第3話 ミトさんの条件
おはようございます。良い朝ですね。曇ってますが良い天気です! ふんすっ!
父様と母様がまだ寝ているので、僕はそっとベッドを抜け出しました。
ミト姉さんに貰った運動着に着替えると、刃引き剣、ナイフ、弓、杖、全てを装備する。
走るにはちょっと邪魔だし不格好だけど、スキルを手に入れるためには仕方がない。
寝ている二人の顔を見て、小さな声で行ってきますと言う。
使用人用の食堂では、ミト姉さんの眠そうな顔が見れた。シャキッとしてないミト姉さんは結構レアだと思う。
ガルフリー家の朝食の下準備に、こんなに朝早くから頑張ってるんだね。美味しそうな匂いが漂っているけれど、僕達の朝食は後になるんだ。
「おはようごじゃいます。ミト姉しゃん」
と言う僕もまだ眠かったりする⋯⋯瞼がトロンとしてくるけど、やるって決めたからには起きなくちゃ。
目をぐしぐし擦りながら、キッチンに立つミト姉さんに近づいて行った。
「あら? おはよう。アークちゃん早起きなのね」
「今日から冒険者になるために鍛えるの。だから」
「もう姿は立派な冒険者ね。ふふふ」
矢筒は無いけど弓を背負い、もらった装備を全部身につけている。アンバランスに見えると思うんだけど、ミト姉さんは優しく頭を撫でてくれた。
「ミト姉さん。水筒と背負い鞄はありませんか?」
「あるけど、アークちゃん何処に行くの?」
「近くの雑木林です」
その雑木林はこの町の中にあって、町に住む人なら誰でも入ることが出来る。この屋敷からも結構近いんだよ。
町の外には怖い魔物が出るらしいけど、雑木林は塀に守られた町中なので危険な魔物は出ないのだ。魔力の溢れる貴重な薬草とかも無いけれど、兎や野鳥、キノコや山菜取りが出来るらしい。
遭難するほど広くもなく、町民も利用しているので安全だって誰かが言ってたよ。だから僕が雑木林の中に入っても危険はない筈なんだ。それに沢山のスキルを狙う事が出来る。
ミト姉さんは少し不安そうな顔をした。許可を出すか悩んでいるのかもしれない。
どうしよう⋯⋯雑木林には絶対に行きたいんだよ!
ミト姉さんの太腿に飛び込んでキュッと抱きつく。これが僕に出来る最上級のお願いなんだ。
「訓練したいの。あんまり奥には行かないから! お願い。お願いお願い。お願いしますぅ」
「アークちゃん! あううぅ⋯⋯」
────十分後。
ミト姉さんに叩き起こされ、大きな欠伸をするクライブおじさん。一緒に手を繋いで僕は雑木林に歩き出した。
「ふあぁ⋯⋯早起きなんだなぁ。アーク」
「ありがとうございますクライブおじさん。起こしちゃってごめんなさい」
「気にしなくていいって。ついでに野鳥でも狙うよ。俺も昔は良くそこに入ってたんだ」
「クライブおじさんも訓練?」
「食材集めだな。主婦なんかもやってたりするんだよ」
「そーなんだね」
ミト姉さんから雑木林に行くための条件がいくつか出された。
一つ、最初の慣れないうちは、クライブおじさんかサダールじいちゃんを連れて行く事。
アレク父様とスフィア母様は、剣と魔法の指南役兼このガルフリー家の守りを任されているので、勝手に外出する事は認められていない。
二つ、その両者が一人で大丈夫と認めるまで、絶対勝手に雑木林に行かない事。
三つ、防犯用の照明弾を打ち出す魔導具を携帯する事。
安い物ではないけれど、ミト姉さんが貸してくれた。装飾の無い黒い筒で、赤いボタンがついている。
これを空に向けて押し込めば、強烈な光の玉を打ち出す事が出来るそうなんだ。それを見たら近くの大人が駆けつけてくれるらしいよ。
四つ、朝食までには帰る事。じゃないと仕事を放り投げてミト姉さんが探しに来るそうです。
クライブおじさんやサダールじいちゃんがいても、僕のやる事は同じ。条件付きでも外出の許可が下りて良かったよ。
「アークはあんまり屋敷の外に出る機会はないからな。楽しいだろ?」
「うん!」
「なんか獲物捕まえて、ミトのやつに自慢しような」
「何があるか楽しみだね!」
「ははは。まあそんなに珍しい物はないけどな」
*
御屋敷から歩いて約二十分。僕達は雑木林に到着した。
「あんまり遠くに行くなよ」
「うん。わかってる」
