだろう。


 テーブルの上に、苺のショートケーキと紅茶が差し出された。

知らないお姉さんが、僕に頭を下げて退出していく。


「そこ座んな」


「はい」


 髭モジャおじさんに促されて、対面のソファーに腰掛けた。

 これから登録に関しての話をするはずだけど、僕の意識はケーキに釘付けになる。


 だって⋯⋯だってケーキだよ? 話にしか聞いた事がないような幻の食べ物だ。

 貴族様やお金持ちの人達だけが食べる事が出来るんだってミト姉さんが言ってたんだ。それが今僕の目の前にある⋯⋯ゴクリ。

 これ一個で宿屋に宿泊する事が出来るくらい高いんだ。50ゴールドはするんじゃないかな。


「クックック。やっぱり子供だな。まあ、まず食えや」


「い、いただきます!」


 フォークを手に取りケーキを小さくカットする。

 とてもふわふわしていて、フォークの自重だけでも切れていくようだ。

 口に入れればあら不思議。中でしゅわしゅわと溶けていくよ!

 僕は甘党なのだ。紅茶にも砂糖六個入れちゃう! ケーキは幸せの塊なんだね。


 幸せな時間は過ぎるのが早い。髭モジャおじさんの分まで平らげた僕は、やっと落ち着く事が出来た。

 泣いたし運動したからお腹が空いていたのかも。


「まずは書類から作っちまうかな。名はアークでいいんだよな?」


「はい。そうです」


「アークは貴族だったりするか?」


「平民ですよ?」


「そうか。まあそりゃどっちでもいいんだがな。喋り方が丁寧なもんでよ。もしかしたらって思っただけだ」


「うち、マナーには五月蝿いのです」


「なるほどな」


 髭モジャおじさんが書類に何かを書いていく。質問しながら書類を作成するようだ。


「出身地は何処だ?」


「生まれた時からこの町です」


「ほうほう。得意な武器は⋯⋯っと、アークは魔法も使っていたな。登録は魔法剣士で良いだろう。何で冒険者になろうと思ったんだ?」


「僕は世界を旅してみたいんです」


「はっはっは。そうかそうか」


 そこからは雑談になった。さっきの戦いの反省点だとか、今後の課題で何を鍛えたら良いだとか。上位者から話を聞くのは本当に勉強になる。


「次は功績ポイントの話をしようか」


「はい! 髭モジャおじさん!」


「クック······まあ髭モジャおじさんでも良いんだがな、自己紹介しておこうか。俺の名前はキジャだ。一応ギルドマスターをしている。元Aランク冒険者だったんだぜ」


「Aランク!!」


「元だ元! 今はただのギルドマスターよ。まあギルドマスターってのは実力がBランク以上じゃなきゃ駄目な決まりでな、だからアークも他の町に行った時に、何か問題があればギルドマスターを頼ると良い」


 流石は元Aランク冒険者さんだね。だからあんなに偉そうだったんだ。


「話が脱線しちまったな。功績ポイントってのはな、ランクアップに必要なポイントの事だ。Gランクの冒険者がGランクの依頼を達成すると、功績ポイントが一ポイント手に入る。一つ上のFランクの依頼を達成すると十ポイントだ。条件次第で二つ上の依頼までは受けれるんだが、調子にのって依頼を失敗すると、その被害に応じて罰金やランクダウン、または除名処分になったりもするから気をつけろ」


「はい!」


「上のランクには、百ポイント貯まれば自動で上がるからよ。あ、言い忘れてたが、自分のランクより下のランクの依頼はポイントが入らねぇ。緊急時の強制依頼は別だがな。Eランクまでが下級冒険者と呼ばれている。Dランクになれば一人前だ。ベテランなんかもいるし、手練も多くなってくる。Cランクになると、貴族から声がかけられたりするんだが⋯⋯まあそんな先の事を話しても仕方ないか」


 一ランク上げるのに百ポイントかぁ。スキルと一緒でコツコツやるしかないんだね! 頑張らなくちゃ!


「まずはDランクを目指せ。アークなら何年もかからないだろう」


「わかりました! 期待にそえるように頑張りたいと思います!」


「お⋯⋯おう。どっかの貴族のクソボンボンに、アークの爪の垢でも飲ませてやりてぇな⋯⋯」


 髭モジャおじさん改め、キジャさんが遠い目をしている。

 僕はちゃんと手を洗うし爪も切る。だから垢なんて無いんだけど⋯⋯


「説明はだいたい終わったはずだ。最後にこれに手をおけ」


「これは何ですか?」


「アークの魔力から、カードの認証登録をするんだ」


 キジャさんが、四角く薄い金属のプレートをテーブルに置いた。その金属プレートには、複雑な魔法陣が描かれている。

 僕は魔法陣を見るのは初めてなので、これに何の意味があるのかわからなかった。

 言われた通りに手をおくと、魔方陣が七色に光り始める。それと同時に、体の中を何かに這い回られているような気持ち悪い感覚を覚えた。


「もう良いぞ。カードが完成した」


「なんか変な感じがしました」


「うむ。その感じは覚えておいた方がいいぞ。鑑定されている時と同じだからな」


 鑑定。それは僕もいつか欲しいと思っていたスキルだ。取得条件が厳しいから、半分諦めているんだけどね。

 錬金術や魔導具師のスキルを極めないと手に入らないので、生産系の職人を目指すなら可能性はある。

 まずは世界を旅出来るだけの力をつけるのが先決だ。


「もしも鑑定されていると感じたら、とりあえず剣を抜け」


「え? いきなりですか?」


「はっはっは。当たり前だろう? 無断で鑑定スキルを使った場合、鑑定罪が成立するからな! それに、術者は必ず近くにいるはずだ。魔力感知は最大まで鍛えておけよ。そうすれば見つける事が出来るだろう」


