第5話 冒険者登録試験
訓練場の真ん中で、僕と髭モジャおじさんは向かい合った。でも最初にこれだけは言っておかないと。
「ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
深々と頭を下げる。やっと心が整理できてきたよ。
悪い事をしたらちゃんと謝るんだって、サダールじいちゃんが言ってたからね。あんなに沢山の人を困らせちゃったんだもん。
髭モジャおじさんは少し驚いた顔をした後、ニヤっと口角を吊り上げる。
「気にするな。さて、武器は何にする? 俺は剣を使う」
「えーと、剣は父様からもらった刃引きの剣があるので、刃引きのナイフを貸してもらえますか? 僕のナイフは刃引きされてないので」
「あいわかった。でもそのままで良いぞ。使い慣れてるもんで構わんよ」
「え? でも、髭モジャおじさんが怪我しちゃうよ?」
「ひ、髭モジャっ!!」
髭モジャおじさんの表情が固まった。周りの人達は顔が青白くなる。
失礼なこと言っちゃったかな? でも自慢の髭っぽいんだよね。ミルクのおじさんもなんだか顔が青白い。不健康なだけかな?
でもまだ髭モジャおじさんの名前とか知らないんだよ。なんて呼べばいいんだろう?
きっと偉い人なんだと思うんだ。
偉い髭モジャおじさんって呼んだ方が良かったね。でもそれだと長いなぁ。
「と、とりあえず武器はそのままで良い。いつでもかかってきて良いぞ!」
「わかりました。胸をお借りします」
「礼儀正しいボウズだな。冒険者も一応客商売だ。間違っちゃいねえが、舐められねえように威張るのも大事だぞ」
「勉強になります」
ここでお話は一旦終了だ。
僕は集中力を高めていく。
「すーはーすーはー」
これから戦闘による冒険者試験が始まるんだ。気持ちを切り替えて望まないと、全力なんか出せっこない!
冒険者になりたいんだ。父様や母様みたいに⋯⋯頑張ってきますね!
戦闘訓練はあまりした事が無い。スキルを取得する以前に、クライブおじさんと打ち合ったくらいなんだ。
緊張する⋯⋯今から全力で戦うんだね。心臓がバクバク鳴ってるよ。
僕も父様みたいに、龍の背中に乗って空を飛んでみたい。母様みたいに、魔王に焼きそばパン買って来てもらうんだ!
目を閉じて深く深く集中し、分割思考でコントロールした魔力操作で全身を活性化させる。
魔力をこんな使い方をする人は、僕以外には殆(ほとん)どいないと思う。体内の魔力を操作して、指や髪の毛の先にまで送り込むイメージで動かいていく。
まだ身体強化のスキルは無いけれど、短期決戦ならこれで代用すれば問題ない。
「はああああぁ!」
体中から力が膨れ上がり、青い光が全身から溢れ出した。
目を開け周りを見てみると、髭モジャおじさんが驚愕しながら目を見開いているのが見える。
最初から奥の手を使わせてもらうね。これを使えばスキルの力も格段に上がるんだ。五分も使ってられないけど。
「なんだそりゃ? 魔力で体を強化した? それで動けるのか?」
「行きます!」
「ふ。おう! 来い!」
剣を構えて飛び出すと、一気に大上段から振り下ろす。
──ガガァン!
強烈な剣の激突する音が鳴り響き、僕は後ろに体ごと弾き飛ばされた。驚かされたのは僕の方だったよ。一撃で力の差がわかってしまった。
僕の攻撃はとても低い位置から放たれた。なので掬い上げるように、相手は剣を合わせただけ。
何のスキルも使っていなかったんだと思う。それなのに、力だけで五メートルくらい高くはね上げられたのだから。
「速いな! それにこの力強さ! びっくりしたわ。はは!」
身体能力に大きな差がある⋯⋯けれど僕は追撃する事にしたんだ。“二段跳び”のスキルを使って、空中で強引に体勢を立て直す。胸を借りるつもりで、全部見せなきゃいけないんだ。
もう一度!
──ズガン!