クライブおじさんは僕を自由にしてくれるらしい。男の子だから大丈夫だと思ったのだろう。正直訓練している姿を見られないのはちょっと助かるかな。これから全力ダッシュ〜倒れるを十本以上はやる予定だからね。きっと見ていたら心配しちゃうだろうし⋯⋯
雑木林には、道と呼べるようなものは無かった。大型の動物は滅多にいないから、獣道も出来にくい。でも人の出入りは多いので、まったく無い訳じゃないみたいだよ。
ダッシュ一本目。僕は道無き道をひた走る。木の根や枝に注意して、怪我だけはしないように気をつけた。
擦り傷でも作ってしまえば、きっとミト姉さんに心配されてしまう⋯⋯そうなれば、最悪いつまでも同伴者が解除されなくなるだろう。
スキル取得のために限界まで走る必要があるから、へたり込んで服が汚れるのは仕方ない。
「ぜー⋯⋯ぜー⋯⋯や、やっぱり辛い⋯⋯」
限界まで走ると、僕はその場に崩れ落ちた。
想像してたより辛いな⋯⋯少し水を飲み、五分だけ休憩する。
「で⋯⋯でも、これは冒険者になるために必要な事なんだ。だから頑張らなきゃ⋯⋯父様や母様みたいに大冒険出来なくなっちゃうよ」
深呼吸して立ち上がると、痙攣する足に喝を入れて二本目のダッシュを始めた。
そもそも凄い冒険者になるためには、普通の人と同じような訓練をやっていたら駄目だろう。
だって僕が目指すのは世界最高の冒険者なんだから! 僕は頑張って頑張って強くなって、色んな世界を見たいんだ。
ぐっと拳を握りしめる。本気で強くなるって決めたのだから。
さあ、予定通りに頑張るぞ!
*
side クライブ
何回も何回も走っては倒れ、それでも立ち上がって走り出す。藪の中から見守っていたが、流石にこれは心配になる⋯⋯
はぁ⋯⋯いくらなんでもがむしゃら過ぎるだろう。
「これは⋯⋯サダールさんには見せられんな⋯⋯ミトにも」
止めるべきか止めないべきか⋯⋯でも真剣なアークの表情を見て、俺は飛び出て行きそうになる自分を止めた。
「もっと⋯⋯もっと頑張らなきゃ⋯⋯」
アークの呟きが聞こえてくる。
何でそこまで必死なんだ? アークは三歳になったばかりの子供だ。何も考えずに遊び回っててもいい歳頃なんだよ。
周りに大人しかいないからか、喋り方は丁寧で良い子だけれど⋯⋯それでもまだ三歳なんだ。
アークがここまでやろうとする理由に、俺は直ぐに思い至った。こうなってしまったのは、あの両親の影響に違いない⋯⋯アレクとスフィアの二人は、アークに誇張率百万%の冒険譚を語っていた。
五歳の頃には一人でスタンピードを食い止め、八歳ではワイバーンの群れを蹴散らし、十歳では龍の群れを従えて、十二歳の時にお姫様の命を助け、十六歳では魔王と死闘を繰り広げたとか⋯⋯お前らいったい何処の勇者だよ⋯⋯逆にそこまで話を盛れるのが勇者なのかもしれんが。
俺もミトもサダールさんも、アレクとスフィアの盛大に盛った話を止めなかった。聞いてる分には楽しいし、アークの目がキラキラしてたからな。
だけど、今はアークがそれを信じているのが問題だ。
さて、どうする俺? こんな無茶な訓練を続けさせていて本当に良いのか?
そもそも、アレクもスフィアも優秀な冒険者だった。英雄になりたいとかの夢もあって、沢山努力したと思う。
パーティーで死線を潜り抜け、二十歳になる頃にはC級冒険者になっていたからな⋯⋯本当に凄い奴等だよ。
Cランクパーティーなら、ギリギリでワイバーンクラスの魔物を倒すことは出来たかもしれない。ただ八歳で群れをソロ討伐とかふかしすぎだ。それが出来ていたらAランク冒険者にだってなれただろうが!
そうだ⋯⋯彼奴らはCランク冒険者だったんだよ。それだって相当凄い事だがな。
それで腕を見込まれて、このガルフリー家に仕えることになったわけだし。
「父様と母様みたいになるんだ」
アークの呟きを聞いて、思考の渦から引き戻された。
駄目だ⋯⋯言えねぇよ。信じるアークにそんなリアルな話はな。
もしもアークが辛い訓練に挫けて落ち込む事があった時には、なるべく傷つけないように現実の話をしよう。
またアークが限界まで走って倒れた⋯⋯俺は目を覆いながら静かに溜め息を吐く。
ミトとサダールさんには見せれないぜ。
はぁ⋯⋯明日から毎日五時起きかぁ。
こうして俺の早起き健康ライフが始まったのだった。
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