「えっと······はい! わかりました!」


 鑑定罪なんて罪があったんだね。それは僕のユニークスキルでも知らなかったよ。


「うむうむ。鑑定したやつを斬る前に······」


「斬る前提なのですか!!?」


「そうだ。鑑定されてから首を刎ねるまでの時間は、一秒以内が好ましい。⋯⋯あー、アークにはまだ早い話だったな⋯⋯すまん」


 人の首を刎ねるとか想像しただけでも怖い。僕の顔が青くなっていたのだろう⋯⋯キジャさんは謝ってくれたけど、僕のために教えてくれた事なんだ。


「冒険者はな、自分の力で自分を護れなきゃならん。本来は成人するまでにそこら辺の覚悟をするもんなんだが、四歳のアークには早かったよな」


「いえ! 僕もう大人ですから!」


「そうか⋯⋯ほっぺに生クリームついてるぞ。大人のアークよ」


「もったいないっ!!!!」


 危うく食べ残すところだったよ。舐め残すかな? キジャさんには感謝だ。


「よし。その話はとりあえずいいか。ギルドカードが出来たぞ。説明するからとりあえず見てみろ」


 ギルドカードを見てみると、くすんだ鉄のような色をしていた。そこには色々と文字が書いてある。



*名前 アーク

 種族 人族

 年齢 4

 出身地 ドラグス


 魂魄レベル 1


 体力 102

 魔力 71


 力  33

 防御 6

 敏捷 56


 残金 0ゴールド


 ふむふむ。ん? 魂魄レベルってなんだろう? あ、そう言えばスキルの取得条件に魂魄レベルが関係するものがあったな。

 ちなみにドラグスっていうのはこの町の名前だ。ガルフリー領のドラグスの町。それは別にいいんだけど⋯⋯


「魂魄レベルっていうのはな、高ければ高いほど体が強くなるんだ。魔物を倒せば倒すほど、そのレベルは徐々に上がっていく。人間の体は弱いからよ、魔物に滅ぼされないように神様が与えてくれた有り難い恩恵らしいぜ。教会のお偉いさんの中には、神様の声を聞く事が出来るやつがいるらしくてな、古い聖典にもそう書いてあるんだとよ」


「ふえー。神様って凄いんですね!」


 父様や母様とどっちが凄いのだろう?


「これはアークが学校に行ったら習うお話だからな。今知らないのは仕方ねーよ。そのカードを使えば、自分の今の魂魄レベルと最高ステータス値が表情されるんだ。便利な物だろう? まあ詳しくは学校で勉強しな。ドラグスの学校には、俺が現役で冒険者やってた頃のパーティーメンバーがいるんだぜ」


「え!? その人も元Aランクだったんですか?」


「そうだ。魔法の教員をやってるんだが、アークが通うようになったら驚くかもな。今は活きのいいやつがいねーってぼやいてたからよ」


「あうぅ⋯⋯元Aランク冒険者さんの授業受けてみたかったです。僕は王都の貴族が行く学園に従者として行かなきゃならないらしくて」


「お? アークが従者だと!? あ、あー⋯⋯そういう事か。色々繋がったわ。アークの喋り方が子供としておかしいとは思ってたんだ。貴族じゃねえってことは、アークはガルフリー家の家臣の息子なんだな?」


「そうです」


「それで、領主の子供に同い年くらいの奴がいて、それの従者として王都の学園に行かなきゃならないと、そういうわけだな?」


「はい! 正にその通りです! まだ会った事は無いのですが、どんな人なのか気になります」


「んー、俺は領主とはよく話す機会があるんだ。仕事の関係でな。ただ流石に子供には会った事ねーよ」


「キジャさんは冒険者ギルドのギルドマスターですもんね」


「ああ、ただあの領主の子供ならそこまで悪くはねーと思う。騎士爵なんて平民と変わらん。服装も普段から平民みたいな感じだしな」


「そうなのですか」


「だけど騎士爵の癖に任されている領地が大きいんだ。分不相応とでも言うのかな。特産品もなければ観光地でもない。旨味の無い土地だが、それでも妬む奴はいるんだよ⋯⋯貴族の学園では虐められるかもしれんなぁ。クックック⋯⋯アークは苦労するだろう」


「ええぇ⋯⋯」


 な、なんだか、学園行きたくなくなってきた⋯⋯登校を拒否します! 断固拒否!


「俺は知らんぞ。貴族なんてめんどくさい。派閥やらなんやらと、関係ねーっつー話だ。俺は特に腹芸は好かん」


「はうぅ⋯⋯」


「暗い話はここまでにしよう。泣いてまでなりたかった冒険者になれたんだ。なんか依頼でも受けてくか?」


 そうだ! 僕は冒険者になったんだった! 学園なんてしばらく先のお話だもんね。


「昼食に帰らないと怒られちゃうので、一度食べに帰ります。一時間で戻ってきますね! それじゃ!」


 苦笑いをするキジャさんを置いて、僕は家まで急ぐのでした。





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