また弾かれた! さっきより力を込めたのにな⋯⋯僕の剣が軽過ぎるんだと思う。
「二弾跳びだと!? 魔力操作をしながら体術まで使うか!」
なんだか髭モジャおじさん喜んでるなぁ⋯⋯驚きながら楽しそうに笑っている。確かに僕は難しい事をしているよ? 分割思考スキルがあるから、魔力操作をしながらでも体を動かせるんだ。
さて、どうしようかな。普通に斬りかかっても通じる気がしないけど。
着地と同時に飛び出した。再度突撃しながら、人差し指を髭モジャおじさんの足元に向ける。
「はあああ! “ファイアバレット”!!」
「なに! その歳で魔法だと!?」
──ドゴン!
“ファイアバレット”の着弾で、砂埃が大量に舞い上がる。床が乾燥した地面で良かったよ。
誰でも思いつく戦法だろうけど、少ない手札でやるしかない!
砂埃をブラインドにして、隠密のスキルで気配を消した。これで背後に回って攻撃をしようと思ったその時、髭モジャおじさんの気配も消えていた。
「え? どこ!?」
焦って声を出してしまう。
駄目だ! 髭モジャおじさんの気配が掴めない!
ふと、僕は背後から薄くのびる影に気がついた。その影は剣を既に振り上げている。ハッとしながら、振り向きざまに剣先を視界に捕らえた。
距離をとらなくちゃやられる!
「“バブルボム”!!」
「ぬおっ!」
──ドガアアン!
バブルボムの爆発が、お互い至近距離過ぎたみたい。僕は自分の魔法に吹き飛ばされながら、地面に体を何度もぶつけてしまう。距離は取りたかったけど、体勢まで崩れてしまった。
ゴロゴロ転がり、色んなとこをぶつけたのかあちこち痛い。
このままじゃ、何も出来ないで試験終わっちゃうよ⋯⋯? まだ二回しか魔法を使ってないのに、もう魔力が底を尽きそう⋯⋯魔力操作の無理な使い方をしているせいか、きっと消耗が激しいんだね。実戦経験が足りなかったんだ。
砂埃が晴れ、無傷の髭モジャおじさんが出てくる。水魔法のレベル1なんかで、あんなに強い人がダメージを受ける訳無いか。
僕が考えた変則的な攻撃で、ベテランっぽい髭モジャおじさんを騙せるとは思えない⋯⋯なりふり構わず全力でぶつかってみよう。
「火の次は水魔法⋯⋯まさにビックリ箱を開けた気分だ」
「ま、まだやれますから! よろしくお願いします!」
深呼吸をして、自分に気合いを入れ直す。きっとこれが最後になってしまうよね⋯⋯切り札はもう見せてしまっている。一撃だけでも当てたいのに⋯⋯
髭モジャおじさんは、スキルをあまり使っていない。それだけ実力に差があるって事なんだけど、これでも僕は頑張ってきたんだよ? このまま何も出来なかったら悔しいよ。
どうせ最後の攻撃になるのなら、魔力を残す必要も無いよね。
更に魔力を体に行き渡らせる。体が悲鳴を上げるように痛むけど、少しの間だから我慢しなくちゃ!
「はあああ!」
ドンッと地面を強く蹴り、急速に間合いを詰める。一番最初と似ているけど、今度はさっきと違うよ!
「“パワースラッシュ”!!」
「くっ! 剣技までも使うか!!」
僕の最大限の力を込めたパワースラッシュが、一瞬だけ髭モジャおじさんの剣と拮抗した。僕は両手で剣を振ったからね⋯⋯おじさんは腕に力を入れなおしたけど、今回の“僕”は弾き飛ばされない。
そう⋯⋯弾き飛ばされたのは剣だけだ。飛んでいく剣に髭モジャおじさんの注意が向いているうちに、サッと短剣の柄を掴むと、“クイックシャドウ”を発動する。
“クイックシャドウ”は実体に見える短剣技スキルのフェイントだよ。急展開からの急展開に、おじさんはフェイントに反応して剣を構えてしまった。これは僕を侮ってくれていた奇跡のようなものだと思う。
そして、次にもまだおじさんに見せていない必殺のスキル。僕が出せる最高威力の技を放つ。
体を捻り、力を溜めると、
「はあああ! “岩砕脚”!!」
「くっ!! なんと!!」
それでも髭モジャおじさんの防御は間に合ってしまったんだ⋯⋯
剣の腹で僕の“岩砕脚”を受け止めた髭モジャおじさんは、顔に苦悶の表情を浮かべていた。
「ごめんなさい! 痛いですよね⋯⋯本当にごめんなさい!」
「いや⋯⋯してやられたぜ」
髭モジャおじさんは、肩に刺さったナイフを引き抜いた。
渾身の“岩砕脚”と一緒に、僕はナイフをこっそり投擲していたんだ。
最後の最後で上下の二者択一。“岩砕脚”を受け止めた事で、ナイフに対処する暇がなかったんだと思う。
後ろに飛んで“岩砕脚”を躱し、剣でナイフを弾けばギリギリ問題なかったとは思うけど、一瞬力が拮抗したのにあっさり弾かれた僕の剣を見て、思わず疑問に思っちゃったのかもしれない。
その隙をついた短剣技の“クイックシャドウ”に反応していまい、致命的な動揺を誘えたから成功した攻撃だったんだ。
「モジャさんから血が出てます! ごめんなさい⋯⋯どうしよう」
人を傷つけてしまうなんて⋯⋯余裕が無くてナイフが刃引きじゃないのを忘れていたよ。
「気にせんでいい。これは俺の落ち度だからよ。それにこんなのはかすり傷だ。まさかここまでやれるとは思ってもみなかったぜ。少し戦闘訓練をつけてやろうと思っていたら⋯⋯クックック⋯⋯面白いなボウズ」
髭モジャおじさんから頭を豪快に撫でられて、ちょっとフラフラするよ。
魔力操作の擬似身体強化状態を解除して、僕は弾かれた剣を回収した。大事な父様から貰った剣だからね。
試験はどうなったんだろう? 出来る事はこれで全部なんだよ⋯⋯合格してたら良いなぁ。
「ボウズ。お前の名はなんという?」
「僕の名前はアークです!」
「そうか。アークか⋯⋯ふむ。アークは魔物を倒した経験があるのか?」
「一度もありません。町の外に出た事もないので、見た事もありませんよ」
「そうだよな⋯⋯なるほど」
僕は魔物と戦った経験はないけれど、模擬戦っぽいのは何度かしてもらった事がある。
クライブおじさんと軽く打ち合った程度だけどね。雑木林での訓練だから、もう一年以上も前になるのかなぁ。
「よし。アーク! ギルドカード作ってやるよ」
「え!? それってもしかして」
「ああ。合格だ!」
合格だと聞いた時は、一瞬意味がわからなかった。冒険者になれたんだと理解して、心の底から嬉しさが込み上げてきた。
「本当に本当ですか?」
「勿論だ。これでアークを落としたりしたら、周りで呆けたツラして見ていたアホ共を、何人不合格にしなきゃいけねえのかわからん」
訓練場の壁際で、呆然とこっちを見ている冒険者さん達がいる。皆とても神妙な顔で固まっていたけど、小さな声で「あ、あんな子供が?」とか、「ま、まじかよ」とか呟く声が聞こえてきた。
「学校卒業したばかりのやつよりは、アークの方が断然使えるな。実力も戦闘力だけを見れば、Eランクの冒険者くらいはありそうだ」
髭モジャおじさんがまた僕の頭を撫で始める。僕も嬉しいけど、髭モジャおじさんも嬉しそうだな。
「最初はGランクからのスタートになる。まだまだ未熟だが、アークなら直ぐに強くなるだろう」
父様と母様から聞いたお話だと、冒険者にはランクというものが存在する。Gランクからスタートして功績を積み上げると、GからF、E、D、C、B、A、Sと、ランクが上がっていく仕組みなんだ。
父様が冒険者ギルドに登録した時は、AランクからスタートするかSランクからスタートするかでギルドの意見が真っ二つに分かれ、それに呆れた父様が最初はGランクからスタートだろ? と、諌(いさ)めたらしい。
やっぱり父様は凄いなぁ。
「よし。まずは俺の部屋に行こうかアーク。さあ、散れ! 散れ! お前等! ボサっとしてると、アークに直ぐ抜かされちまうぞ!」
髭モジャおじさんの一声で、蜘蛛の子を散らすように全員が逃げ出した。訓練場から移動すると、また沢山の冒険者さんから視線を集めてしまう。
僕のせいで迷惑をかけちゃったから、すれ違う冒険者さん達に頭を下げておいたよ。ごめんなさい⋯⋯
僕はこうして無事に試験を突破出来たのでした。
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